一日目 後編

 手製の小石タワーが朱に染まっている。何となく公園にいる人々を眺めて肩の力が抜けてきたものの、それだけにどうにも手持無沙汰を感じて周りにあった小石を集め、どれだけ積めるか試してしまった。記録は七段。もっと大きい石であれば上を目指せそうだが、そういうことじゃない。難しそうなものほど、記録更新をしたとき嬉しいのだ。それに実体の石ではないため、自分の手でどこに重心があるかもわからない。とにかく見た目で判断し、あとは試行錯誤あるのみである。それゆえにどこまでも無心に取り組めた。

 そろそろ良い頃合いかと思って時計を見る。十七時だ。三時間ほどここでつぶしたのか。……それだけの時間を割いて七段とは、本当に何をしていたのだろう。それほど身に応えたというのか。他人に期待しないタチだというのに。溜め息が出そうになるが、ともあれ訪ねに行くとしよう。




三〇一号室


 階段は相変わらず体力を奪う。なるべくのろのろと上ったが、時間がかかったせいで逆に心的負荷を捉えてしまった。右手を胸に当て息を整えてからベルを鳴らす。


 一度目、反応なし。

 二度目、反応なし。

 三度目、反応なし。


 やはり出ないか。ここで溜めに溜めた息を吐きだし、流されるように戻りの階段はそそくさ下りた。

 エントランスを出て、アパートを見上げる。もう一度訪ねた方がよいのだろうか。一回目が十一時半、二回目が十七時過ぎ。受取人が日中働いているのであれば、この時間帯はいない可能性が高い。というか、大体の人はそうだ。十九時近くなら帰ってきていて対応してくれるかもしれない。とはいっても、この手紙は受取拒否されたものだ。この二回とも居留守を決め込まれたとも考えられる。

 ……今日はこのくらいにしておこう。ほぼ何もしていないとはいえ朝十時から気合を入れ、初めての町で刺激もあった。当の本人が言うことでもないのだろうが、あまり最初に求めすぎてもよくはないはずだ。



 局に戻ってきた。部屋に入ると、彼女が先にいた。ソファに横になってだらりとしていたが、私を見ると起き上がり自席に座る。そして鼻で笑うような顔をする。

「それで、どうだった?やっぱりうまくいかなかったでしょ」

 流石に眉をひそめてしまう。あの「だから言わんこっちゃない」を彷彿とさせる。ただ、今回は彼女からこの仕事の厳しさを先に教えてもらった上なので反論もできない。だからその眉のままできる顔を探し、苦笑に変えた。

「いやぁ、おっしゃる通りでそんなに甘くないんですな。お見事、お見事」

「なに?バカにしてるの?」

 しまった。顔を作るばかりに意識を持っていってしまった。これは弁解しようとすると、話がこじれ面倒になる。話を逸らそう。しかし、先の一言で仕事が達成できなかったことは伝わった。報告という手札は死んだ。さて、どうしたものか。考えろ、考えろ。

「いや、そんなつもりはなかった。すまない。重ねて話が急に変わるようで申し訳ないんだが、ギコウって洋服屋は知ってるか?やたらと派手な看板と良さそうな品揃えのわりに客が少ないようで気になってな」

 この回答に彼女は眉をハの字にし、ついでに口までへの字にしていた。失策だったか。もう直視するのも難しくなって、顔を背けてしまう。脂汗めいたものも感じる。しかし私のそんな様子を見てか、右手で額を押さえ諦めたように彼女は話を続けてくれた。

「GIKOUね。少し前までトップ人気だったところだよ。どうだろ。二年くらい前かな。でも、なんかここ一年は昔のものばっかでつまんないだよね。他の人もそう思ってるらしくて、今じゃ人気はよくて中」

 大体あの通りで聞いた内容と同じだ。やはりスランプに陥っているのか。というか、そもそもデザインは一人でやっているのだろうか。

「そういう服のデザインっていうのは一人でやるものなのか?なんか複数人いても良さそうだが」

「いや普通一人でしょ」

「え?」

「は?」

 あまりの当たり前度合に驚いてしまった。私自身、着る服に無頓着ゆえにファッションに興味がなく、知らないことが多いのは確かだ。だが、店をやるとなればそれなりに人数はいるものではないのか。硬直する私を見て、彼女が説明を付け足してくれる。

「そういえばそうだよね。あなたはこっちに来ちゃったんだもんね。常識がないのも仕方ないか。

 こっちの世界じゃね、服屋はまず販売員が必要ないの。支払いとかデータの引渡しとかはそれぞれのAIが処理するから。 試着もそのおかげで店限定で使える着替えアプリが追加されて勝手にできる。それに、これは知ってるだろうけど、本物の服を作らなくていいわけで材料費もかからない。そうね、主にかかるのは家賃と電気代くらいじゃない?

 あとはデザインの才能さえあればもうがっぽり儲けられる。そもそもの話として一人で始めて終わることができるんだよ」

 ……なるほど。だからそんな年単位での栄枯盛衰が起こるのか、納得だ。それにしても、こちらのAIの活用の幅は随分と広いようだ。性能面もさることながら、この町の行政・司法・立法を十数基の、それぞれ分野に特化したAIが相互関係にあるAI同士で監視しあう。人間の目による定期的なメンテナンスも行われているものの、非常にバランスの取れた制度になっているそうだ。加えてセキュリティも盤石。以上はポートから事前に受けた説明だがここで実感した。

 時計を見るに十九時を回ったところだ。どうにか危機回避できたうえに、また新しいことを知れた。もしかしたら、私も創作系の仕事を始めることができるかもしれない。ただ、売れるかどうかはまた別問題であり、カネが必要な今にすることでもないので勿論しない。そういうのはやるにしても始めは日常の片手間に細々やるくらいがいい。

 彼女も時計を確認すると、帰り支度を始めた。と言っても帽子と鞄をソファに置き、バッジを窓近くの小棚にしまうだけだ。私にもするように言ってきたので従う。取り違えたりしないため、あと文句を未然に防ぐため、私の帽子と鞄は自分の椅子の上に、バッジは彼女に倣いつつ、その右側に置いた。

「それじゃ、おつかれさま」

 私が全部しまうのを確認したのち、手を振りながら言ってくれた。後ろ向き、かつやる気のない手ではあったものの、一応の恩義は感じるので

「お疲れ様でした」

と見てないことは分かりつつも、頭を下げた。

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