第3章 切創

就職Ⅰ

 家から十五分ほど歩くとそれはあった。

 丸太で組み上げたログハウスのような外観で、屋上には人間の手で上下に挟まれた手紙のマークがゆっくりと回っている。手紙を手渡しすることに誇りを持っているのがわかる。

 屋内に入る。

 壁や床は外観を反転したまま、待合スペースの椅子やベンチも木材でできているようだった。ずらりと並ぶ五つの窓口の机も一本の大木を半分に切ったようなデザインである。使われている木の色調も明るめのため、差し込む陽光も黄色が強く木のぬくもりを全身に感じられる。

 私は待合スペースの椅子に腰かけた。ポートに話をつけてくるからここで適当に時間を潰すように言われたのだ。別に場所さえわかれば後は自分でやれるというのに、おせっかいなことだ。ただ確かに新参者な上に元から人見知りなところはあるので、地盤を固めてくれるとなれば乗っかるのはやぶさかではない。心の内でひっそりと「ありがとう……」と手を合わせておく。

 再度室内を見回すと、久々の人間だけによる活気に気が付く。外は空陸問わずドローンが行きかい、人間とよりドローンにぶつかるのではないかと心配になるほどだ。対してここは窓口に立っているのも、奥で仕分けをしているのも、制服であろう紺のスーツ姿にしている現実の人間だ。機械のきの字も見当たらない。実際は整理券発券や呼び出し番号の表示、取引、支払いで空中のそこいらにウィンドウが浮かんではいるが、これらもここに合うようなテーマを用意されているようで自然に溶け込んでいる。

 ポストがあったからポストでの集荷もやっているようだが、結構客も多い。窓口に人間のいない時間はない。郵便局に来るとなると、書留とか転居届とかそういったわざわざ出向かなければいけない事情があるものだろうが、大半の客が握っているのはなんてことはない小さな封筒、手紙だ。隣に座る男性を見れば慈愛に満ちた目で持っている手紙をさすっており、向かいに座る女性を見ればぶるぶると震える手で手紙を持っている。番号が更新され女性が窓口に行き、無事受付が完了すると安堵したような、だがなおも不安をぬぐい切れないような、そんな表情を浮かべる。また男性の番となり、受付完了するとさらに温かい表情を浮かべる。

 ただの手紙でこんなに人間の心が揺れるとは。彼が言っていた。手書きの価値保存のために郵便は完全な人間の手による営業をしていると。いやまさか、依頼者側にまでその意識が浸透しているというのか。デジタルで決まったフォントしかないメッセージのやり取りばかりになるとそうもなるものなのだろうか。

 などと考えを巡らせていると、彼が左胸に金の郵便マークを光らせる、それなりに偉そうな局員を連れて戻ってきた。

「待たせたね。こちらはここで一番偉い人だよ」

と言って隣に手のひらを向け紹介する。なんだちゃんとできるじゃないか。なぜ昨日私を紹介する時にはしてくれなかったのか。

「こんにちは。私は支局長のテラと言います。以後よろしくお願いしますね」

「よろしくということはここで働かせてもらえるということですか」

 前のめりになってしまった。

「ええ、まあ。その意味も兼ねたつもりですが、この後あなたに働いてもらいたい部署に行ってみてから判断してもらうことになるのでまだわかりませんよ」

と頭をかきながら気まずそうに答える。隣を見れば、ポートが両手でグッドポーズをしている。話を聞いていたのか?まだわからんのだぞ、やめろそのポーズ。手で払う。すると、なおもおどける仕草をしてきたためキッとねめつけておいた。

 支局長から「こちらです」と案内され、奥の通路を進んでいく。ギイギイと板の軋む感覚を足が捉える。

「ここは本物の板材を?」

「そうですね。薄い理由に聞こえるかもしれませんが雰囲気が出るので。みんながみんな完全サイボーグ化しているわけでもありませんしね。局員でも結構評判なんですよ。ここは出勤するときに通る道なので、これから仕事だと切り替えるのに役立っているんだとか」

といい笑顔で言ってきた。言い方は控えめだがかなり自信のあるポイントなんだろう。

「些細なことでも意外と影響させますもんね」

と言うと「ええ」とまたいい笑顔で言ってきた。後ろのポートは全く興味がないようで頭の後ろに腕組みをしながら退屈そうだ。頼むからさっきも通って知っているからという理由があってくれ。内心ひやついていると支局長が立ち止まり振り返る。

「ここです」

 指さされたドアを見てみると「受取拒否再配達部」の木札がかけられていた。

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