仕事探しⅣ


 朝だ。まだポートは起きていないが、日が丁度入ってきてどうにも目が覚めてしまった。彼はソファでも安眠しており起こす理由も見当たらないため自分の身支度を始める。

 クローゼットを開け長袖と長ズボンを手に取って着替える。昨日の寝る前の雑談で教えてもらったのだが、ここは住居も無償提供しているらしい。食事もあり得ないほど不味いが提供される。この服もだ。だからただ生きること自体はできる。

 働かなくとも生きられるなんてなんと夢のような事かと興奮したが彼はあまりいい顔をしなかった。彼が言うには「そんなのただ〝ある〟だけだ」そうだ。こちらの歴が私より長いのだろう。何があったかは本人から聞かない限り分からないが、食糧確保のために頭と体を働かせられる無人島生活のほうがまだ生きている実感を得られると考えればそうかもしれない。

 顔を洗い、キッチンで自分の朝食を出す。無の味のクラッカーに偽コーヒー。ペーストは日替わりだが今回は頼まない。もはやある種のトラウマだ。今日から働けてかつすぐに給料がもらえることを祈る。

 一通り終わると、もぞもぞとソファの上でうねり起きる姿があった。

「おはよう、早いね。そんなに楽しみなのかい」

と目をこすりながら聞いてくる。

「いや、子供じゃないんだからそんなことはない。ただ元から早起きなだけだ」

「はは、中身がおじいさんだもんね」

「心にシワができるならそうかもしれんが、実際はわからんだろ。精神年齢なんて子供が威張るための話でしかない」

「そう言う君は何歳なんだい?」

 しまった。後半は謙虚さを持ち合わせているならそもそも口にしない。朝から、しかも今起きたばかりの奴に一本取られてしまった。ばつが悪くなって露骨だが話題を変える。

「今日は何時くらいに行けばいいんだ?」

「郵便局はここから近いし、十一時に出ればいいんじゃないかな」

とあくび交じりに答えてくれた。グラスをかけ、時計を確認するとあと二時間ほどだ。

 にしてもよかった。随分と鋭い切り返しをしてきたから追撃も考えていたが、眠気で半分以上持っていかれているらしい。

 そこでふと思いついた。キッチンに行って朝食を準備する。

「ほれ、朝食だ。朝は食べないとな」

 プレートを手渡す。彼は見事口に入れた。そして

「マッズ‼なんだいこれは⁉」

とさっきまで線状の目だったのにもかかわらず、目をかっぴらく。予想以上の反応に私は大爆笑してしまった。腹を抱えながら「でも目は覚めたろ?」と言うと

「いやぁ、本当にね!どうもありがとうね!」

と半分怒りの表情を浮かべながら返してきた。それに悪かったと手で謝る。私もこの不味さを知っている身であるから責任をもって三分の二は食べた。食事中もちょこちょこ小言を言ってきたが、機嫌は直してくれた。

 その後、彼は自分の身支度を済ませにいった。私も服のデザインを決めるためグラス上のアプリを起動する。

 いろいろな種類が表示されたが、何がいいかもわからずいつも通りの格好にする。無地の白Tシャツに黒のチノパン。無難だとか地味だとか言われるだろうが、もうどうでもよい。ファッションで個性を表すつもりもないし、注目されたいわけでもない。それにやると決めればとことんしないと気が済まないタチなもので、その道程を考えるだけで面倒なことが分かる。少し経ってスッキリした彼が戻ってきた。

「シンプルだね。もっと工夫はないのかい」

 やはり言われた。しかし思っていることをそのまま言うのも言い訳がましく取られそうなので、こう言うに限る。

「や、面倒だろう。私のことをわざわざ見る奴なんていないさ。それにお前だって昨日と同じじゃないか」

「僕はいいのさ。お気に入りの一張羅ってやつだね」

 それでこの話は終わった。人は卑屈なことを言うやつになんて続けて返せばいいか考えるのを面倒がるものだ。実際「うわ、めんどくさそ~」というのが見て取れる。ここでさらに返しやすい、ずれた質問をつけ足せばそこで終わらせることが容易になる。この顔を向けられるのは慣れるものじゃないが、お互いのためだ。省エネである。

 区切りがよく再度時計を見るとそろそろいい時間になっていた。彼に「行こう」と声掛けし家を出た。

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