仕事探しⅢ

 団地の最上階の五階、エレベーター付き、風呂トイレ別の1DK。ここが私の家らしい。家具はシングルサイズのベッドに、二人掛けのソファ、ローテーブル、デスクと椅子があるくらいで簡素なものだ。

 私はソファに腰かけ、彼は椅子に座る。椅子は回るタイプなようで彼はグルグル回していた。見てるだけで酔いそうなくらいには回っている。

 急にピタッと止まり

「お腹空いてないかい」

と言ってきた。確かに先の店ではコーヒー以外はポテト一人分しか食べていない。それに私に限って言えば干からびたポテト数本だ。

「ああ。減ったな。だが何も買ってきてないぞ」

「ダイジョブダイジョブ。味は良くないけどすぐに食べれるよ」

 彼はキッチンに向かっていき、壁にあるボタンを何個か押す。すると壁からワンプレートの食事とカップが出てきた。そしてその一揃いを持って戻ってくる。

「ほら、食べなよ」

 軽く頭を下げ感謝の意を示しつつ受け取る。プレートを見ると固形のものはクラッカーのようなものだけで、他は赤や黄色、緑のペーストだった。正直に言ってあまり食欲のそそられる見た目はしていない。においをかいでみると赤からはトマト、黄色からはカスタード、緑からは青臭いにおいがした。

 カップは黒い液体で満たされていて、こちらは薄めたコーヒーのにおいがする。こちらもあまり飲みたい欲を掻き立てるほどではない。

「おまえの分はいいのか?」

「僕はいらないよ。それはもういい。食べるくらいなら、空腹を味わうほうが楽しいね」

「やっぱり不味いのか、これ」

「食べてみたらわかるさ。これは最低限の保障として提供されるもので無料だし、栄養はあるし、君の当分の食事になるだろうから、どうしたって食べることにはなるよ」

 仕方ない、意を決して食べてみる。まずは赤のペーストから。うっすい。ほぼ無味である。においはトマトだけに頭に混乱が生じる。頑張って味を探せばかすかに希望が見えるが、それをつかみ続けるのは至難の業だった。

 続けて緑、黄色と食べていったがこれらもほぼ無味。赤同様探せば、青汁のような味とカスタードをそれぞれに感じるがやはりきつい。

 せめてクラッカーは、と縋るような思いで口にした。これならきっと、くっきりとした塩気が感じられるはずだ。希望は打ち砕かれた。ぼそぼそとするだけで味なんてなかった。食欲とともに水分までも奪われる。

 もはや期待などしていないが、口の水分を取り戻すためにコーヒーのようなものを手に取る。グイっと口に含んだがやはり味はしなかった。もう水だ。ただ、鼻から抜けるほのかなコーヒーの香りがまた脳を混乱させる。

 もう食べたい気など毛頭なかったが、残すのも格好がつかない。クラッカーに各種ペーストをぬりぬりして口に放り込み、偽コーヒーで流し込む。……何とか食べきれた。

 油断すると吐きそうになるため、口を押さえつつ完食した旨を伝えるべく何もなくなったプレートとカップを見せると

「お~、よく食べたね。なかなかに根性がある。素晴らしいよ」

と拍手を送られた。なんだか馬鹿にされている気がしないでもないが、それよりもこの達成感の補強を急ぎたい。だから素直に受け取ることにした。

 そしてさっと流すべく、別の話題を提供する。食器をまとめつつ

「なあ、仕事探しの話をしないか?」

「大丈夫?横になってしばらく休んでもいいんだよ?」

 こいつは善意で言っているのか。だとしたら盲目にもほどがあるが、そんなことはないだろう。そう言うこいつの顔はにやけている。

「いやいい。こんな食事は早くやめたい。下手をしたら生命にかかわる」

言うと、彼は業腹な顔を引っ込め苦笑交じりに

「確かにね。ここじゃあ、人はそれが嫌で働いているといってもいいかもね」

と返事をし、話の続きを促してくれた。


 こほんと一つ咳払い。


「聞きたいんだが、ここにも郵便はあるのか?通信が発達しているようで必要なさそうに思うんだが」

「あるよ。今でも手書きの手紙は需要があるんだよ。肉筆は感情がこもっている気がしていいんだってさ。でもどこで知ったんだい?」

「店を出てすぐのところにポストみたいなのがあったからな。不思議に思ったんだ」

「……そうだ、郵便は手書きの価値保存のために回収から配達まで全部手作業なんだったっけ。人を募集しているかもしれない。明日行ってみようか」

「それはよかった!ぜひ行こう!」

 食事で絶望のどん底に落ちていただけにその跳ね上がりもすさまじく、思いがけない声量になった。おまけに自分でも珍しくガッツポーズをしている。仕事と聞くと幾分か憂鬱になるものだろうに今は希望の山頂にいるようだ。

 私の様子に彼は目を見開いていた。そしてふっと破顔して

「そんなに喜ぶとはね。でももう遅い。明日のためにしっかり休もう。

 あと今日は泊まらせてもらうよ。今から帰るのは面倒だからね。僕はソファでいい」

 それに私は「わかった」と返事をし、代わる代わる風呂を済ませて床に就いた。


 シングルサイズは少々手狭だったが、入眠は早かった。

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