仕事探しⅡ

「デザインはできないのかい」

 そう言うポートは天井のシーリングファンを見ながらフライドポテトを咥えている。ずいぶんと投げやりだ。

 視界右下の表示を見るに、コーヒーの一杯目から二時間ほど経っている。この間、彼にいろいろな仕事を提案された。他の飲食店はどうかとか、機械整備はとか、農業はとか。

 機械整備はこれまで機械いじりをしてきていなかったから無理。農業も土いじりをしてきていないから無理。飲食店は大学の頃バイトで働いたことがあるがブラックバイトにあたって以来嫌厭している。彼との仲が長そうな彼女のこの店ならやってみてもいいかと思っていたが、それはできないことがわかった。

 そんなふうに潰していると「じゃあ何ならできるのさ」と言われ、この始末である。生前からしてこれといった特徴がないのだ。私にとって仕事は主軸以外の支軸に過ぎず、どうでもいいことだった。これからも同様だ。早く仕事を見つけさせて楽になりたいのはわかるが、その程度でも精一杯やってはいたのだ。もう少し親身になってくれてもいいのではないか。しかしここで私も機嫌を悪くすれば場が悪くなる、ここは反論しないほうが良さそうだ。

「できないな。絵心はからっきしだ」

 言うと、彼は口を開けてポテトを吸い込み空気だけを吐き出す。それから残念そうに

「できないか……。できるんだったら、街並みのデザイン事務所とか見に行ってみようかと思ったんだけどね。あと服とか住宅とかのも」

 この二時間で彼からこの街についての話も聞いた。仕事探しが行き詰まったときの気分転換を兼ねてだ。

 街並みは個人がそれぞれで好きなように設定できるが、服や住宅なんかは固定なんだそうだ。服はその人の、住宅はその持ち主の個性のため優越的に扱われるらしい。特に服装は個人を表すため力を入れている人も多く、デザイナーの需要は大きいんだとか。

 この話のついでにこの町や道行く人々が黒い理由も聞いた。

 町が黒い理由は太陽光発電が塗料によって可能となり、それをすべての建造物に塗った結果黒くなった。元々核融合発電によりこの都市の大部分は賄えていたのだが、余裕を持たせるのに丁度良い発電量とコストだったのだ。人々は最初こそクリーンエネルギーだけによる電力供給を称えたが、三年くらいすると陰鬱とした表情を浮かべるようになる。そこでできたのが街並みを変更できるサービス。これはすぐに受け入れられ、今ではあって当然のものとなった。

 人々が黒い理由は街並み変更サービスによるものらしい。町を自在に変えられるようになった今、服を物質的にいちいち着替えるのもバカバカしい。時と場合に合わせて瞬時に変えられる方が効率が良い。もともとの服に色はいらず、汚れが目立たない色がいい。それが黒だったのだ。加えて染色を黒で統一すれば生産も楽になる。服を作る工場は今ではもう型や素材、あとサイズくらいしか違いはなくなった。これを聞いた時、そこで働けないものかと聞いたが完全に機械化されていて人間の雇用はないそうだ。

「事務職ならとりあえずやれるんだけどな」

「だからさっき言ったろ。そういうただの作業はAIが自動的にするようになってて、利用者がただ口か文章で指示するだけでいいから人はいらないんだって」

「はぁぁ。じゃあ何ならあるんだよ!」

 ダメだ。もう私も疲れてきた。流石に頭を抱えこんでしまう。隣を見ればあと数本で片付きそうなポテトをちまちま食いながら、面倒そうな横目で見てくる。その目がいかんせん腹立たしくて皿を掴み残りを口にかきこむ。

 だが彼は気にすることもなく丁度いいとばかりに立ち上がったので面食らった。わかってはいたものの、ちまちま食っていたのはただ頭が働かなくなった代わりに動かしていただけのようだ。干からびたポテトなんて気の進まないものを一気に平らげたこちらが損をした気分になる。

 彼はさっと会計を済ませ外に出ていった。私も席を立とうとすると

「悪いわね。彼、口調とかは丸いくせに面倒くさがりなところが出てきて、ちょこちょこ嫌な態度とか取ったりするでしょう?でもいろいろ試しているうちに気を回せなくなるの。擁護するつもりってほどじゃないけどやることはやるから」

「まあ、右も左も分からない見ず知らずの他人にここまで付き合ってくれてる時点でいいやつなんだろうことはわかってますよ。それにまだ全然知りませんが、見てて飽きない感じはするんでもう少し見てみたいと思います」

「なら良かった。いい働き口が見つかるといいわね」

 「どうも」と軽く一礼して踵を返し出口に向かう。彼のことでよくわからないことがあったら彼女に聞いてみよう。

 入店時とは逆に引いてドアを開け外に出る。結露なのか、曇ったガラス張りのドアは意外に軽かった。店先で待っていた彼は腕を組み考え事をしているようだ。だが私に気づくとはっと思い出したように

「そうだ!君にまだ家を紹介してなかった。日も暮れてきたし、寝床がないとね!ちゃちゃっと行こう!」

 彼は先に歩き出しこっちこっちと手招きをしてくる。確かに辺りを見れば夕日が朱に染め上げている。

 今日は目覚めてから本当に驚きの連続だった。その上これからの仕事についても考えさせられた。冷静になって思い直してみれば詰め込み過ぎだ。そりゃあ頭もろくに働かなくなる。今日来たばかりの人間が言うことでもないのかもしれないが、普通もう少し観光とかしてからじゃないか?彼の案内人としての資質には疑問符が浮かぶ。

 しかし、先の女店主の言葉もある。他に行くあてもないし、根城はあっていいものだ。だから私はその手招きに「おう」と返事し、半歩後ろを歩くことにした。


 視界の端には見慣れた赤い箱が映っていた。

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