仕事探しⅠ
からんからん。
軽いベルの音とともに店内に入る。外との隔たりはすべてガラスが担い、自然光で十分に明るさが確保されていた。そのおかげか、インテリアを含め全体として暗い木目調の内装なものの開けた清潔さを感じさせる。
入ってすぐにカウンターがあり、その後ろの棚にはコーヒー豆や茶葉の入ったガラス製のキャニスターと、ウィスキーやジンなどのアルコール類がずらりと並ぶ。真ん中できっちり分かれているところを見ると店主は几帳面なんだろう。カウンターの左にはサイフォン、右にはビールサーバーが鎮座し、四つの椅子に囲まれた丸テーブルが真ん中を基準に等間隔で十台並べられていた。カフェとバー、ついたてをすればすぐに営業できそうだ。
私たちが入ったころは昼過ぎで店内には人が多かった。カフェであれば人が多かろうとBGMが優越するものだが、ここはそうでもないらしい。客たちの飲み物をちらりと見ればコーヒーや紅茶がちらほらあったが、大抵はビールやハイボールといったご機嫌なものだった。なるほど。カフェ兼バーとして一日中区分けせずにやっているのか。にしてもこれだけ酒率が高いならバーとしてやったほうがいいのではないだろうか。コーヒーや紅茶を飲む彼らは何を期待して来ているのか、これではほっと一息なんてできやしないだろうに。
ポートがそのままカウンターに向かうとベルの音を聞いたのだろう、女性が奥から出てくる。赤髪に薄い灰色のストライプ柄の白シャツをデニムパンツに入れ込んでいる。彼女はポートを視認するや否や横の私を見て
「その人が新入りさん?」
「そうだよ。とりあえず、コーヒー二杯くれるかな」
「はい」と彼女は笑顔とともに答え、サイフォンに向かっていく。注文を受けてから抽出してくれるようだ。沸騰からと考えると少し時間がかかりそうだが楽しみだ。
彼はそのまま彼女を追いかけサイフォンの前に腰かけた。私も一人離れて座る理由もないので彼に倣う。カウンター席は空いているのにわざわざ目の前に座ってきて驚いたのだろう、彼女は眉間にしわを寄せ首を引きつつ「どうかしたの」と問うてきた。それに対しポートはそうそうと身を乗り出し、引いた彼女の分近づく。
「君、この間従業員一人が辞めてしまったって話してただろう。今日はその穴埋め役を連れて来たんだ。この隣の人をね」
「おい、指で人を指すんじゃない。失礼だぞ」
「ごめんごめん」と指していた手を下したかと思うと、いきなり肩を組んでくる。そして「この人をね!」と力強く言い放ち、また指を指してくる。いや、そうじゃない。フレンドリーさを増しても失礼なことに変わりはない。なぜ伝わってないんだとため息交じりに顔を背ける。
「悪いわね。その件はもういいの。新しい人は入ってきてくれたから。今度は長くやってくれることを願うばかりだけど」
聞くと彼は私との肩組をほどき、「そっか」と落ち込んでしまった。それでも認めたくないようで続けて
「でも、ほら。ここの仕事ってきついんだろ。昼間から酒類も提供しているから面倒な客もいるし、食事も種類が豊富でうまいって評判でその調理とか食器の洗浄とか思っていた以上につらいってさ。それだったら人数増やして負担を減らしたほうがよくない?頼むよ」
と縋りつく勢いだ。私ってそんなに面倒だったか?まだその片鱗は見せてないはずなんだが。めんどくさい性格なのは自負しているにせよ、少し傷つく。
「そうしたいところだけど、このカウンターとか奥のキッチンとか、作業の大半をするエリアが狭くて人を増やそうにもね」
「なら、ウェイター専門とかは?」
「必要ないわね。提供はドローンで十分だし」
「いや、人の手による温かみとかさ。結構大事じゃないかい」
「それだと、その人を雇うためにこのドローンたちがガラクタになる。もう使えない状態なら考えなくないけど、お客さんから今の状態にクレームをもらっているわけでもないし、やっぱり必要性を感じないわ。
……できた。コーヒーです。お砂糖とミルクはどうしますか」
急な接客口調でこの話はもうおしまいだと暗に示してくる。私はいらないと首を振り、ポートは見るからに落胆しながら「ミルクと砂糖五個で」とそのコーヒーの容量には明らかに多い量を注文した。もう慣れ切った苦みだというのに、このコーヒーはやけに苦い。彼は甘ったるいだろうコーヒーをぐいぐいと飲み干していた。一気飲みだった。カップを机に音が鳴る勢いでたたきつけ「もう一杯!」と叫ぶ。彼女は苦笑交じりにそれに答えておかわりの準備に入った。
さて、ポートの「当て」は外れてしまった。どうしたものか。やはり始めるときが一番うまくいかないものだ。ちびちびと苦みを噛みしめる。
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