みたらしコーヒー
ポートの言う「当て」とやらに向かう道すがら、片側二車線、歩道もしっかり整備された大通りに来ている。カフェにレストランに服屋、パッと見る限りにはそのくらいか。人通りはそこまで多くなく、遠慮せずに歩ける。
先ほどから車が何台か通り過ぎて行っている。タイヤがなく浮いているが、形状からしてきっと車だ。なんにせよ全く音が聞こえないものが後ろから抜けるから、いちいち肩を震わせることになっている。肩が凝りそうだ。早く慣れてはくれないだろうか。
「なあ、喉乾かないか。あそこのカフェ、テイクアウトもやっているらしいぞ」
「何だい急に。もうすぐ着くからいらないよ」
「みたらしコーヒーだってよ。気になるだろう」
「うぇ、その組み合わせはないでしょ」
「物は試しだ。買ってみよう」
半ば強引に店先に並ぶ。彼は仕方ないと諦めたようだ。店員に向かって「これを一つ、あとアイスコーヒー一つで」と頼んだ。発声すら嫌なのか。これは多少まずくてもうまいと言って後悔させてやろう。
眼鏡を買った時には見えなかったが、注文後彼の前にその内容と支払うかの確認を示すウィンドウが浮かび出た。さっと見て承認のボタンを押す。待つこと数秒、目的の物が差し出される。彼は受け取り、カップの蓋を開けてにおいをかいでまでしてみたらしコーヒーを渡してきた。ホットとアイスなんだからすぐにわかるだろう。どれだけ飲みたくないんだ。やはり腹立たしい。
一口含んでみる。コーヒーの強めの苦みをみたらしのあまさが丸く抑え込み非常に飲みやすい。それにこの醤油由来の塩気もこれまでにない感覚で新鮮味がありつつ、甘みを引き立てる。私は基本的にはブラックで飲む派だがこれならもう一度飲んでみてもいいかもしれない。
「やっぱりおいしくないんじゃないかい」
私はこちらに来て最高の笑顔を向けながら
「う~ん、おいしくないかもな」
と言い放ち、残りを呷る。
「どうにも気になってきた。一口くらい味見させておくれよ」
開口一番それを口にしていれば考えなくもなかったのに。愚か者め。とどめとばかりに、蓋を開け空になった容器を見せつける。
「くそう。これじゃあ、味見のために一杯丸ごと飲まなきゃいけなくなっちゃったじゃないか。払ったのは僕なのに」
頭を抱えてわりとしっかり悔しがる様を見ると、少し大人げなかったかと思ってしまう。でも、何でも決めつけはよくない。勉強料と思ってもらうことにしよう。
「これで一つ学べたな。よかったじゃないか」
「どこがだよ。むしろまた来て頼む手間が増えただけだ」
「じゃあ、またあそこでもう一杯買ってくればいい。そのお口に合わずとも、私が処理してやる。安心だろ。それにお前の言動からして、のどが渇いたときに買うとなれば変に冒険して気分を害するリスクより飲み慣れているものを選ぶ」
「それはそうかもだけど。はぁ、今回は君の口車に乗ってあげるよ」
言うと先ほどの店に向かっていった。耳を澄ませると彼の声で「みたらしコーヒー一つ」と聞こえる。さすがにほおが緩む。これはいけない。戻ってくる前に顔を引き締めねば。
さて、彼が来た。一口含む。
「おいしいね、これ。また頼んでみてもいいかもしれない」
「そうだろう、そうだろう」
駄目だ、にやけが止まらない。だがここで一つ、まだ残っているものがある。
「で、そのみたらしコーヒーと〝ただの〟アイスコーヒー、どっち飲むんだ?」
「君、結構卑しいな。どっちも飲むに決まってるだろ」
「でもそんな急な温度差は腹をくだしかねんぞ。それにどっちかぬるくなる」
「……わかったよ。アイスコーヒーをあげるよ。飲みたいなら素直に言ったほうが好印象だと思うけどね」
「今特大のブーメラン投げたの気づいてるか」
お互いおかしくなって笑ってしまう。全くその通りだ。最初から素直ならこの悶着もなかった。素直なことは利用されてしまうこともあるが、素直であることをうまく利用するのも大事だ。失念していた。
アイスコーヒーを受け取って、そろそろ行こうと指先で示す。
先に彼が歩きだすのを待ってから、建物側に並ぶ。
本当、素直だったらもっとスムーズだった。けれども、面白い発見もある。
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