街並みサービス

 広場に来た。薄花色に発光するラインで四角く囲まれている。歩道との境目を意味しているのだろう。囲まれた内側には十字に二本の浅葱色のラインが走り、それに沿ってベンチが並ぶ。人々はベンチか地べたに座って談笑していた。ただ、響くのがその声だけに気味が悪い。

 私たちもベンチに座っている。隣のポートは先ほどの眼鏡をかけていた。なんだ、私の早とちりだったのか。少し残念に思っていると

「よし、これでよさそうだ。かけてごらん」

 と言って、渡してくる。気を持ち直してかけてみると目の前の光景が瞬時に変わる。この広場もこれまで同様、発光するライン以外は黒いばかりだったが、そこには芝生の青々とした緑一面が広がっていた。歩道との間には木々があり、ここが広場というより公園といったほうがしっくりくる様子になっている。風に笑う植物たちの音が心地いい。

 それにそこにいた人々にも変化があった。彼らもポートと同じように黒髪に黒目、黒い服装だったのに、今は見る影もない。髪の色は白や金、赤に緑と様々で、目の色も様々だった。服装も黒いスーツ姿の者もいれば、白いだぼだぼのパーカーに藍色のジーンズというラフな格好の者もいる。もっと言えば、フリフリしたゴスロリのような格好をしている者までいた。

 無論、私と彼の服装も変わっている。私は臙脂の浴衣にスニーカーはそのまま、なんとも不細工だ。対して彼は山吹色のゆったりとしたシャツに生成り色の細身のパンツ。髪は緩くウェーブした明るめの茶色に瞳は灰。その柔和な顔立ちも相まって温かく優しい雰囲気になっていた。

 こちらに来てからというものの殺風景なだけだったので、この色鮮やかさには目を見張る。私の様子を見て、ポートは口の端を上げ自慢げに

「どうだい、面白いだろう。これまでは黒いばかりだったろうからね。それは買う時にも言ったけどスマートグラスだよ。君の時代でも確かあっただろ。メールとか電話とか、あと諸々アプリとかも使える代物さ。操作には視点を使いたいものに合わせて三秒待つか、直接視界内にあるアイコンに手を触れるようにすればいいだけだよ。視点操作の場合にはアイコンは視界の端においておくほうがいいね。勝手に起動されるとうっとうしいからね」

 へえ、とあまりのハイテクに口をあんぐり開けてしまう。なんと便利な。確かに向こうで生きていた時に聞いた覚えはあったが、その頃にはもうだいぶ年を取っていて必要性を感じず日常に取り入れなかったことを後悔するくらいだ。「そして」とポートは説明を続ける。

「この最大の利点は使用者の目に映る光景を自分好みの時代設定またはカスタマイズできる点にある。時代については各時代資料から作り出して、カスタマイズは自分でデザインした街並みにできるって感じだね。ファンタジーのエルフの森にもサイバーパンク調にもできるって言えばわかるかな。この街並みデザインを仕事にしている人もいるよ。建物、道路、そこのベンチに至るまでそれぞれタグ付けされていて、それを瞬時に読み取って3Dのデザインデータを張り付ける仕組みだね。ああ、あとそのつるから骨伝導で環境音も伝わるようになってる、よね?」

 最後は何やら不安げだったが、一通り聞いて納得はした。ので、頷きをもって答える。先にポートがこれをかけていたのは設定をしてくれていたのだろう。今目に映るのは長く住んでいたのを見たからか、私がいた時代の横浜のようだ。

 振り返れば本当はどんな建物かはわからなかったがランドマークタワーが見える。周りはもともと高い建物が多かったからか、みなとみらいの高層マンション群を思い起こさせる。だから横浜と大きく言うよりはみなとみらいから桜木町までの街並みといったほうがいいかもしれない。もう一度この公園を見渡してみれば、海はまったくないが臨港パークに近いものを感じる。

 だがまだ気になることがある。芝生の生える地面を触る。硬い。

「確かに景色はよくなったが、やっぱり見た目と音だけか。物足りないな」

 ポートは聞くと、あちゃーと頭をかきながら組んでいた足をほどく。両手を膝に置き、こちらに向き直る。何事か思案しているようで、ここで質問を畳みかける。

「それに、お前もそうだし周りの人間もかけていないのはなぜなんだ。黒いばかりでつまらないというならかけている奴の方がほとんどなんじゃないのか」

 この質問を出したことで話し始めが決まったようだ。ポートは答えてくれた。

「実はね、ここにいる人のほとんどはサイボーグ化しているんだ。程度は人によってまちまちだけど、目と耳は全員といってもいい。さっきの店主が「そんな骨董品」て言ったのはそういうこと。そして、君のように嗅覚や触覚でも変化を求める人はさらに鼻と首の部分も変えるんだ。タグ付けされた物体の中には視覚と聴覚データだけじゃなく、嗅覚や触覚のデータも組み込むほうがもう主流だね。ただ、ちょうど君の見てるあの木々みたいに本当にただ見た目だけのものもある。茂みがあるからと高いところから飛び込めばしっかり骨折するから、あまり過信しないことだね」

 なるほど、もし私がこの芝生を触りたいと思うなら、土のにおいをかぎたいと思うなら体を改造しなければならないのか。にしても、ここの技術の進歩は目覚ましい。そんなものは当然なかった。機械の義手でさえまだ実用段階には至らなかったというのに、感覚を直接脳に送るというのはいったいどんな仕組みなんだろうか。文系の道の果てに辿り着いた自分では聞いたところでわかりやしないだろうから聞こうとは思わない。しかし、やっぱり物足りないから

「それを全部するには何が必要なんだ」

と気づけば口にしていた。ポートは満面の笑みで立ち上がり、半身で向き直って右手を差し出す。

「最初の目標ができたね。全部込々でざっと一〇〇万くらいかな。まずは仕事を探さなくちゃね。当てがある」

 人間だとしても一生を生き切ったのであるから他人の手を借りて立ち上がるというのは気が引け、その手を軽く払う手振りをして立ち上がる。彼は残念そうに手を引っ込めたが、よしと言って先を歩く。ああ、そういえば

「さっき店主からこの眼鏡を買う時に七万と聞いて驚いていたが、そんなに高かったのか?値が張るといっても施術代と比べれば安そうだが」

 彼は振り返り、顔をしかめて言った。

「君はご祝儀を喜んで払うかい?」

「絶対払いたくないな」

「そうでしょ」

 出会い頭からしてふざけたやつだと思っていたが、人間臭いところもあるようだ。

 私は少しばかりの安堵を得、その肩に並んだ。

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