第2章 探索

新世界

 青い空、白い雲、黒い町。


 扉を出て見たのはそんな光景だった。ガラス越しではあったが、新たな門出を祝うにはうってつけの空であった。しかしどこを見渡せども黒、黒、黒が広がるこの町には驚きを隠せない。

「どうだい、いい景色だろ」

 隣からポートの声がする。確かに空の青と町の黒がきっぱり分かれていながらも、雲の白が点々とあることでこの景色に柔らかさを、そして流れることで確かに時が流れている安堵感を抱かせる。だが

「黒すぎないか、この町」

「あー、そうだったね。今の君の視界ではあまり面白いものではないか。付いてきて」

 言うと彼は通路の先を歩いていく。さっきは外に広がる景色ばかりに目を向けていたが、私たちのいるこの通路も全面真っ黒だった。天井には白い明りが一列に廊下の端まであることが窺えるが、なんとも無機質な印象を受ける。これで自分の服が色付きであればワンポイントになって映えるのだろうが、実際のところ私は通路に生えるオブジェクトに過ぎなかった。

 コツコツという足音が止まる。ポートが振り返って放った「おーい」との呼び掛けにはたと我に返って彼の元に急ぐ。



 ポンと音が鳴り、ゆっくりと開く。エレベーターのようだ。先を行くよう促されそのままに乗る。ついで彼も乗り込み、一と書かれたボタンを押す。この施設は何階まであるのかと肩越しにのぞき込むと、地上一〇八階あるようだ。私が目覚めたのは七八階だった。多分高層階の区分には入るんじゃないだろうか。別に高層階だろうと何だろうと関係はないが。

 エレベーターは施設の内側に位置しているうえに、またボタン以外真っ黒だったため、ろくに暇つぶしもできなかった。そこで、そういえばと彼の容姿について気になり、首を少し動かし、見る。

 背は一八〇くらいで細身の体形をしている。上下黒の長袖長ズボンで少しゆとりがある感じだ。肌は白く、髪は黒。顔はとさらに肩も横に動かすと口角は上がり目、目は黒くたれ気味で彫りが深いながらも柔和な印象を受けた。

 またポンという音とともに扉が開く。今度は彼が先に降り、私が続いた。彼はそのまま私を先導し、施設の玄関口と思われる方へ歩く。


 外。


 上から見た時は気づかなかったが、存外ビルのような背丈の建物が多く、黒の比率が圧倒的に大きくなった。それに音はなく、しんと静まり返っている。頭上に輝くのは太陽だというのに、夜に煌々とした街灯の下を一人歩くような、うすら寂しい気分になる。あの部屋を出たときに抱いていた期待はもう感じない。

 彼の「こっちこっち」と言う声を耳が拾った。寄るとそこには露店であろう、中をくりぬいた直方体があり、三十代と思われる顎にずいぶんと立派なひげを蓄えた男がいた。店主なのだろう。ポートが話しかける。

「やあ、おじさん。スマートグラスをおくれよ」

「あ?そんな骨董品何に使うんだよ。……七万だ」

「七万⁉今じゃそんな使う意味もないものに七万⁉」

「だからこそ、残ってるもんも少なくてまあまあ値が張るんだろ。いやなら帰んな」

 しばらく腕を組み迷っていたが、意を決したようで「わかったよ」と言い空中で何かを押す動作をした。それで支払いが済んだのか、彼は店主からメガネのようなものを受け取る。溜息一つし、踵を返し歩き出す。不満げではあったものの、私のために買ってくれたようなので彼に付いていった。もらえるものはもらっておくに限る。

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