リライト

 段々と瞼の裏が明るくなり、目を開ける。

 視界いっぱいに白が飛び込む。真っ白い空間だった。自分の体を見てみる。薄青の作務衣のようなものを着ているものの、生前の私の体であることが分かる。ただ、死ぬ直前のよぼよぼの体ではなく、肌には二十代くらいの若々しさがあった。

 久しぶりに自由に動ける体を手にしたため少しの間跳んだり、走ったりした。長年忘れていた自分の体で風を切る感覚、重力に逆らうだけの脚力があることが新鮮に感じられた。ただ単純に走るだけでも楽しかった幼少期を思い出す。

 その後も走る、跳ぶを繰り返していたが息も切れてきて休もうと地面に胡坐をかく。本当はストレッチとかした方がいいのかもしれないが、そんなことに構えるほどの余裕はなかった。

 気持ちがいい。あとはここが河原で川のせせらぎや、頬を撫でるような優しい風があればよりいいのにと思う。それに水切りもできる。


 しばらくして疲れも取れてきた。さて、もう少し体を動かしてみるか。と思ったが、河原を思い起こす過程で水切りも想像してしまったせいで今いる空間が走る、跳ぶくらいしかすることがないほどつまらない場所であることまで自覚してしまった。

 一気に動く気がなくなった。やる気もなくなった。なんなんだ、ここは。することがなさすぎる。死後の世界ってこんなに何もないものなのか?地面に右肩を下にして寝そべる。というかこれは地面なのか?床なのか?叩いてみる。……わからん。

 すると突然、目の前に映像が映し出される。

 女性が映っていた。ぱっと見ではわからなかった。頭の中でだれか探ってみると、私が成人年齢に達した日に母に見せられた写真の中の女性と同じであることが分かった。そう、これは若かりし頃の母だ。

 母に密着し、下から見るような構図で上下に揺れていることから、この映像は私が生まれたばかりのものだとわかる。

 母子ともに健康で無事に退院し、家での生活が始まる。父は昼間は仕事でいなかったが、いつも帰ってくると母に抱きかかえられている私の頭をなでていた。母は私によく本を読み聞かせており、その顔には柔らかな笑顔があった。私の誕生は思っていたより歓迎されていたようだ。最初で最後の子供だったからかもしれないが。

 映像は切り替わり幼稚園、小学校と上がっていった。小学校卒業までは傍目には順調だった。

 だが、中学編に突入して本格的に様相が変わる。忙しない日々のある日の休み時間に、顔を見てももう誰かもわからない女子にこう言われた。「ジュンってさ、変わり者だよね」この一言から私の自己認識が変わっていく。

 最初は「そんなことはない、普通のことだ」と説明していた。しかしダメだった。伝わるようにどれだけ言葉を尽くしても、「変」というレッテル貼りをするだけでみんな分かったような気になるばかりだった。それ以上に関心はない。

 これが柱の一つとなって、中学卒業に至るころには私は一つ信条を確立していた。私は独りが心地よくなった。

 また切り替わる。今度は高校から大学だ。ずいぶんと単調だった。高校ではクラスや部活で立ち回りづらくならないくらいに話すだけで、学校が終われば一人で夜通しゲームや読書をする日々だった。大学ではもはやサークルに属さず、授業をこなしてそれ以外は高校と同じだった。あとどちらにも共通して言えることと言えば、たいして役には立たないながらも成績は良かったことくらいだろう。ああ、しかし大学では一つ大事な感覚を得たのだった。であれば大学時代は単なる単調とは言い難いか。自分のためだけに力と時間を使う尊さ、何より楽しさは忘れられない。

 次は就職だろう。ここの挫折で私が最も大切にする「目的」を得ることになる。あの高揚がもう一度味わえるのかと身構えていると予想したものではない、ある一文だけが映る。


 ―ウワガキチュウ―


 疑問を呈する間も落胆もなく、目の前が暗くなる。

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