第32話 首都の混乱
あの後里中は、《紅目の鬼もどき》が出現する情報を《役人》に伝え、国にそれを報告した。
国が取った行動は、首都を封鎖し人を外に出さないというものだった。
《紅目の鬼もどき》が今まで出ていたのは、首都周辺だけだ。
都の人たちを外に出して、そこで彼らが《鬼もどき》になって被害が増えるのは困る。
民ごと閉じ込めて、隔離して。
《役人》に《鬼もどき》を殲滅(せんめつ)させよう。
国の上層部はそう考えた。
カプセルを飲んでいるのは、首都の人間だけじゃない。
そうシゲンは言っていた。
それは無駄なことだと進言したのに、国の上層部は聞く耳を持たなかった。
もしかしたら、今まで通り首都にしか出現しないかもしれないじゃないか。
そういう希望的観測を語って、彼らはすぐに行動を起こした。
彼らは来るべき恐怖を見つめられず、首都の人間を見捨てたのだ。
それでいて上層部のやつらの多くは、安全な海外へと逃げようとした。
しかし、奴らは逃げ切れなかった。
空や海という交通機関に関わる人間の多くが、シゲンによって集中的に血を与えられていたのだ。
《鬼もどき》は、飛行機や船をすでに破壊しつくしていた。
国の上層部が取る行動を、シゲンは見越していたんだろう。
首都が封鎖され、《鬼もどき》が夕方や夜以外にも所構わず発生するようになって三日目。
混乱している首都では、あいかわらず人々が逃げ惑っている。
《紅目の鬼もどき》は子供や女性なら血を吸い、男なら自分の血を飲ませようとする傾向があるみたいだった。
シゲンから指示を受けてるのか、《贄人》は襲わず、血を飲まそうとはしてこない。
それもあってこの街の中で、《贄人》だけが比較的冷静だった。
「ポイント8-5で、《紅目の鬼もどき》を二体撃退。ですが前方から三体現れました! キリがありません!」
「首都以外のところでも《紅目の鬼もどき》が発生。首相が感染したという情報が入ってきました」
《紅目の鬼もどき》自体はそんなに強くないが数が多く、一般人を守りながら戦っているため手間がかかっていた。
『てれび』や携帯電話の写真などによって、《紅目の鬼もどき》の情報は広がり、混乱は続いている。
外へ出せと騒ぐ人々。
とうとう封鎖は打ち破られてしまった。
でも、外にはすでに《紅目の鬼もどき》が溢れている。
まだ守ってくれる《役人》や《贄人(にえびと)》がいる分、実は首都の方が安全だったりするのだけれど、彼らはそれを知らない。
《紅目の鬼もどき》に血を飲まされれば、黒鬼の血には感染する。
けれど吸われた場合は感染しない。
しかし、情報が錯綜(さくそう)していて、誤解している人も多いようだった。
《紅目の鬼もどき》の血を飲んでも、すぐに《紅目の鬼もどき》になるわけじゃない。
シゲンの目的は、人に絶望を与えることなんだろう。
黒鬼の血に感染しても変化はせず、自分の未来に怯える人間が後を立たなかった。
いつ自分もあんな化け物になってしまうのか。
人々の不安が、街には溢れていた。
どんどんと被害は、拡大していく一方だった。
◆◇◆
『はじめまして、だな。おれは黒鬼。《紅目の鬼もどき》……お前達が化物と恐れているモノの、生みの親のようなものだ』
そう言ってシゲンが放送を流したのは、それから一週間後のことだった。
シゲンは境界や鬼のこと、そして自分が昔人間だったことを口にした。
シゲンの村は鬼に対して、花嫁として生贄を捧げる風習があったらしい。
鬼に選ばれたのはシゲンの恋人だった。
シゲンはそれに対して抗った。
けれど結局、婚約者は鬼に差し出されてしまったのだという。
恋人を取り戻すため、シゲンは鬼を食って鬼になり、鬼の世界へと乗り込んで行った。
しかし、結局婚約者は鬼に殺されてしまったらしい。
『この国には、おれみたいなやつが結構いる。恋人を鬼に差し出された奴、鬼の被害者なのに、人に迫害されてきた《贄人》たち。おれ達は人に虐げられてきた……復讐したいとは思わないか?』
おれの元に集えと、シゲンは《贄人》に訴える。
『可哀想な人間にも一応のチャンスをやる。今から上げる人間を殺して証拠を持ってきたやつに、黒鬼の血を受けつけなくなる薬をやろう。動画なりなんなり撮れるだろう? それと、女子供はおれたちの餌だ……くれぐれも間違って殺すな? 手を出した奴は殺す』
そんな事をシゲンは言い放った。
テレビ局の一社をシゲンは従わせているらしい。
公開処刑だというように、逃げた国の偉い人たちを差し出すようシゲンは言う。
毎日、彼らが人により捕まって、処罰されていく。
国を守ってきた《退鬼士》たちを、国がどう扱ってきたか。
シゲンはそれを口にしていた。
お偉いさんたちは、そんなの自分達は知らないなんていったけれど、そんな事は全く聞きいれられず、殺されるだけだった。
◆◇◆
講堂にあるスクリーンに、今日も処刑シーンが映る。
「こんな酷いこと……」
見ていられない。
そう思うのに、私には何もできないことが歯がゆかった。
「気にすることないだろ。シゲンが殺しているのは、保身に走る豚どもだけだ」
アオはのん気なことを言う。
コウも、あまりシゲンがしてることに対しては苛立ちを覚えてないようだった。
「今殺された男は、《役人》に首輪を付けることを決めた奴だった。昨日殺された奴は、《贄人》に人権はないからと冤罪で処刑することを決めた裁判官だった。その前は、《贄人》ならいくら傷つけても死なないからと監禁して毎日暴行を加えてたのに、死刑にならなかった男だった」
淡々と雪村がシゲンの殺していった奴をあげる。
「だからって……」
「ここにいる誰もが、シゲンが殺した奴らが死んでよかったと思っている……むろん、私もだ」
私の言葉を遮って、きっぱりと雪村が告げた。
その場には壱(いち)番隊と、弐(に)番隊が集められていた。
見渡しても誰も何も言わない。
その表情が、その通りだと語っているようだった。
「十日後、作戦を決行する。各自、準備に取り掛かるように」
雪村は制服を着ていて、そこには鋭い眼光があるだけだ。
十三歳の子供らしさはなく、鬼化した姿でそう告げれば。
私やアオを除く全員が敬礼を返した。
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