第31話 彼の願うたった一つの真実

「おかえりなさい。遅かったですね」

 アオの部屋に戻れば、何食わぬ顔で里中が出迎えてくれた。

「お前、どの面さげて!」

「やだなぁ、コウ刀なんて抜かないでくださいよ。言いましたよね。別に敵対したいわけじゃないって」

 腰の刀に手をかけたコウに、一瞬で近づき里中が首筋に手を当てていた。

 その速さに目を見張る。


「シゲンは、《役人》もアオの陣営を含めた《贄人》も、こちらに引き入れたいと考えているんですよ。シゲンにとって、彼らは自分と同じ思いをした者たちですから」

 ぱっとコウから手を離し、里中は笑う。


「里中、お前は一体何を考えているんだ」

「わたしが望むのは今も昔も変わりません。大切な者たちが生きやすい世界です」

 問いかければ、迷いなく里中は口にする。


「コウの意思は確認しました。トワはどうです。シゲンにつく気は」

「ない」

 即答すればそうですかと里中は言う。

「アオは? 揺れてましたよね」

「さっき言ったはずだ。あいつの下に下る気はない」

 その答えを確認して、里中はわかりましたと頷く。


「じゃあ、シゲンをとっとと倒してしまいましょう」

 パンと手を合わせて、にこやかに里中は言い放つ。

「はぁ?」

 私とコウ、アオの声が重なる。

 何を言ってるんだこいつはと思った。


「コウもアオも、トワも……人や鬼に虐げられることがない、シゲンが作る世界を望まないんでしょう? 三人が嫌ならわたしはそれを阻止します」

「お前はシゲンの味方なんじゃないのか?」

 里中の意図が読めなくて混乱する。

 男のくせに女の格好をしている変態だとばかり思っていたが、思考回路の方はもっと変人染みていたようだ。

 全くを持って、その考えにいたるのが理解できない。


「わたしはわたしが守りたい者のためにしか動きませんよ。アオ、コウ、そしてトワ。ついでに雪村(ゆきむら)と蘇芳(すおう)。私が守るべき家族はそれだけで、それ以外は最初からどうでもいいんです」

 《役人》になったのも、シゲンについていたのも。

 全ては私達のためだったのだと里中は言う。


「《贄人》が人や鬼の頂点に立てば、丸く収まるんじゃないかと思ったんですけどね。それを三人が望まないのなら、しかたありません。シゲンには消えてもらいます」

「やけにあっさりと言うんだな。《役人》だったり、アオの仲間だったり、シゲンの味方だったり。コロコロと立ち位置を変える奴を私は信用できない」

 私の視線を受け止めて、里中は少し傷ついたような顔をした。


「どうにもわたしの行動は、大切な者にほど伝わらないんですよね。ならこれがあれば信じてくれますか?」

 そういって、里中が四角い硬質な鞄を取り出す。

 中には鍔も何もかも真っ青な刀があった。


「これは……境界の要? トワが奪って……一緒に消えたはずじゃなかったのか」

 横でアオが息を飲んだのが聞こえた。


「遥か昔、鬼と人の世界を隔てるために、かつて神が作ったとされる三種の《神刀(じんとう)》の一振りです。セイランは鬼との戦いの中でこれを探し出し、そして境界を完全に正し固定する事に成功しました。ですがその後、この刀をトワが探し出しあるべき場所から奪った。だから境界はずっと安定してなかったんです。今の状態でこれをちゃんとした場所に収めれば、鬼がこちらの世界に来ることはありません」

 この刀が何なのかわからない私に、里中が説明をしてくれる。

 それから、その刀をアオに手渡した。


「……本物、だな」

「やっぱりわかりますか。境界を正す前は、ずっとアオが持ってましたものね」

 呟くアオは複雑そうな顔をしていて、里中は嬉しそうだ。

 

「後の二つは雪村(ゆきむら)が管理しています。三つ揃ってはじめて意味をなすものですからね。シゲンを倒し、境界を固定すれば一見落着ですよ」

 簡単なことのように里中は言う。

 なんだかお膳立てされすぎていて、妙なモヤモヤが残る。

 本当に里中を信じていいのか、私にはわからなかった。


 思い出すのは、初めて会った日のこと。

 私を叱咤した里中の顔は真剣で、こっちを想ってくれていると強く感じた。

 でも今はどうだろう。


 私の中に、トワだった頃の里中との思い出はない。

 シュカになって《役人》になってから……媚薬盛られたり、襲われたり、女装させられたくらいだ。


 ……ろくな思い出がないな。

 信頼する材料を探そうとしても、地に落ちるものしかない。

 そこまで考えて、里中を信頼するための何かを探している自分に気付く。

 疑う気持ちはあるけれど、完全には悪人だと思えない。

 説明できない絆のようなものを、里中にも感じていた。


「チャンスはシゲンが指定した二週間後。境界が一番安定して、術の力が高まる特別な日でもあります。ただ……シゲンの力も高まってしまうので、その日あたりから《紅目の鬼もどき》も増えるでしょう。そのあたりは色々策を使いますから大丈夫です」

 にっこりと里中は笑う。

 

「みんなで頑張りましょう? これから先もう二度とように」

 私たちを見渡して、そう言った里中の瞳が細まる。

 含みのある言葉にその誰かが私を差していると気付く。

 そこに強い決意が滲んでいるのを見て、つかみどころがない里中の真実に一つだけ気付く。


 里中は、二度と私を――仲間の誰かを失うのはゴメンだと思っている。

 そのためにはどんなことだってするのだと、その一瞬の表情が語っていた気がした。


「里中お前、最初から……トワが死ぬ前からシゲンとグルだったな?」

 アオは何か思うことがあったらしく、眉を寄せて里中に言う。

 まるで咎めるような口調で。

 

「シゲンと再会したのは一年とちょっと前です。それで計画を聞かされて、それもまたありかと手伝ったまでですよ」

「そういうことにしといてやる。お前たちの思惑に乗ってやるよ」

 そう言ってアオはくるりと背を向けて、廊下へと続く扉へと歩き出す。


「……ありがとうございます、アオ」

 そのアオの言葉に、里中は救われたような顔をしていた。

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