第29話 潜入調査

「……おい、里中。なんでオレが女装しなきゃならない」

「変装するならこれくらいは必然です。まさか相手も敵のトップが女装するなんて思いもしないでしょう?」

 里中は鼻歌を歌いながら、アオに化粧を施していく。


「そりゃするわけがないな。好んで女装する変態はお前くらいだ。というかお前……なんでオレのサイズの女物の服を持ってた?」

「こんな日のために用意してたんです! アオとトワには前々から女装してもらいたいと常々思ってたんですよ! 絶対に癖になりますよ!」

 呆れている様子のアオに、里中は嬉々として語る。


 ――絶対になるわけがない。お前のような変態と一緒にするな。

 アオの心の声が聞こえるわけじゃないのに、考えてることが手に取るようにわかった。


「それに、アオは今からカプセルの取引現場へ行くんですよ。それに、その格好なら戦いの役に立てなくても、《鬼もどき》が現れたときのおとりにくらいにはなれますよ」

「お前、オレを守りたいのか危険にさらしたいのか。それとも辱めたいのか……どっちなんだ」

「どちらかというと、恥ずかしがって欲しいですね。いやでも堂々と振舞うアオもそれはそれで素敵かと」


 里中は一人楽しそうだ。

 アオは心底疲れた顔をしている。まだ敵に出会ってもいないのに。

 抵抗しないのは、女装しないことには里中が取引現場へ行くのを妨害してくるとわかっているからなんだろう。


 ちなみに私も女装(?)させられた。

 かつらを被せられ、肌に粉をたっぷりと塗られ。

 目には『こんたくと』という、瞳の色を変える柔らかな膜のようなものを入れられた上、睫毛をつけられた。

 その上、厳しく歩き方や動作の指導まで受けて……おかげで外に出るのが遅れてしまい、もう夜だ。


 三人とも髪色を変えて、けばめの化粧をしている。

 可愛くはあるけれど、遊んでいるような印象のある女といったところだ。

 夜の街を歩くものは、《鬼もどき》の情報が流れてるせいでほとんどいない。

 そんな中でも華やかな繁華街の方へ歩いていく。


「頑張ったのに四十六点ってなんだ。私は一応女なんだぞ? どうしてアオより三十点も点数が低いんだ」

「仕草が雑だからだろ」

 納得できない私の前で、アオがふわふわパーマの髪をかきあげる。

 少し自棄になっているような雰囲気があった。


 里中によって受けた指導をすぐにアオは吸収し、その見た目も相まって褒められまくっていた。

 中途半端にやって、男だとばれるのが……仮にも一番大きな《贄人》をまとめる集団の頭がが女装してると気付かれるのが嫌なんだろう。


 アオにはなんというか、にじみ出る色気がある。

 里中が「男の中では私の次に美人かもしれません」と絶賛するのも分かる気がした。

 ただし褒められても嬉しくないのか、アオ自身はかなり微妙な顔だったが。


 カプセルは会員制の『クラブ』という店で配られるらしい。

 そのカプセルを配っているとされるのが、アオたちによく絡んでくる人間のグループなのだという。

 

「それでアオ、どうやってそのクラブに入るつもりなんですか?」

「……クラブに行きそうな奴を捕まえて、通行証みたいなのを奪う」

 里中に問われて、少しの間を開けてアオが答えた。


「アオは意外と雑なんだな。もっと几帳面に行くと思っていた」

「ほらあのトワに言われちゃってますよ。それだと合言葉とかがあったときどうするんですか」

 思ったことをいえば、里中がそんな事を言う。

 アオが物凄く屈辱的な顔をした。

 ……私の方が本来もっと雑だと言われてしまったような気分で、釈然としない。


「どうせアオのことです。クラブに行きそうな女の子を捕まえて、適当にたぶらかして《魅了》の力でどうにかしようとしてたんでしょう? その力、今は使えませんからね」

「ちっ、わかってたなら聞くな」

 アオはどうやら力が使えないことを、うっかり忘れていたらしい。

 里中の指摘に、苛立たしげに舌打ちする。


「ここは私が一肌脱ぎましょう。いいですか、ふたりとも。私の作戦をよく聞いてくださいね?」

 そう言って、里中が私たちに作戦を指示した。



◆◇◆


 薄暗い室内は熱気がむんむんとしていて、煙草の匂いが臭い。

 里中の作戦通り、うまくクラブの中に潜入することができた。


 里中の作戦は、クラブに行きそうな男たちに擦り寄り、同行させてもらうというものだった。

 二人組みの男の内一人は里中に骨抜きにされたらしく。

 鼻の下をでろりと伸ばし、もう一人の男に全てを任せると言って、他の部屋へと行ってしまった。


 現在店の中には、何人もの男がいて。

 女の人を侍らせて、何かを待っているようだった。


「全く仕事中だっていうのに、堪え性のない奴め」

 残された男の方が愚痴る。

 里中と一緒の男は、この男の上司と言った感じだった。

 先ほどまでヘコヘコしてたくせにいなくなると、急に態度がでかい。


「まぁいい。俺らは俺らで楽しむか。おいお前、俺の膝の上に座れ」

 里中からの指示は、男の命令には笑顔で従ってるふりをしろということと、とにかくよいしょして褒めちぎれというものだった。

 指名を受けて、しかたない行くかと椅子から立ち上がれば、それを邪魔するようにアオが男に抱きついた。


「私の相手をしてくれないと、拗ねますよ?」

 アオにしな垂れかかられ、男は上機嫌な声を出す。

 どこからアオはその声を出してるんだろうな……色々捨ててる気がする。

 コウあたりがいたら指を指して爆笑すると断言できるほど、その演技はなりきっていた。


「ははっ、なんだなんだ。可愛がってほしいのか。ん?」

 男に尻を触られ、アオは一瞬苛立ちを顔に出した。

 しかし、無理やりそれを押し殺す。


 ――後で殺す。

 そんな思いが透けて見える顔だった。


「それにしても、こんなに羽振りがいいなんて凄いですね。格好いいです」

「俺たちいっぱい売ったから幹部に昇進なんだぜ?」

 アオのあからさまなよいしょに、男はふんぞり返る。

 何というか、正直男は小物っぽい印象だ。


「いっぱいって何を売ったんですか?」

「カプセルに決まってるだろ。本当はもっと価格を吊り上げてもいいと思うんだけどな。自分達で価格を決められないのが残念だが、かなりいい商売だぜ?」

 媚びるようなアオの声に、笑いが止まらないと言うようすで男は言う。


 カプセルはこの場所で配られ、それを決められた金額で売りさばく。

 売っただけお金が手に入るが、勝手に値段を上乗せして売ると裁かれるらしい。

 上のやつは広めることが目的なんだろうけどよと、男は不満そうに口にする。


「こっそり値段を上乗せしちゃえばいいじゃないですか」

「それをした連中、消されてるんだよ。俺の知り合いも何人か消されてる。だからそのあたりは真面目にやってんだ」

 アオの囁きに、それができたら苦労はしないと男は呟く。

 さりげなくアオが名前を聞き出したその男たちは、資料に載っていた行方不明者のリストにいたような気がした。


「ところで、そんなにこのカプセルは普通のモノと違って安いのか」

「子供の小遣いでも無理すれば買える値段だ。しかも後遺症もなく薬物反応もでないから、警察にも捕まらない。売る側としてこういうのに手を出さないのは基本なんだが……俺も実は使ったりしてる。かなりいいぜ?」

 私の質問に答え、男が私やアオにカプセルを勧めてくる。


「なんだお前らノリ悪いな。本当に安全なんだって、すげーんだぜコレ」

 断れば男は見てろと言って、自分の口の中にカプセルを放りこんで飲み干した。


 一瞬――男の目が紅く染まり、気が膨れ上がった。

 しかしそれは押さえ込まれるというか、体の内側に隠されるように消えた。

 それでも集中すれば、男のまとう力――生命力の質が変質してるのを側で感じとることができる。


「どんな気分になるんだ?」

「あぁ最高だ。これを飲むと、こんなことも簡単に出来るようになるんだぜ?」

 尋ねれば、男がポケットから小銭を取り出す。

 それを力をこめて、指で弾いて見せた。

 その硬貨は真っ直ぐにワインの入った瓶を貫く。


 ワインの瓶が砕け散る。

 しかし店内にかけられた音楽のせいか、それを気にする客はいない。店員もなれた様子で、冷静に片付けを始める。


「くくっ……すげーだろ」

「あぁ、凄いな」

 褒めると男は満足気にニヤニヤする。

 ちらりとアオを見れば、一瞬馬鹿かこいつはという顔で男を睨んでいた。

 折角きたデザートにも他のものにもガラスの破片が入り、全部台無しだ。

 それでも男は楽しそうだった。


「どれくらい使えば、そんな力が手に入るんだ?」

「俺はもう一年くらい毎日十粒以上飲んでる。飲んだその日にはこの力が楽しめるんだが、飲めば飲むほど力も高揚感も増すんだ」

 うらやましそうなフリをして尋ねれば、男が笑う。

 カプセルによってもたらされた力が、全て自分のものだと思い込んで気分がでかくなっているように見えた。


 手放せないというように、男はカプセルをまた口に含む。

 完全に中毒のようだ。


 鬼の血には、中毒性があり《贄人》はそれを求めてしまう傾向がある。

 主の血をその《贄人》が欲するのもまた当然なんだと、コウとそういう仲になってから私はそれを知っていた。


 コウと恋人になってから、毎日コウの血を飲み、そしてコウも私の血を求める。

 私の血を得ることによって得られる快感は、前より増してるらしく、コウはそれを求める。

 それと比例するように、コウの《贄人》――鬼としての力は増していた。


 男が飲んでいる分量は、普通なら《鬼もどき》や《贄人》に変質している分量だ。

 内側から鬼の力を感じる……なのに、こいつはまだ人間だった。

 考えごとをしていれば、男の手が太ももを撫でてくる。

 もう一方の手で、アオの太ももを撫でているのも見えた。


「これ飲んでするとまたいいんだ。後で二人ともたっぷり可愛がってやるからな」

「生憎可愛がられるより、可愛がるほうが好きなの。そんなに急がなくても、後で死なせてくれって懇願したくなるくらい可愛がってあげる」

 下卑た笑いを浮かべる男に、アオが色っぽくそんなことを囁く。


「へぇ、強気な女は好きだぜ?」

 楽しみだというように男はニヤニヤと笑う。

 文字通り、後で男はアオに死なせてと頼み込むことになるんだろう。

 おそらくは男が思ってるのとは違う意味で。

 そんな事を考えていたら、室内の照明が切り替わった。


「売った数量とデータが入ったUSBと、売り上げに対するこちらの取り分の小切手をテーブルの上に置いてください。確認ののち、次回分の商品と交換いたします」

 舞台の上で燕尾服を着た仮面の男が言うと、店員がそれぞれの席から小切手と情報記憶媒体を回収していく。


「あのお面の男は何者なんだ」

「ただの司会役だ。お前質問ばっかりだな」

「あなたのことに興味があるんだ。どんな仕事をしてるのか、教えてくれたっていいだろう?」

 眉を寄せた男に上目遣いで甘えるように言えば、まぁいいかと話してくれる。


 男にその気を持たせ貢がせる台詞として、里中が教えてくれた言葉だったりするのだが、意外と役に立った。

 あと他にはお世辞を言われた時に、そんなことをいってくれるのはあなただけと言ったりするだとか、とにかく特別だと思わせることが重要らしい。

 ロクなこと教えないなコイツと、里中に対する低すぎる評価をさらに下げていたのだが、それなりに効果はあるようだ。


 男は元々お喋りなのか、カプセルでハイになっているのかわからないが、私やアオの質問に色々答えてくれる。

 しかし大した情報は得られなかった。


 カプセルがどこから来るのかも、誰が今この集まりを仕切っているのかさえ男は知らなかったのだ。

 つまりは偉そうにしているだけのただの下っ端。

 これだけ見知らぬ女にペラペラと喋っている時点で、底が知れるというものなのだが。


 男が次回分の商品を手に入れたところで、アオが立ち上がって別の部屋に行きましょうと誘った。

 男はそうこなくっちゃというようにいそいそと部屋を取った。

 そして当然のように、私とアオはそこで男達を締め上げた。


「あぁ気持ち悪い。風呂に入りたい」

 男達を足蹴にしながらアオが言う。

 ……ヒールでそこをぐりぐりとしたら痛いと思うんだが。

 アオは結構容赦ない。

 いや、これでも殺してない分……容赦している方なんだろう。

 適度に痛めつけ、鞄に入れてあった縄で縛り上げられた男は、すでに戦意を喪失していた。

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