第28話 カプセル
『てれび』では、『少女ばかりを狙う連続殺人鬼は、じつは人ではなかった!』と大々的に流れていて。
一般の人が映した鬼の画像が、画面に映っていた。
未だに出現し続ける《鬼もどき》や、紅目の鬼の騒動のおかげで、ここ最近では一般の人たちにも鬼の存在が知られつつある。
情報の規制が間に合ってない。
「なんで国は鬼の存在を認めないんだ? ここまでばれているのに」
「どうして今まで隠してたんだって言われるのが嫌なんだろ。芋づる式に、《贄人(にえびと)》の存在も明るみに出るし、今まで自分達がしてきたことも、この国の平和の裏にどんな犠牲があったのかも――認める気がないってことだ」
純粋な私の疑問に、アオが答える。
その口調には皮肉がたっぷりと混ざっていた。
◆◇◆
アオの側で暮らして二週間。
雪村の言っていた通り、アオの縄張りを荒す奴が後を絶たない。
それはアオとは違う派閥の《贄人(にえびと)》の集団だったり、ただの人間だったりと様々だ。
その上アオの縄張り周辺は特に《鬼もどき》の出現率が高いようで、争いごとがひっきりなしにやってくる。
アオはこのあたりを仕切る親玉みたいなものなので、アオが弱っているうちに叩いて自分たちがトップに納まろうという算段らしい。
強いアオを倒して、力を誇示したいという思惑もあるらしいが……弱っているアオをやっつけたところでそれは意味があるのか。
アオはそんなのは勝手にやってろと言う心境らしく、うんざりとした様子だった。
現在アオの陣営を仕切っていているのは、《役人》でもある赤鬼の《贄人》・里中(さとなか)だ。
《役人》が敵対している陣営を仕切るのはどうなんだと思わなくもないが、うまく回っているみたいだった。
アオの陣営は先生が国に殺され、反旗を翻して生まれた《退鬼士(たいきし)》の集まりだ。
里中が《役人》でありながら、アオの味方という事は周知の事実らしく、中心の顔ぶれは長い間先生と共に戦ってきた古株の《退鬼士》ばかり。
かなり初期から《退鬼士》をやっていた里中は、全員と知り合いのため動きやすいようだった。
里中がアオの代理をし、コウは縄張りで起こる争いごとの仲裁。
私はというとアオが外に行かないよう見張り、血を与える役だ。
アオは大人しく、本を読んだり、『ぱそこん』や『てれび』見たりしている。
コウみたいにえっちな何かを見てるのかなと横覗き込めば、文字がいっぱいで難しそうなものばかりだった。
……一緒にして悪かったなぁと心から反省した。
「トワ、こい。喉が渇いた」
机に向かって『ぱそこん』をしていたアオに呼ばれ、その膝の上にのる。
向かい合うようにして乗り、首筋をさらせば、アオがそこに牙をうずめる。
ちりっとした痛みの後に、なんともいえない感覚がして血を吸われた。
「ん……くっ、あ」
やっぱり血を吸われるのはなれない。
変な感覚になるし、頭がぼーっとする。
飲み終わったアオが首筋を舐めて、傷を消してくれた。
「前の方がやっぱり美味かったな。というか、お前はコウの馬鹿でいいのか」
アオが尋ねてくる。
そのことについて言われたのは初めてだった。
何も言わなくても、コウと私の関係が変わった事に気付いていたらしい。
「……うん、コウがいいんだ」
「趣味悪いな」
「私もそう思う」
笑えばアオは、特に何も言ったりせずに私の頭を軽く撫でて、それから立ち上がった。
「でかけるぞ、トワ」
「アオ、まだ外出は」
「力は使えないが、歩けるくらいには回復してる。この二ヶ月の間に《鬼もどき》の方をどうにかしなきゃいけないからな」
渋ればアオはそんなことを言う。
「例え術や力が半減しても、刀やナイフくらいは使えるし自分の身くらい守れる。いざとなったら……お前が守ってくれるだろ」
珍しくアオから出た頼るような言葉に目を見開く。
「どうなんだ。自信がないのか?」
「いや、大丈夫だ。私がアオを守る!」
ぐっと拳を握って宣言すれば、それでいいとアオは笑う。
言って後で乗せられてしまったことに気付いたが……守りぬけばいいことだ。
「それで……どこへ行くんだ」
「今から『カプセル』の取引現場に行く」
そう言うと、アオが紙を私に押し付けてきた。
「《紅目の鬼もどき》が出現してから今まで、行方不明になってる奴のリストだ。素行が悪かったり、身寄りがないやつがほとんどだが、多くの奴に共通する証言がある……『カプセル』に手を出していた可能性があるってことだ」
そう言ってアオは、『カプセル』を私に見せてくる。
「前にアオと《紅目の鬼もどき》を見つけたとき、たくさん落ちてたやつだな。つまり奴らは全員風邪をひいていたということに」
「違う。これはそういう類の薬じゃない。飲めば身体能力が上がり、性的に興奮したり、最高にハイな気分になれる……いわゆる麻薬の一種だ」
私の推理にアオがどうしてそうなると、少し呆れたような顔で説明してくれる。
「だが、このカプセルを飲んだところで薬物反応は一切でない。だから街ではこのカプセルが裏で流行っていた。社会問題になるくらいにはな。人間の問題だからと放置していたんだが、どうやらこれが《紅目の鬼もどき》の原因だったらしい」
台所の方へ行きアオがコップに水を注ぐ。
その水と一緒に、半分に割ったカプセルを手渡してきた。
「中の液体を味見してみろ。ただし、絶対に飲まずに水ですすげ」
カプセルを指で潰せば、赤黒い液体が出てきた。
言われた通りそれを舐め、舌の上で味わう。
――これは、血だ。
脳を蕩かすほど甘美な味は、ゆっくりと体を蝕むような優しい毒のようだ。
まろやかでこちらを内包する力を感じる一方で、奥深いところに根付いてこちらを取り込もうとする意図が感じられた。
そっと寄り添い味方のふりをして、這いよる影のような……そんな得体の知れない印象を受ける血。
すぐに水で口をすすいで、吐き出す。
「これは……鬼の血か?」
「あぁ。おそらくは黒鬼の血をベースに色々混ぜられて作られている。これを飲んでた奴が、今まで《紅目の鬼もどき》になってたってことだ」
私の言葉にアオが頷く。
「いやでも、おかしくないか。鬼の血は人にとって猛毒のようなものだ。飲んだら苦しみながら《鬼もどき》や《贄人》になるんじゃないのか?」
「どんな細工がされてるかは知らないが、それを飲むと《贄人》が鬼から血を貰った時のような状態になる。力が上がり、恍惚とした状態になるってことだ」
疑問を口にすれば、アオが答える。
一度鬼の血を受け入れた《贄人》は、鬼の血を飲むと力が上がったり、性的に興奮したり、快楽を得るようになる。
吸われても気持ちよく、血を与えられても気持ちいい。
そうやって鬼は《贄人》を自分の元に落としていく。
無理やり従わせられながらも、その誘惑に勝てない《贄人》もいるのだと聞いていた。
「おそらくはカプセル自体に特殊な術が仕込まれている。普通の鬼の血と違って、大量に摂取してもすぐに《鬼もどき》になるわけじゃないらしい。強い力と快楽が手軽に手に入って、後遺症がない。それで爆発的に広まってたようだ」
実際は後遺症よりもよっぽど恐ろしいモノが待ってるけどな、とアオは皮肉たっぷりに付け加える。
「《鬼もどき》は、鬼によって生み出される。それが当たり前だと思っていたから、気付くのが遅れた。まさか人間が自分から血を摂取していたなんて思わないだろ。それともう一つ、気付くのが遅れた原因がある」
そう言って、アオが資料をよこしてきた。
「今まで出てきた《紅目の鬼もどき》の場所と時間を、《役人》共が持ってたデータも入れて解析してみた。何か気付くことはないか?」
「時間は夕方から夜にかけて。出現場所がばらばらで、規則性がないように見えるんだが。まるでこっちが警戒してない場所を狙うかのようだな」
その通りだとアオが頷く。
「一定量の血を飲んだ奴が不規則に《紅目の鬼もどき》になるのなら、もっと早く気付けてたはずなんだ。だが、まるで測ったようなタイミングで、こっちをかく乱するように《紅目の鬼もどき》は発生している」
黒鬼に血を飲まされた鬼達が、のちに紅目になった。
前に境界を越えてきた赤鬼が言っていたことを思い出す。
「つまりは……《紅目の鬼もどき》の予備軍は、かなりいるってことか」
「そういうことだ。あとこれからわかるのは、こっちの情報が黒鬼に漏れてるってことだな。じゃないと、こんなにうまくかく乱はできない」
《役人》側にもアオの仲間にも黒鬼と繋がっている奴がいる。
つまりはそういう事らしい。
「ただ黒鬼は自分の血を飲んでいる奴でも、まだ紅目になってない奴は操れないらしい。オレの《眷属(けんぞく)》に当然紅目はいない。つまりあいつは……自分の意志で、黒鬼に従ってるってことだ」
アオの言い方はまるで、その内通者が誰かわかってるみたいだった。
あてこするような皮肉っぽいいつもの口調。
けれどその顔は険しい。
納得できないと、どうしてそいつがそんなことをと思っているようだった。
「裏切り者は一体誰なんだ」
「……裏切ったかどうかは、まだわからない。もしかしたら何か考えがあってのことかもしれないしな」
尋ねた私に、アオはそう言って着替えを始める。
アオにそこまで言わせるほどには、信頼のあるやつなんだろうとそんな事を思った。
◆◇◆
「アオは今狙われているんですよ。なのにカプセルの取引現場に行くなんて……何を考えているんです。しかもそれで変装したつもりですか。アオだって一発でばれますよ」
部屋を出たところで里中に見つかり、連れ戻される。
一応アオは変装らしきものをしていたが、普段とは違うタイプの服に、帽子を被って眼鏡をしただけだった。
「今日は取引場所に親玉が来るらしいんだ。ようやく尻尾が見えたのに、行かないなんて馬鹿のすることだろ。引きずり出してオレの縄張りを荒したことを後悔させてやらないと気が済まない」
「今の弱くて役立たずのあなたでは、やられるのがオチですよ? 鬼の力を使わなくても、ねじ伏せることが簡単なんですから」
憮然としてアオが言えば、里中が軽く腕をひねり上げる。
アオは膝をつき、顔をカーペットの上にこすり付けられながら、振り向いて里中を睨みつけた。
里中は手を離し、アオの横にしゃがむ。
「まぁでも、わたしを連れていくのなら考えてあげます。その代わり、わたしに従ってくださいね?」
にこっと笑ってそんな提案をしてくる里中に、アオはしばらく黙り込んでいたけれど、立ち上がって服を正した。
「……わかった条件を飲む」
「ふふっ、そうこなくてはね」
渋々と言った様子でアオが言えば、里中は嬉しそうに笑った。
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