第27話 つかの間の平和と
あれから一ヶ月。
《役人》とアオの陣営が手を組んで、境界を引きなおすことになった。
無事に境界は正されたため、二ヶ月は鬼が向こうからやってくることはないらしい。
そうは言っても……これから二ヶ月しかもたない平和なのだけれど。
「二ヶ月後にまた協力しあって、境界を引き直せばいいだけの話じゃないのか?」
「簡単に言ってくれるな。ちまちま直すのと違って、いっきに境界を引きなおすのは準備に時間がかかるし、莫大な力と繊細な術式、それに精神力が必要とされる。やってしばらくは体調不良になるし、鬼も《贄人(にえびと)》も一ヶ月近く力が使えなくなるんだ。準備と後遺症で二ヶ月引き換えにして、境界を保てるのが二ヶ月とか効率が悪すぎるだろう。赤鬼にはわからないだろうけどな!」
作戦が成功した翌日。
雪村(ゆきむら)に呼び出されて尋ねれば、恨みがましく一気にまくし立てられた。
興奮しすぎたのか、ゴホゴホとむせている。体調が物凄く悪いのか、雪村は辛そうだ。
頭にひんやりとする布をはり、目は潤み。《役人》の長の威厳は全くなく、風邪を引いた人間の子供にしか見えない。
境界を引き直す作業において、赤鬼は全く役に立たないらしい。
全体の不協和音になるだけでむしろ邪魔と、作戦から赤鬼とその血統の《贄人》は例外なく省かれた。
だから作戦に参加しなかった私とコウは、他の鬼や《贄人》たちに比べてかなり元気だ。
「この作業をすることにより、鬼が境界から現れることはなくなるが、内側のパワーバランスは確実に変わるんだ。《役人》もそうだが、特にアオのところは主要の《眷属(けんぞく)》たちが力を使えなくなった分、弱体化してる」
境界を引きなおす作業に向くのは青鬼。
《役人》よりも青鬼の多いアオの陣営が中心となって、作業は進められた。
その結果、現在アオの勢力はかなり弱っているらしい。
この国では《役人》とアオの陣営が一番大きく、対立しあっている。
ただし力が同程度のため均衡状態にあり、平和が保たれていたとのことだ。
けれど、実は他にも色々な勢力が存在していて。
この隙に何か仕掛けてくる奴がいるかもしれないと、雪村は口にした。
「本当の事を言えば、全勢力を投入すれば《役人》だけでも、おそらくはアオの陣営だけでもこの作業は可能だった。ただ、折角境界を引きなおして鬼が来なくなっても、その隙に内側から攻められてしまえば守るものも守れない。だから今までしてこなかったんだ」
アオが二つの勢力の力があってはじめて、どうにかできるかもしれないと言っていたことを思い出す。
外だけでなく、内側の力関係を考えなきゃいけない。
上に立つものは色々と大変らしい。
気だるげでどうでもよさそうな感じなのに、アオは色々考えてるんだなと思わず感心してしまった。
「最近特に力を伸ばしてる人間の勢力がある。ゴロツキとそう変わらないし、そういうのを取り締まるのは人の警察の役目だと放置してきたんだが、ちょっと目に余る」
彼らは特にアオたちを目の敵にしてるらしく、何かと絡んでくるらしい。
「そういうわけで、シュカ、コウ、里中(さとなか)の三人は、アオのところに貸し出しだ。二ヶ月は私ではなくアオの指示に従え」
「はぁっ!?」
続いた雪村の言葉に、私の横にいたコウが目を見開く。
「境界を引き直す協定と同時に、アオのところと停戦及び協力関係を二ヶ月限定で結んでいる。こちらから人員を貸し出すことになってるんだ」
「だからってなんで俺とシュカなんだ! アオの下につくなんてゴメンだ! 絶対ここぞとばかりに俺に嫌がらせしてくるに決まってるだろうが!」
「だろうな。しかもシュカに手を出したとばれれば……まぁ、《贄人》は頑丈だし痛めつけられてこい。アオには無理をさせたからな。それくらいはしかたないだろ」
机をバンと叩くコウに、咳き込みながら雪村は言う。
申し訳なさそうな顔をしていたけれど、それはコウに対するものではなくアオに対するもののようだった。
「雪村、俺を売ったな!」
「国の平和と比べたら安すぎるくらいだと思うぞ? 逆らったら五年間は休みなしでただ働きだ」
叫ぶコウに非道なほど冷徹にそう言って、瞬間コウの体に鎖が巻きついた。
「さぁ行きましょうか、コウ」
その鎖の先を目で辿れば、総副隊長の里中がいた。
物凄くいい笑顔だ。
里中は一見非力な女性に見えるけれど、男でしかも体力に長ける赤鬼。今回の作戦に参加しなかったこともあって、元気は有り余っているようだった。
術符の力を応用して作られた鎖を引き、コウをずるずると引きずって行く。
「アオが本調子に戻るまで、|血を与えて(・・・・・)きっちり尽くしてこい」
雪村は何故か後半を強調して、コウを見送ってから私に向き直る。
「トワ、アオを頼んだ」
「もちろんだ」
《役人》のトップであり、アオとは敵対している雪村だけれど、アオのことは決して嫌いじゃないんだろう。むしろアオの事を心配している。
それがわかったから、力強く頷く。
こうして雪村の命令により、急遽私とコウはアオの所へ行く事になった。
◆◇◆
里中の出した車で、アオのアジトへ向かう。
色々やることがあるからと、里中とは別行動することになった。
早速前に貰っていたカードキーでドアを開け、アオの部屋に入る。
大きなベッドの上でアオがうつぶせになっていた。
しかも綺麗好きのアオにしては珍しく、靴を片方履いたままだ。
上を向かせたけれど、起きる気配はない。
眉を寄せて苦しそうにしていた。
額に手を当てれば熱い。
作戦は昨日の昼には終わっていたから、もしかしたら丸一日この状態だったのかもしれない。
「珍しく弱ってるな。今のうちに顔に落書きでもしておくか」
「コウ」
たしなめればコウが肩をすくめる。
「はいはい。わかったよ」
コウがアオを着替えさせ、ベッドに寝かせる。
私は布を濡らしてアオの頭の上に置いた。
「薬とかはないのか」
「まぁ一番の薬は血だろうな。自分の血を分け与えた《贄人(にえびと)》の血が一番いいんだが……こいつ自分の《眷属(けんぞく)》の血は絶対飲まないんだっけか」
尋ねればコウがそう言って溜息を吐く。
《眷属》とは、アオの血を分け与えた《贄人》、もしくはアオの考えに賛同する者たちのことだ。
そう言えばアオがいつも持ってきてくれる血は、毎回アオがそのあたりでたぶらかした女性から貰ってきていた。
正直あまり中身がない血ばかりで、美味しくなかった。
あれでは力がでないだろう。
「はぁ……まぁしかたねぇか」
嫌そうに溜息を吐いて、コウが台所へ向かう。
ついていけばコップと包丁を取り出して、自分の手に傷をつけようとしていた。
「ちょっと待て。コウの血をアオにあげるつもりなのか!」
「それ以外に何があるんだ。というか、雪村の奴はそのために俺をアオのところへ寄越したんだからな」
声をあげれば、俺だって嫌だよというようにコウは口にした。
「アオはプライドと仲間意識が高いからな。絶対に仲間の血は飲まない。嫌いな俺からなら遠慮なく飲めるってことだろ」
「だが私のは飲んでたぞ?」
「トワはあいつにとって妹だ。仲間じゃなくて家族だから甘えてるんだろ」
そう言ってコウは、慣れた様子で一思いに手首を切った。
見てるだけで痛々しいと思うのに、かぐわしい香りに喉が鳴る自分が嫌になる。
コウは痛そうに顔をしかめるものの、慣れているかのようだった。
それを見て、一年ほどコウの血入りの汁を飲まされていたことを思い出す。あれもこうやって作られていたに違いなかった。
「さてと。アイツの口に流し込んでくるわ」
自分で傷口を舐めて止血すると、コウはコップを持ってアオのところへ向かおうとする。
とっさに、その服を掴んだ。
「どうした、シュカ?」
「……」
なんで止めてしまったのか、自分でもよくわからなかった。
もやもやとした気持ち。
突き詰めれば、コウがあっさりと自分の血を私以外に差し出すのが、気に入らないのだと気付く。
私にはコウの血だけ飲めと言う癖に、自分は誰にでも血を与えるのかと釈然としない気持ちがあった。
「こうしよう。私がコウの血を飲んで、アオには私の血をあげればいい」
「なんでだよ。別にこれでいいだろ。どうして一度シュカを挟む必要がある?」
提案すれば、コウがむっとした顔になる。
私の方にその権利があると思うのに。
「私にはコウの血だけ飲むよう言う癖に、自分はアオに簡単に血を与えるのか。何だか不公平だろう。それなら私がアオに血をやる」
言えばコウが目を見開く。
「もしかして、物凄くわかり辛いんだが……妬いてるのか?」
「妬いてなんかいない」
むくれれば、コウが可愛いと頭をわしゃわしゃと撫でて抱きついてくる。体格が違いすぎるので重いし熱い。
じゃれあってる場合じゃなかった。
最終的に二人とも血をアオにあげると言うことで落ち着いた。
これなら血の量も二倍だし、回復も早まるので一石二鳥だった。
◆◇◆
「クソ……雪村のやつ、恩を仇で返しやがって」
私とコウの血を飲んだアオは、まだ顔色は悪いものの悪態をつく元気はあるみたいだった。
かなり血が不足していたんだろう。
コウがコップで血を飲ませれば、あっという間に飲み干してしまった。
無意識だったのか全部飲み干して後、コウの膝に抱きかかえられていることに気付いたアオの顔はしばらく忘れられそうにない。
「動く元気もないみたいだな。風呂入りたいなら入れてやろうか?」
「うるさい黙れコウ」
からかうコウに、眉を潜めて言うアオの口調は少々子供っぽい。
普段の余裕がないからなのかもしれないし、相手がコウだからなのかもしれなかった。
アオが携帯電話を取ってくれというので渡せば、どこかに電話をかけ始める。
相手はどうやら雪村のようだ。
言い合いをして後、アオは携帯電話をぞんざいに投げ捨てた。
「アオが私たちを指名したわけじゃなかったんだな」
会話の内容からして、アオが寄越すよう雪村と話をつけていたのは里中と蘇芳(すおう)の二人だったようだ。
私とコウが来てしまったことに、アオは怒りが収まらない様子だ。
「なんでわざわざオレが、トワとコウなんかを呼ばないといけないんだ」
苛立った口調で言われて、思いのほか傷つく。
こういう時に頼ってくれるくらいには、アオと仲がいいつもりでいた。
「何でアオなんかの言葉で落ちこんでんだよ。こいつ昔から格好付けで、トワの前では強がりたいだけだから。昔、鬼に呪いの術祖(じゅつそ)貰ったときも、辛いくせにトワがいるから平気なふりして隠して、結局皆の前でぶっ倒れたんだよなアオ」
「……っ」
にやにやしながらコウが言えば、アオが口元で手をかざして術を使うときのように印を組んだ。
しかし何も起こらない。
「格好悪いなアオ。お前、今力が使えない状態だってこと忘れてただろ」
「……後で殺す」
くくっと意地悪く笑うコウは、とても楽しそうだ。
アオはというと屈辱だというように睨んでいた。
「それなら、俺の血でも飲んで早く元気になるんだな? しかたないからもっと飲ましてやってもいいぞ? ほら……痛っ! おま、人の指をなんだと思って! 思いっきり噛むな! 千切れるだろうが!」
手をぶらぶらさせていたコウの指に、アオが噛み付く。
コウが調子にのるから悪い。
それにしてもアオは、コウがいると普段クールなのにとたんに子供っぽくなるというか、同レベルになる気がする。
互いに遠慮がないというか、実はこの二人喧嘩ばかりするけれど仲がいいんじゃないだろうか。
……アオとコウは放っておいても大丈夫そうだし、夕飯でも作るか。
冷蔵庫を見れば、食材はほとんどない。
まぁ、私やアオは食べる必要がないのだけれど、気分というか習慣のようなものだ。
来る前に食材を買ってきておいてよかったなと思いながら、私は調理にとりかかった。
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