第26話 食べて食べられる

「それで? どうして里中さとなかの部屋にいたんだ。説明してもらおうか」

 ようやく部屋に戻れたと思ったのに、今度はコウからの尋問が待っていた。


 現在私は、床に正座させられて反省を促されている。

 コウはベッドのふちに腰掛けて、足を組んで不機嫌な顔をしていた。


 被害者は私だし、薬を飲まされたことによる体の異変は継続中だというのに、コウは容赦してくれるつもりはないらしい。

 カズマは本日、いち番隊の宿直室に泊まりだという事で、庇ってくれる味方も期待できない。


「俺は言ったよな。俺以外の男には近づくなって。なのになんで俺が忙しくしてる間に里中と風呂入って、色んなところを洗われて。しかも媚薬びやくを盛られてるってどういうことだ」

「……里中が女だと思って、油断してたんだ」

「言い訳は聞きたくねぇな」

 説明しろと言ったのはコウなのに、聞く耳を持ってくれない。

 黒鬼の件でイライラしてるところに、トドメを刺してしまったらしい。


「なぁ、俺への答えを焦らしておいてそれはないだろ。こっちはずっとおあずけ食らってるのに、他のやつに奪われるところだったんだ」

 ベッドから降りて、コウがしゃがむ。

 視線を合わせてくるコウの声は低く、怒りを押し殺していると分かる。

 金の瞳がギラギラとした光を持って、私を見ていた。


「んっ!」

 コウの指が頬に触れただけ。

 それだけなのに、疼くような感覚が体に走る。

 じっと私を見つめながら、コウはそのまま耳を撫で、首筋を撫でてくる。

 むず痒くて、見られてるのが恥ずかしくて。

 腹の奥が――熱くなる。


「わかってるとは思うが、里中とトワが恋人だったという事実はない。アイツは狸だからな。嘘と笑顔で人を丸めこむのが得意なんだ。昔からお前はあいつに騙されて、いいように遊ばれてた。なぁシュカ、お前は里中と恋人になりたかったのか?」

「そんなわけないだろう。ちゃんと……断った」

 何でそんな意地悪を言うんだと、涙目で睨む。


「本当か?」

「当たり前だ。恋人と言われて、私の隣にいるのはコウ以外思いつかなかった。コウにいやらしく触れられるのはよくても、里中のは嫌だったんだ」

 コウは疑り深い。

 わかってくれないのが不満でむっとして言葉にすれば、コウの瞳が大きく見開かれる。


「……それは俺なら恋人にしてもいいってことか?」

 口にしてから、しまったと思う。

 これではまるで、コウが好きだと言ってるみたいだ。

 気付けば顔が赤くなった。


「シュカ」

 甘く優しく、コウが名前を呼ぶ。

 唇に指を這わせてくる。 

 それだけでぞくぞくとした気持ちよさが、体中に走った。


「触れるな。なんか、変な気分に……なる」

「へぇ、里中が体に触れるのはよくて、俺は駄目なのか?」

「駄目だ。コウに触られると、気持ちよくて……頭がおかしくなる」

 駄目だと言ったのにコウはニヤニヤと笑いながら、敏感になってる肌に触れてくる。


「なんで俺に触られると気持ちいいんだ?」

 耳元で囁かないで欲しい。

 コウの声が腰の辺りにジンとくる。


「それは……んぅ、媚薬が……」

「ちゃんと考えろシュカ。里中に触れられるのと、俺に触れられるのは同じか?」

 そんなわけはない。

 コウに触れられるのは嫌じゃないし、心地いい。

 大きな手が服の上から背中をなぞる。ただ撫でられているだけなのに、たまらない気持ちになった。

 

「同じじゃ、ない。触られるのは、コウがいい。コウじゃなきゃ嫌だ」

 優しく丁寧に撫でられるたびに、体の内側から何かがあふれ出てくるのがわかった。

 行き場のない熱が体の中に溜まって、疼く。どうにかなってしまいそうで。

「ん……ふ、あぁ……コウっ」

 気持ちよすぎて、声が出るのを抑えられない。

 

「なぁ、それはどうしてだ? ちゃんと言葉にしろ」

 ここまで言ったのに、その先をコウは言わそうとする。

 恥ずかしくて躊躇ためらえば、ふいにコウが触れるのをやめた。


「あ……」

 その手が離れて行く瞬間に、いかないでというような声が漏れたことに自分でも驚く。

 はしたないと顔を赤くすれば、コウが意地悪な顔をする。

 黙っていればまた触ってくれるんじゃないかと思ったのに、コウは私を見つめるだけだ。

 その視線だけでも熱く高ぶっていく体が嫌になる。これでは私が変態みたいじゃないかと、泣きたくなった。


「コウ、もう……どうにかしてくれ。苦しい」

「ちゃんと言えたら、どうにかしてやる。言えよ」

 じっとコウは待っている。

 いつも私が知ってるコウとは少し違う顔。

 獰猛でギラギラとした目と、野生の獣を思わせる雰囲気。こういう時のコウは意地悪だ。


「コウが好き、だ。だから……もっと触れてくれ」

 大きな手をとって、自分の体に導きながら口にする。

 言った側から羞恥心が襲ってきて、なんてことを言ってるんだと消えたくなった。

 でもコウは嬉しそうに笑って、よくできましたと言うように私の後頭部に手を添え、口付けをしてくる。


 唇を舐められ食まれ。

 体を触られていたときよりも満たされるのを感じる。

 なのに、くらくらとしてきたところで、思いっきり舌を噛まれた。


「ん、痛っ!」

 舌から血が出たのか、血の味がする。

 自分の味はそれほど美味しくなかった。


「なんで、コウ……?」

 優しく舐め上げられていたところへのこの仕打ちに、思わず涙目になって問いかける。

 離れたコウの顔は怒っていた。

 先ほど機嫌を直してくれたと思ったのに。


「なぁ、なんで唇から俺以外の血の味がするんだ?」

 そう言えば唇に里中の血を塗られたことを思い出す。

 嗜虐的な光が、コウの瞳に宿っていた。


「それは……里中に無理やり血を飲まされて」

「無理やり、ね? どうせ途中から自分でねだったんだろ。シュカは浮気性だからな」

 血をもっとと思ったことは事実だ。

 責めるような言葉とともに、指先を食まれた。

 歯を立てられて痛みが滲む。

 ねっとりと舌で血をすくわれて、また再度歯を立てられた。

 血を出せというように舌が指に絡んできて、吸われる。


「コウ……痛い。鬼でもないのに、血を吸ってどうするんだ」

「《贄人》は半分鬼みたいなものだ。だから鬼と同じで、血の味が分かる。まぁ鬼と違って栄養になるわけじゃないがな。ただ、鬼を取り込めばだんだんと鬼に近づいていく」

 ちゅぷと水音を立ててコウが私の指から口を離す。


「それはアオが先生を食べて鬼になったように、私の血を飲み続ければいずれコウも鬼になるということか?」

「そうだ。血を飲んでシュカを余すところなく食べ尽くせば、いずれは同じになる。つまりシュカにとって俺は餌で、俺にとってもシュカは餌ってことだ」


 首筋に歯を立てられた。

 でもコウは鬼じゃないから、その牙が私の皮膚を貫通することはない。

 つーっと舌がすべっていって、鎖骨を腕をそしてまた指先をかじられた。

 コウが私をベッドの方へと押し倒して、見下ろしてくる。


「シュカ、俺の全部をお前にやる。だから俺も――もう、お前を食べていいよな?」

 我慢できないと金の瞳で見つめられて、囁かれる。

 疑問系だったけれど、駄目だと言わせるつもりはなさそうだった。

 雄を感じさせる色香がコウからは放たれていて、私が食べられる側なんだと意識させられる。

 

 答える前にいただきますとばかりに、唇に噛み付くような口付けが降ってきて。

 その日私は、コウに食べられてしまった。

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