第22話 黒鬼と赤目の鬼

 あれから二週間が経って。

 境界の揺らぎを感知して現場に行けば、その日現れたのは普通の金の目の鬼だった。

 一体の壮年そうねんの鬼と、二体の子供の鬼。

 それと《贄人にえびと》が一人で、いずれも赤鬼だった。

 鬼たちは見るからにボロボロで疲弊しきっている。

 どうにかして境界を乗り越えてきたといったところだろうか。


「へぇ、紅目の鬼以外が境界を超えてくるのは久々だな。悪い事は言わないから、《贄人》を置いて向こう側に帰れ。大人しく帰れば深追いはしない」

 コウが刀を突きつけて宣告すれば、壮年の鬼が私を見た。


「攻撃の意志はない。我らは、向こうから逃げてきた」

「逃げるとはどういうことだ」

 敵意はないと手を上げて示した鬼を見て、コウが尋ねる。

 すでに術符じゅつふを構えて、戦闘態勢に入っていたカズマに止めるようコウが促す。


「この世界にも押し寄せてきてるだろう。黒鬼の操り人形……紅目の鬼どもが。我らは紅目の鬼から逃げてきたんだ」

 赤鬼はコウの質問に答えながら、私に訴えるような目を向ける。

 コウの主が私だということを見抜いているんだろう。


「あいつらはお前らと同じ鬼なんだろう? なんで逃げてくる必要がある」

「あれらは……我らと違う。黒鬼に意志を奪われた操り人形だ」

 首を傾げれば、ぐっと赤鬼が唇を噛む。

 何か辛い事でも思い出しているのか、悲痛な顔をしていた。


「黒鬼ってどういうことです。鬼に黒色はいなかったはずでは? それに鬼は色が混ざるほど弱くなるはずだ。もし黒鬼がいたとして同族を操れる力があるなんてこと、ありえるんですか」

 カズマの問いに鬼は答えず、私から視線を外さない。

 こちらに歩いてきたかと思えば、鬼は頭を下げてきた。


「同じ赤でありながら、人につく同族よ。頼む、我らをかくまってはもらえないか。あちらの世界はもう駄目だ。多くの者が黒鬼の配下に下った。我らはああなりたくない。例え人に媚びへつらう事になっても」

 攻撃してくるつもりかと身構えていたのに、そう来るとは思ってなくて戸惑う。

 どうすればいいかわからなくてコウを見れば、戸惑ったようすで頭をかいていた。


「カズマ、お前はどう思う」

「……貴重な情報源だとは思います」

 カズマの言うことを予想はしてたのか、コウはだよなと口にした。


 目の前の赤鬼は私たちに取引を持ちかけている。

 情報提供の代わりに、保護をしろ。

 つまりはそういう事なんだろう。


「お前たちを捕縛し、総隊長の下へ連れて行く。抵抗しなければ、乱暴なことはしないと誓おう」

 コウが刀を納めて目線で指示をだせば、カズマが捕縛用の手錠で鬼たちを捕えた。



◆◇◆


 私が今まで見てきた境界を越えてやってくる鬼は、みんな紅目だった。

 境界を越えてくる鬼で、金色の目をした……普通の鬼に出会うのは初めてだ。


 三体の鬼は大人しい。見た目は四十代の男と十歳くらいの少年、そしてもう一体は《贄人(にえびと)》の腕の中に抱かれている幼子だ。

 どちらも眉がしっかりとしていて凛々しい顔立ちをしており、血のつながりを思わせる。


「そこの二体の鬼はお前の子供なのか?」

「そうだ。そしてこっちのが我の妻だ」

 質問すれば四十代に見える鬼が答えて、妻と言われた女の《贄人》が頭を下げる。

 

「境界の向こう側から来る鬼は、もっと好戦的なのかと思っていた」

 鬼は人を手当たりしだい食い散らかし、人を嬲(なぶ)る。

 アオやコウの話から、そんな生き物だと思い込んでいたけれど。

 この鬼は子供の鬼や、妻だという《贄人》を気遣っているように見えた。


 よくよく考えたら、元々鬼だった私や緑、紫たちも内面はほとんど人間と変わらない。

 この鬼もそうなんだと、いまさらに気付く。


「ほとんどの鬼は好戦的だろう。人は餌であり、我らと同格ではない家畜だと思っているからな。それに何より、我らは戦うことが好きだ」

 淡々と鬼は答えながら、私に探るような目を向けてくる。


「お前は向こう側ではなく、こちらで生まれた鬼か?」

「いや生まれは向こうらしいが、育ちはここだ」

 質問に答えれば、そうかと鬼は納得したような顔をした。


「戦うのが好きなら、何で逃げてきたんだ?」

「我は他の同族と違い、刹那せつなに生きたいとは思わない。ただ、穏やかに愛しいものと生活を営みたいだけだ」

 さらに問えば、赤鬼は気遣うような視線を《贄人》に送る。《贄人》は信頼と甘やかさの宿る視線を赤鬼へと返した。

 この《贄人》の女性は無理やり従わされているわけではなく、自分の意志で彼の側にいるようだ。


「コウ、この鬼のようなケースはよくあるのか?」

「まぁ……稀に。番隊の紺野こんのも妻にした《贄人》が元の世界に帰りたがるから、こっちの世界で生活してるしな」

 尋ねればコウがそんな事を言う。

 紺野というのは四十代の体格のいい紺色の鬼で、気のいいおじさんだ。そんな事情があるなんて知らなかった。

 


 本部に戻り、会議室で雪村を待つ。

 しばらくすれば雪村が、ピリピリと肌が焼け付くような気配をまとって現れた。

 鬼化した雪村はいつもの親しみやすい空気がない。

 少年のような見た目をしていても、力の強い鬼なのだとわかる。

 《役人》の長として、鬼に対して舐められないようにという事なんだろう。


「簡単な事情は聞いている。知ってることを話してもらおうか」

「その前に我らの保護を約束するのが先だ」

 重々しく口を開いた雪村に、赤鬼はそう告げた。

 

「鬼は全て排除すべき敵だ。ただ……その力を国を守るために使い、同族を排除し、命を差し出すのなら恩赦おんしゃが与えられる。もちろんお前だけじゃなく、鬼であるその息子たちも同じ扱いだ」

 難しい言葉遣いだったが、雪村が言いたいのは《役人》になれば助けてやるという事なんだろう。

 赤鬼はそれを理解したらしく、いくつか確認の質問をして後、それでいいと口にした。


「コウ、弐番隊に配属だ。面倒を見てやれ。子供の方は教育を施し、大人になってから弐番隊に配属する」

「わかった」

 雪村は引き連れていた二人の部下の内一人に、書類等の用意をするよう命令し、また赤鬼に向き直った。


「紅目の鬼についての情報を話してもらおうか」

 次はそちらが条件を飲む番だというように雪村が口にすれば、鬼が話し始める。


 黒という色の鬼は、本来存在しない。

 元々鬼は、赤と青と黄色の三色だった。

 それ以外の鬼は、それらが混ざって出来た色の鬼だと言われている。


 色が混ざると鬼の体内でそれぞれの力が邪魔しあい、弱体化するらしい。

 混ざれば混ざるほど色は黒に近づいていくので、本来黒ずんだ色の鬼ほど弱いということのようだ。

 

「自分と同族でない色の鬼の《贄人》に子を産ますと、子に色が混ざり弱くなる。あまりよくないことだが、鬼は快楽主義者が多いからな。よくあることだ。だが混ざるのはせいぜい二色で、色の混ざる弱い鬼は淘汰(とうた)され、そもそも生き残れない。だからその鬼がさらに誰かに子を生ませることはなく、黒鬼は生まれない」

 これがいままでの常識だったと、赤鬼は口にする。

 

 黒鬼を生み出すとすれば多大な時間がかかるし、利点は何一つない。

 色が混ざった鬼は弱いから、力が全ての鬼の世界では淘汰(とうた)されてしまう。

 だから黒鬼は存在しない――はずだった。


「黒鬼が存在しているとわかったのは半年前だ。今までそいつは、人上がりの鬼で髪を黒く染めている変わり種だと皆思いこんでいた。やたらと強く、色んな奴に戦いを挑む鬼で――自分が勝った暁(あかつき)には自分の血を吸うよう要求してくる、ド変態だった」


 赤鬼は眉を寄せて嫌悪感を露にする。

 鬼が血を相手に分け与えるのは信頼、もしくは服従の証。

 勝者が負けたものの血を吸い、上下関係を明らかにすることはあっても、その逆は普通ないらしい。

 ましてや自分から血を吸ってほしいなど、誇り高い鬼からすればありえないことのようだった。


「そいつは色んな鬼に勝ち、血を与える裏で……力の強い鬼はんだ。殺し合いはいいが、相手の鬼の肉を食らうのは禁忌中の禁忌だ。そうやって奴は、自分の中に複数の鬼の力を溜め込んでいた。しかも本来打ち消しあうはずの力を、確実に自分のものにしていたんだ」

 噂によれば、千年以上も黒鬼はそんなことをしているらしい――そう赤鬼は口にした。


 鬼は不老不死で、何もなければ永遠を生きる。

 ただし彼らは戦いを好むため短命で、千年以上も生きつづける鬼は稀らしい。

 強い奴にほど挑みたくなる習性があり、強い奴は下から狙われ続ける。同じ色の鬼だろうとそれは変わりなく、常に上は入れ替わるものだとのことだ。


「その鬼は一年ほど前に本性を現した。自分は存在しないはずの黒鬼であり、全ての鬼の支配者になると宣言した。そして、強い力を持つ鬼を紅目へと変え――自分の配下に置いたんだ」


 黒鬼は、自分の血を飲んだ鬼を紅目へと変え、自分の意のままに操れるらしい。

 鬼が《贄人》に行なうような、強制的な支配。


 しかも黒鬼が最初に紅目にした鬼が、赤・青・黄鬼の長だったらしく。

 鬼の世界は――混乱を極めたらしい。


 鬼は基本的に同じ色で集まり、村をつくって生活する。

 一番強い鬼が長になり、彼のすることが絶対だ。

 長たちは自分の血族を襲い、その血を飲ませ。

 周りを紅目の鬼へと変えて行ったのだという。


「ちょっと待て! 黒鬼に紅目の鬼にされた者の血を飲んでも、紅目の鬼になるのか!?」

「そうだ。我の息子の一人も紅目の鬼にその血を飲まされていたようで――紅目の鬼になった」

 取り乱したコウに、赤鬼が苦しそうに頷く。

 

「紅目の鬼との交戦が多かったのはいち番隊と番隊だ。トワ、コウ、カズマ。あいつらの血を飲んでないよな!?」

 雪村が焦ったように確認してくる。シュカではなく私をトワと呼んだあたり、雪村も赤鬼がもたらした情報に混乱しているようだ。

 全員が紅目の鬼の血を飲んでないと確認すると、ほっとしたように息をついた。


「紅目の鬼たちは、私たちに血を飲まそうとしてはこなかったぞ」

「シュカ、おそらくそれはその前に切り刻んでいたからだと思います」

 私の言葉にカズマが答える。


 常に私とコウ、カズマは三人セットで行動するのだけれど。

 まるで以心伝心しているような息のあった戦いで、紅目の鬼たちをねじ伏せてきた。

 反撃の隙なんて与えなかったし、私たちに血を飲ますなんてそれこそ無理なことだった。


「急いで紅目の鬼の血を飲んだものがいないか調べろ!」

「はい!」

 雪村の指示で、横に控えていた部下が大慌てで会議室を出て行く。

「俺も弐番隊の連中に確認してきます。カズマ、後で話の内容を報告しろ」

「わかりました」

 コウもカズマにその場を任せて部屋を去った。


「千年以上前から鬼たちに黒鬼は自分の血を与え続けてきたんだろう? そしてこれまで紅目の鬼はいなかった。例えその血を飲んでも、潜伏期間があるということか? それとも紅目になる奴とならない奴がいるのか?」

「おそらくは前者だ。今紅目になっていなくても、黒鬼が念じるだけで簡単に紅目になる」

 雪村の質問に淡々と赤鬼が答える。


「……紅目になった鬼を元に戻す方法は」

「今の所ないな。そんなものを知っていたら、息子を自分の手で殺さずに済んだし、こんなところへ来てはいない」

 ぐっと赤鬼が悔しそうに唇を噛み締める。


「……」

 答えはなんとなく分かっていたんだろう。

 雪村は黙り込んで難しい顔をしていた。

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