第18話 再会と監視と

「散々待たせたんだから、僕達をちょっとは楽しませてよね?」

 そう言って、緑の髪の子が笑って刀を構える。

 勝負は相手を気絶させるか、参ったと言わせるまで。

 鬼や《退鬼士たいきし》が訓練するための大きな部屋の舞台には、私と緑の子だけがいた。


 結界が張られて向こう側に観客席があり。

 そこには紫の子とコウ、それと《役人》のトップである雪村と、番隊の副隊長である蘇芳すおう、もう一人知らない奴が立会人としてそこにいた。


「まだ名乗ってなかったな。私はシュカだ。よろしく頼む」

「僕は緑。僕に勝てたときはよろしくしてあげる」

 名乗れば緑はそんな事を言って笑う。


「緑……それは名前なのか?」

「緑鬼の子だから緑。名前なんて最初からないよ? 僕達は、鬼から助け出された《贄人》のお腹から生まれてきた鬼の子だから。紫は僕の双子の弟だよ。父親の鬼が違うから色が違うんだ」

 尋ねれば緑はそう説明する。

 何度も誰かに聞かれてきたことなのか、さらさらと澱みなかった。


 試合開始が言い渡されて、緑が待ってましたとばかりに私に切りかかってくる。

 それを避けて、次の一撃を刀で受け止めて流した。


 コウの言う通り、なんとなく体の使い方がわかる。

 それに刀を使ったことはなかったけれど、振るい方も術の使い方も。

 やろうと思えばできる気が最初からしていた。

 とりあえずは様子見と、緑の攻撃を避けたり受け止めたりすることを続ける。


「防戦一方だけど、大丈夫? こんなんで僕に勝てるのかな?」

 緑は余裕の笑みを見せる。

 別に手が出せないわけじゃなくて、出してないだけなのだけれど、それが緑にはわからないらしい。


 剣撃の最中に手を振りかざして、緑が電撃の術を仕掛けてくる。

 なんとなく相殺できるような気がして、手を翳しその術と同量の力をぶつけてみれば、それは成功した。

「なっ!」

 緑が驚いた声を出して、一瞬動きが止まった。

 その瞬間を見逃さずに、緑の刀を振り払う。

 それから刃先を首に突きつければ、私の勝利が言い渡された。


「なんでなんでどうして! 僕はまだ本気を出してないのに!」

 そんなの油断した奴の言い訳にすぎない。

 そもそも本気を出してないのは私も同じで、準備運動にさえなってなかった。

 正直コイツはコウやアオの足元にも及ばない。

 それでいて、おそらくは《贄人》のカズマより弱いなと、そんな事を思う。


 緑の言い分は認められず、続いて紫が私の前に立った。

「ちょっとはやるね。じゃあ、ぼく頑張ろうかなっと!」

 紫はいきなり早い攻撃を繰り出してくる。

 途切れない攻撃は、避けるより受け止めた方がいい。


 次は術が使えるか、試してみようか。

 そう思って、思い描いた術を頭の中で固める。

「《九重(ここのえ)》」

 紫の攻撃を流し懐に飛びこみ。

 その手首に触れて唱える。


「っ!」

 まるで手が急に重みをましたかのように、紫は刀を持っていた右手の拳を床につけた。

 その刀を足で踏みつけ、不恰好に床に膝をつく紫の首筋に刀を押し当てる。

 あっけない勝利だった。


「これならコウから血を貰うまでもなかったな」

 思わず呟く。

 不完全燃焼というか、血を貰ったことによる高ぶりが、行き場をなくしているかのようだった。


 大体、こんなに簡単に勝てるなら、私はあんな恥ずかしい思いをしなくてすんだんじゃないか。

 やつあたり気味の感情を持て余して苛立っていたら、立ち上がった紫がいきなり切りかかってきた。


 その頭には紫の角。

 紫は《鬼化》していた。

 ゆらりと揺らめくようなオーラと、先ほどまでとは違う存在感。

 私に向けられた敵意に、こうでなくてはと思う。


「僕も一緒にやっていいよね? ルールとか面倒だし、殺しちゃお?」

 いつの間にか《鬼化》した緑もいて、紫と一緒になって私に敵意を向けていた。


 観客席にいる奴らは、二人の暴走を止める気がないようだ。

 私の力量を測るのにさっきの戦いじゃ不十分だと思ってるんだろう。

 まぁそれもいい。


「――まとめて相手をしてやる」

 そう言って、刀を構える。

 負ける気は少しもしなくて。

 自分が笑っていることに、私は気づいていなかった。



◆◇◆


「シュカ先輩ったら本当鬼が悪いなぁ。隊長の主なら主って言ってくれないと。僕たちに最初から勝ち目なかったじゃないですか」

「ぼくたち最初から踊らされてた気分です」

 緑と紫が口々に文句を言う。


 あの後私は、《鬼化》した緑と紫をこれでもかというほどに負かした。

 しかも私自身は《鬼化》することなく、しかも二人を傷つけることなく。

 鬼同士の戦いだと、腕をもいでも足をもいでもルール違反にはならない。なぜならわりとすぐくっつくし、生えるからだ。

 心臓を狙ったり、首を飛ばしたりする以外は何でもありだったりする。


 傷つけず何度も敗北させたことで、緑と紫の自尊心はずたずたに傷ついたらしい。

 その後コウが、実は私がコウの主の鬼だと言えば、詐欺だのなんだのわめいたあげくに泣かれてしまった。

 しかし後日会えば、ふたりはこの通り従順になっていて。

 私のことを敬って先輩と呼ぶようになっていた。


「ところで弐(に)番隊は何人いるんだ? 昨日から副隊長以外に、緑と紫しか姿を見てないんだが」

「他は皆出払ってるんだよ。あと鬼が四体と、《贄人》が一人かな」

 尋ねれば緑が教えてくれる。


「《贄人》もいるんだな」

「まぁね」

 鬼ばかりかと思ったら、《贄人》もいるらしい。

 嫌そうな顔で、緑が頷いた。


「たださ、そいつには気をつけた方がいいよ? 同じ隊でも普通に術符仕掛けてきたり、食べ物に毒しこんでくるからね。一緒に組んだ日には、どさくさにまぎれて殺そうとしてくるから」

「あーあ、あいつそろそろ壱(いち)番隊から帰ってくる頃だよね。いっそ壱番隊にずっといてくれてもいいのに。欲を言えば殺せたらいいんだけど、強いしねー」

 その《贄人》はどうやら現在、弐番隊から壱番隊に借り出されているらしい。

 自分たちが私を殺そうとしたことなど棚に上げて、緑に紫が相槌を打って頷きあう。


「それはきっとお前達の日頃の行いが悪いからだと思うぞ」

 当然として導き出された結論を口にすれば、二人がそんなことはないと抗議してきた。


「ぼくたちはあいつを虐めてないよ。むしろいつもぼくたちが虐められてる。あいつ鬼嫌いなんだよ」

「じゃあ何故弐(に)番隊にいるんだ。鬼だらけだろう」

 紫の言葉に疑問を抱いて尋ねれば、緑が口を開く。

「一番出動回数が多くて、強い鬼を相手にできるから配属希望したんだってさ。元々は壱番隊だったんだけどね、そいつ。相当鬼を恨んでるみたい」

 なるほどなとそんな事を思って、緑がくれたお茶菓子を口にする。

 甘くて美味しい。


「シュカ、監視役の奴が到着したぞ」

 部屋の扉を開ける音と、少し固いコウの声。

 振り返れば、そこに制服を着た男が二人立っていた。


 一人は昨日緑と紫と戦ったとき、観戦していた見知らぬ男。

 黒に染められた髪に、細い目。

 どこか狐を思わせる笑みを浮かべているけれど、薄ら寒いというか……這いずるような得体の知れなさと敵意を感じる。

 何となくいけ好かないと、そんなことを思う。


 重なるようにその後ろに立っていた男が、狐男の横に並ぶ。

 能面のような無表情。

 冷たい氷のような視線が私に向けられていた。


「……カズマ?」

 それは私のよく知る、仲のよかったカズマだった。

 コウの探偵事務所であんなにも一緒に過ごしてきたのに。

 私を見る瞳には、親しさの欠片もない。


「気安く話しかけないでくれますか」

 私の存在自体を拒絶する言葉に、わかってはいても心が痛んだ。

 そんな私の顔を見て、クスリと狐男が笑う。


「はじめましてになるのかな、トワさん。あなたが生きていたなんて驚きです」

 丁寧な口調に隠しきれない悪意。

 じっとりと背中に汗が滲む。

 こいつは鬼ではなく《贄人》ではあるけれど、油断をしていい相手じゃないと勘が告げていた。


「あなたに何度も切り刻まれたこと、今でも覚えているんですよ? 記憶がないからと言って、許せないくらいには」

 私の喉元にそいつの手が伸びる。

 身を引こうとした時、コウの刀がそいつの首に当てられた。


「これは何のマネですか、コウ」

「こいつを殺すのは、いつだって俺だけだ」

 コウが睨めば、そいつはフンと鼻を鳴らして手を引いた。


「コウ、私はあなたの事も信頼してはいないのですよ。あなたはトワの直属の《贄人》だ。トドメはあなたが刺した。なのにトワが生きているという事は、最初からトワとグルだったのではないですか?」

「グルだったなら、あんなに痛めつけられる必要ねーだろ。見てなかったとは言わせねーぞ」

 狐男とコウの冷ややかな言葉の応酬に、部屋の温度が下がっていくような気がした。


「……まぁ確かに、あなたの悲痛な叫び声は、演技というにはあまりにも情けなかったですからね」

「ほっとけクソが」

 なにやら納得した様子で狐男に、コウが口汚く悪態を付く。

 会話から察するに、狐男も過去の私をよく知る人物なんだろう。

 仲がよかった気は全くしないけれど。


「あなたとコウの監視には彼、速見(はやみ)カズマをつけます。同じ弐番隊ですし、都合もいいことでしょう……知り合いでもあるようですしね」

 薄っすらと狐男は笑って言って。

 カズマを残して去って行ってしまった。


「……」

 カズマは無言だ。

 沈黙が辛くてコウを見れば、困ったように溜息を吐いた。


「さっきの狐……壱番隊の隊長が言ったように、カズマがシュカの監視役になった。これからは四六時中、一緒に行動してもらう」

 やっぱりそういうことらしい。

 バツが悪そうな顔をコウはしていた。


「カズマ」

「話しかけないでください」

「なら何と呼んだらいい」

「呼ばなければいいでしょう」

 まともに話し合ってくれる気もないらしい。

 私の机の隣が丁度カズマの席らしく、そこに座って書類を開き始める。


 まずい……何だか泣きそうだ。

 思った以上に、カズマの冷たい態度は堪える。

 記憶喪失の私にカズマは優しくしてくれて、色んなことを教えてくれて。友人だと勝手に思っていた。


 こみ上げてくるものを押さえながら、顔を隠すため適当な本を開く。

 《役人》の心得や、鬼について。

 勉強するべきことがいっぱいあるからと、課題を与えられていた。

 でも、涙で滲んでしまって文字は読むことすらできない。


「泣いたからって、態度は変えませんよ」

 カズマがこっちを見ずに淡々と告げる。


「……なら、どうしたらまた仲良くしてくれる? カズマとこのままは……嫌だ」

「あなたが鬼である限り、無理です」

「好きで鬼なわけじゃない」

 言えばカズマは黙り込んで、無視を決め込んでしまった。

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