第16話 弐番隊
「そういえば、挨拶がまだだったな。私は《
立ち上がって雪村が手を差し出してくる。
「シュカだ」
「ふむ、相変わらず麗しいな」
手を握ればそれを撫でられて、ぞぞっとする。
「おい雪村。シュカが怯えてるだろ」
「別にお前のというわけでもあるまいに。女はタイプじゃなくても口説くの礼儀だろう」
雪村の言葉に、コウが目を見開く。
「なんだ、もしかして未だにトワが女だと気付いてなかったのか」
コウの反応に、逆に雪村が驚いた顔をした。
「未だにって……雪村は知ってたのか」
「当然だろう。付き合いはお前より長いし、男の姿をしていても
「確認って……お前、トワの裸を見たのか!」
「別に見たわけじゃない。胸は
さらりととんでもないことを雪村は言う。
「触ったって……まさか、トワに手を出したんじゃ」
「おいおい殺気立つな。ちょっとした好奇心だろう。私は大人が好みだ。子供に手を出す趣味はない。第一そんなことをしたらアオに殺される」
疑うような顔つきになったコウに、ありえないというように雪村は手を振った。
「自分が子供の癖に何を言ってやがる」
「そんなの見た目だけだ。私はコウよりもずっと年上なんだぞ。皆して私に対する敬意が足りなさ過ぎる。偉いんだからもっと敬うべきだろう!」
コウが悪態を付けば、そんな事を言って雪村は不満げな顔をする。
物凄く子供っぽいその態度に、なるほどこれだから敬われてないんだなと何となく察した。
ジト目で見ていたら、こほんと雪村が咳払いして私に向き直る。
「お喋りはこれくらいにしてだ。簡単に契約の説明をしてやろう」
気を取り直すかのようにキリッとした面立ちになり、雪村は喉元にしていた細い布を解いて、首の部分を見せてきた。
そこには陶器で出来たような光沢を放つ、黒い首輪がある。
「《役人》になればトワ……シュカには、国から首輪が与えられる。ここに星があるのが見えると思うんだが、普通の《贄人》の首輪には星がない。星が多いほど力が等級が高く強いということになる。星三つは大抵鬼に対して与えられるな」
説明する雪村の首輪には、星が三つ刻まれている。
つまりは鬼だからという事なんだろう。
「等級とはなんだ」
「つまりは危険度だな。首輪は力の強さの証であり、それでいて制御装置だ」
私の質問に答えて、雪村は皮肉っぽく笑う。
首輪には場所をいつでも特定できる機能と、いざという時に体の自由を奪う機能がついているらしい。
アオが《役人》を犬と呼んだ意味を、ようやく理解する。
今思えば、カズマはいつも首元を隠すような服を着ていた。
もしかしたらあの下には首輪があったのかもしれない。
「……雪村は、《役人》のトップなんだよな? どうしてそんな首輪なんて受け入れているんだ」
「人間は弱いからな。強い力を持ったものが、首輪も付けずに放置されているといつ寝首をかかれるか不安でしかたないらしい。だから、手綱を持たせてやっている」
疑問を口にすれば、雪村は口元だけで笑って見せる。
けれど、その目の奥は全然笑ってはいなかった。
「もう一つ質問していいか」
「なんなりと聞くがいい」
「雪村は鬼だよな。鬼が《役人》のトップなのか? コウの話からして、雪村も先生の元にいた《贄人》なんだろう? なのにどうして、鬼になっている?」
気になっていたことを尋ねれば、もっともな質問だと雪村は頷いた。
「私は他の仲間と違って、先生の血を飲まされて《贄人》になったわけじゃない。鬼に血を気に入られて子供のまま《贄人》になった。先生が主の鬼を殺してくれて、解放してくれたんだ」
先生が自らの血や私の血を与えて、仲間に加えた《贄人》は全て成人男子。
雪村だけが仲間の中で、子供の体のようだった。
「鬼から私を解放してくれた先生を、私は慕っていた。トワは自分より見た目が年下な私に世話をよく焼き、アオも一緒になって兄貴風を吹かしていたものだ」
懐かしむように雪村が表情を緩める。
つまり雪村は、過去の私の弟分だったということなんだろう。
「……私はな。アオが先生を食って鬼になった際に、その一部を隠れて食したんだ」
少しの間を開けて、雪村が呟く。
アオが手にしたのは先生の首から上。
雪村はその体を捜して、心臓を食べたらしい。
目の前の雪村には、アオのような狂気はない。
悲しげにぽつりと雪村は言葉を零して、力なく笑った。
「なんでそんなことを」
「……アオだけに罪を背負わせるのが嫌だった。後は
何にせよ、マトモな精神状態じゃなかった。
そう雪村は告げて、その話を切り上げた。
「《役人》になれば二人とも首輪をつけてもらう。シュカは星三つ、コウは星二つだ。部屋はこちらで用意するし、寝食は保障しよう。それとおそらくは二人の監視役としてさらにもう一人付くことになる」
それでいいかと雪村に尋ねられて、コウはわかったと頷いた。
◆◇◆
書類にサインさせられて後、雪村が部屋に部下を呼んだ。
「何か用ですか。大した用じゃなければ、雪村総隊長を切り捨てたいくらいには忙しいのですが」
銀縁の眼鏡の奥には、金色の冴え冴えとした瞳。
艶やかな赤い髪は、七三に分けられ几帳面そうなイメージを受ける。
歳は大体二十歳かそのあたりで、総隊長と呼ぶわりに雪村への敬意は一切見られない。
……なんだろう、この男。変な感じがする。
コウと出会った時も、こんな感覚があったなと思い出す。
妙に血が騒ぐというか、まるで引き合うような。
「コウ、もしかしてこいつも私の《贄人》なのか」
「
小さな声で尋ねればコウが答えて、私を後ろに隠した。
「私の一存で新しい者を二人雇った。お前のところに配属になるからよろしく頼む。契約は交わしたから首輪と制服の支給を頼んだぞ」
「あなたは正気ですか。
雪村が部屋の奥へと、文句を並べる蘇芳を案内する。
コウを見た瞬間に、蘇芳は言葉を呑んで固まった。
「コウ、コウじゃないか!」
先ほどまでの冷たい仏頂面が嘘のように、蘇芳の顔がぱぁっと明るく輝く。
「《役人》なんてもう嫌だと言っていたのに! 考えなおしてくれたんですね!」
「まぁな。久しぶり」
少し気圧された様子でコウがそう言えば、蘇芳はよかったよかったと、嬉しそうに繰り返す。
「実はもう一人いるんだ。そいつと一緒にお前の世話になる」
「コウの紹介なら何の問題もありません。コウがバイトではなく《役人》として戻ってきてくれる上、人材を紹介してくれるなんて……願い以上に得をしました」
無愛想だった人物と同一の人かと疑うほどニコニコしながら、蘇芳が告げる。
コウは言葉通り、かなり大歓迎されているらしい。
「もちろん隊長として戻ってきてくれるんですよね?」
「長年席を空けといていきなり隊長とか、全員が混乱するだろ。それに隊長とか元々柄じゃない」
《役人》をしていたコウだけれど、以前は弐番隊の隊長をしていたようだ。
「何を言ってるんですか。コウが戻るのを皆待っていたんですよ? 他の隊長が来ても根性がなくて続きませんでしたし。破天荒でどうしようもないあなたでしたけれど、あのメンバーをまとめられるのはコウしかいないんです。私一人では到底荷が重いんですよ!」
切実に蘇芳が訴えてくる。
「雪村、コウが隊長で問題はないですよね?」
「いやそれは……さすがに総副隊長と
もはや上司であるはずの雪村を呼び捨てて、蘇芳が口にする。
その迫力に雪村が押され気味だ。
「文句なんて好きなように言わせておけばいいんです。いいですね、雪村」
「いや……それを決めるのは私で」
「あの狐と狸のご機嫌伺いはどうでもいいんですよ。年長者のいう事が聞けないんですか、雪村」
どうやら蘇芳の方が雪村よりも古い《贄人》らしい。
妙な迫力をかもし出す蘇芳にうっと息を飲んで、私は知らないぞといいながら雪村は許可を出した。
「それで、コウの紹介というのはその子ですか?」
コウの後ろに隠れている私に、蘇芳が目を向けてくる。
希望が通って嬉しいのか、ウキウキとした様子だったのに、私がゆっくりコウの後ろから出ると顔色が変わる。
まるで幽霊でも見たように顔を引きつらせて、私を指差す。
「……え? え? いや、まさか……そんな」
「俺の新しい相棒のシュカだ。俺と一緒によろしく頼む」
コウが私を押し出せば。
「嘘……でしょう?」
蘇芳の瞳が、眼鏡がずり落ちそうなほどに見開かれた。
◆◇◆
「事情はわかりました。弐番隊でコウもシュカもお引き受けしましょう」
一通り説明し終えれば、蘇芳はそう言ってくれた。
蘇芳も雪村と同じく、私やコウの味方らしい。
「しかし、トワが帰ってきたとなると、壱番隊が何かしかけてきそうですね。嫌味とか、嫌がらせとか、嫌がらせとか。胃がすでに痛いです」
嫌がらせと蘇芳は二回言った。
壱番隊には相当嫌な奴がいるのかもしれない。
とりあえず気をつけようと心に刻む。
「お前が嫌なら、コウとシュカを参番隊に」
「いえお引き受けします。どれだけ弐番隊が曲者ぞろいで、人手不足だと思ってるんですか」
雪村に対して、きっぱりと蘇芳は告げる。
「それではこれからよろしくお願いしますね、コウ。それとシュカ」
名前を呼ばれてよろしくお願いしますと頭を下げれば、蘇芳は任せてくださいと請け負ってくれた。
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