第2章

第15話 国の飼い犬

 結局、私はコウの所に戻ることにした。

 青鬼であるアオは《眷属けんぞく》が多く、鬼に無理やり《贄人にえびと》にされ、人に迫害されてきた者たちの頭をしていて、忙しそうで。

 ただでさえ忙しいのに、私やコウのことで手間取らせるのも悪いなと思ったからだ。

 

 仕事をしていないかと思ったら、アオは以外と動いていて。

 人と衝突して行き場をなくした《贄人》の面倒や、揉め事の処理に日々追われてるみたいだった。

 なのにそこに、毎日のようにコウとの戦闘が入っていては、アオの負担が増えるばかりだ。

 どちらも負けを絶対に認めないため、二人の勝負は未だに決着が付かなかった。


「まぁすぐにオレのところに戻りたいって言い出すだろうけどな」

 アオがそう言って、アジトの鍵を渡してくる。

「ゲームはコウの家のボロテレビに対応してないからな。やりたければいつでも勝手に入ってやっていい。朝から昼の間なら、家で寝てることが多い」

「ありがとうアオ」

 面倒くさそうな気だるげな動作だったけれど、つまりは時々会いにこいということなんだろう。

 鍵をしっかりと受け取る。


「シュカがお前のところに戻ることはねぇよ」 

「どうだかな。トワが鬼だって、知り合いの《役人》にばれてるんだろ。今までのように行くと思ってるのか?」

 コウの言葉に、アオが痛いところを付いてくる。


 今まで一緒に過ごしてきて、仲のよかったカズマに私は鬼だとばれてしまっていた。

 忘れていたわけじゃないけれど、憎むような眼差しを思い出して心が沈む。


「……それに関しては考えがあるし、あいつも事情を話せばわかってくれるはずだ」

 苦みが混じる低い声で、コウが呟く。


「当ててやろうか。お前はトワを《役人》として登録するつもりだ。鬼でありながら人間に味方する《退鬼士》として登録すれば、《役人》がトワを狩ることはないし、保護の対象にもなる」

 アオは馬鹿にしたような口調でそう言うと、ハッと鼻で笑った。

 コウは黙って何も言い返したりはしなかったけれど、耐えるような顔をしている。


「《役人》の上層部には、先生の元で学んでトワと行動してた《贄人》が多い。トワは恨まれてるんだ。危険だと殺される可能性をお前は考えないのか」


「それは俺がさせない。あの日トワをあんな風に追い詰めたことを後悔してる奴らだっているんだ。少なくとも今の一番上は……そういう奴だ」


 現在役人の頂点に立つ男は、コウの古い知り合いらしい。

 だからどうにかできるという勝算が多少あるようだった。


「どうだかな。国がオレたちにしたことをお前は忘れたのか。国を護っていたオレたちを迫害して、先生を悪者にして殺して。トワを追い詰めて一度殺したのも元はと言えばそいつらだ」

「んなの……わかってんだよ。でも、人じゃない俺たちが人に紛れて生きてくにはそうするしかねぇだろ」


 淡々と言うアオに、コウは苦しそうに返す。

 本当は納得していないのだということがありありとわかった。


「誇りまで捨てて、国の犬になるくらいなら死んだ方がマシだ」

「お前は……そういうやつだよな。真っ直ぐでブレない」

 きっぱりと言い放ったアオに対して、コウは溜息と共に呟く。

 その言葉は呆れているようにも聞こえたけれど、どこかうらやましく思うような雰囲気があった。

 

「トワ、《役人》やコウに嫌気がさしたら、すぐにオレの元に戻ってこい。歓迎してやる」

 そう言って笑うアオは、私が《役人》になって嫌な思いをするだろうと思っているようだった。

 それでいて、すぐに自分の元へ帰ってくると考えている。

 だからこそコウの所へ私が行くのを許したんだろう。


「いいか、トワ。コウに変なことをされたら言霊を使え。力をこめて命じるだけでいい。主のお前が命じれば、血を分けた《贄人(にえびと)》であるコウはそれに逆らうことができない」

 そんな事を言いながら、アオは私が欲しがっていた携帯電話を手渡してくる。


「何か困ったことや新しくわかったことがあったら連絡してこい。肌身離さず持って、オレが電話したらすぐ出ろ」

「わかった」

「お前って、一見クールに見えて過保護だよな……」

 アオの言葉に素直に頷けば、側にいたコウがやや呆れたような顔をしていた。


「うるさい。あっちへ行け」

「はいはい。早くしろよ」

 アオが追い払うと、コウが少し離れたところへ移動する。

 それを確認してからアオは黒い札をくれた。

 この札を見せればお金がなくても買い物ができる、摩訶不思議な札らしい。


「好きなものを好きなだけ買っていいが、コウのためには使うな。その札を持ってることはコウには秘密にしておけ。渡すのも貸すのも禁止だ。わかったな?」

 念を押されて頷く。

 こんな札があれば、コウが散財するのは目に見えていた。

 アオはよくコウの事をわかっている。


「ありがとう、アオ」

 礼を言えば、それじゃあなとアオは去って行った。



◆◇◆


 家にすぐ帰るのかと思ったら、コウが向かった先は『びる』という高い塔が立ち並ぶ場所だった。

 その中でも一際立派な建物の中に、コウは入っていく。

 建物を護るように入り口の前には二対の獅子ししの像があって、それらから妙な気配を感じる。

 コウモリのキキと似た気配。おそらくはこれもただの像ではなく、《式》の類なんだろう。


 肌にピリピリとした感覚。

 拒絶されているような空気に、鬼を避ける結界か何かが張られているのかもしれないと思う。

 立ち止まればコウが私に帽子を被せてくる。

 そこで待っていろと指示をすると、誰かに電話をかけはじめた。


 しばらくして『びる』から現れたのは、青い髪の少年。見た目だけで言えば私より年下の十三歳くらいに見える。

 きっちりと礼服を着こなし、髪を全て後ろに撫で付けている。子供が無理やり背伸びして、大人の真似事をしていると言った雰囲気だ。

 堅苦しい服装に対して金色の瞳はやけに人懐っこく、コウを見ると気さくに手を上げた。


「久しぶりだな、コウ。それで用はなんだ? 金なら貸さないぞ? 体でっていうなら考えてやらないでもないが?」

 茶化すようにそう言って少年は笑う。

 一目見てわかった。

 こいつは《贄人》ではなく、鬼だ。

 髪色からしても青鬼なんだろう。


「開口一番それか。お前にちょっと相談と頼みごとがあって来た。《役人》志望のやつがいるのと、そいつと一緒に俺も《役人》に戻りたい」

「本当か! よいぞよいぞ! お前が私の元に来るのなら、何でも条件を飲んでやろうではないか。好待遇を約束しよう!」

 コウの言葉に、少年は食いつく。

 見た目にそぐわぬ古風な変わった言葉遣いをする少年は、上機嫌にバシバシとコウの背中を叩いた。


「その言葉、嘘はないな」

「なんだ疑り深いな。コウが私の元にくるなら、それくらいは当然だろう。他の仲間は頭が固くてな。一言目にも二言目にも仕事しろだの、黙ってろだの。一番偉いのは私だというのに。私を理解して受け入れてくれるのはお前だけだ!」

 大げさに嘆いて、少年はコウにすがり付こうとしたけれど、コウはさっとそれを避けた。

 気のせいだろうか、この少年からも変人の香りがする。


「なんだ久々だというのに、冷たいではないか」

「お前はいちいち大げさなんだよ。こっちのが俺の新しい相棒のシュカだ。細かい条件は後でつけるとして、こいつと常にペアで《役人》として雇ってほしい」

 不満そうに頬を膨らませる少年に対して、コウは私を紹介する。

 明るかった少年の表情が、一瞬にして変わる。

 すっと細められた瞳が、私を値踏みするような色を帯びていた。


「そいつ……鬼か。どこで知り合った」

 底冷えするような声で少年が口にする。

 先ほどまでの明るさが立ち消え、放たれた殺気にぞくりと背筋が泡立った。


「それは後で話す。とりあえず、部屋に案内してくれないか」

 私の帽子をぐっとコウが押さえて、少年に言う。

 長い沈黙の後、少年は話を聞こうと言って、『びる』の中へ私達を招き入れてくれた。



◆◇◆


「それでそっちの鬼は何だ、コウ。私の気のせいかもしれないが……物凄くよく知る気配を感じるんだが」

 戸惑いと苛立ちが感じられる声で、少年がそんな事を言う。

 コウは少年と向かい合って長椅子に座ると、隣に腰を下ろした私の帽子を取った。


「……これはどういうことか、もちろん説明してくれるな?」

 私の顔を見てやっぱりというように少年が呟く。

 その瞳には複雑な感情が見て取れた。


「こいつはシュカだ。一年前記憶喪失になっているところを、俺が拾った」

「記憶喪失? これは、どう見たってこれはトワだろう」

 馬鹿にしてるのかというように、攻撃的にも思える態度で少年が口にする。


「……そうだ。俺たちに裏切られて死んだと思ってたトワは、生きてた」

「――っ!」

 少年がコウの言葉に、息を飲む。

 ぐっと拳を握り締めて、唇を噛んでいた。


「生きてた? どうやってだ? 何故今頃……」

「シゲンが裏で関わってた。トワがどういうつもりだったのか知らないが、あの言葉の通り、蘇って俺たちを殺すつもりでいたのかもしれない」

 呆然と呟く少年に、コウが淡々と告げる。

 苦しそうに目を細めて、今にも泣きそうな顔で少年は私を見つめていた。


「そんな顔するな、雪村ゆきむら。トワの記憶は、シゲンが全部消した。だからここにいるのは、狂う前のトワだ。俺たちのことすら覚えちゃいない」

 雪村というのが少年の名前らしい。

 アオやコウと同じで、どうやら雪村も私をよく知る人物みたいだとやりとりを見て思う。


「頼む、雪村。トワと俺を《役人》にして、護って欲しい。俺は新しいコイツに、前のような世界を見せたくはないんだ。同じ事は繰り返したくない。お前なら、わかってくれるだろ?」

 頭を下げたコウに、雪村は顔を歪める。黙って私を見つめ、葛藤しているかのようだった。


「トワが鬼だと聞いても、私はそれがどうしたと思っていた。その強さで仲間を護ってくれていたのは紛れもなくトワだったからな。私だってあの日に戻れるなら、仲間を……トワを止めたかった」

 ゆっくりと胸の奥の澱みを吐き出すように、雪村が口にする。

 私に語りかけているようで独り言のようなそれは、懺悔の響きを帯びていた。


「未だにあの日を夢に見る。あいつらがおかしな行動をしてるのには気付いていたのに、どうして私は……あいつらの中にトワを一人にしたのかとな」

「それをいうなら俺も同じだ」

 悔しそうな雪村に、コウが同意する。


 私が仲間から裏切られたあの日。

 側に仕えていたコウは、別の用事で引き離されていた。

 特に私と仲がよかった雪村を含める数人の《贄人》たちも、さりげなく私から遠ざけられていたらしい。


「なら……」

「あれから長い年月が経って、国はトワの存在を覚えてはいても顔までは知らない。人間は寿命が短いからな。だが、同じ《役人》の中には、トワを覚えている奴らがいる」

 顔を上げたコウに、雪村は強い口調でそう告げる。


「トワの存在に危機感を覚えて、国は私たち《贄人》を《役人》として生かすことを決めた。そこにいるシュカがトワではないと主張しても、お前が側にいれば全員がシュカをトワだと思う。最大の敵を、内側に入れるようなものだ」

 そこまで言い切って、雪村は立ち上がった。

 

「……やっぱり駄目か」

「いや? 最大の敵をこっちの手の内で管理できると考えれば、それは《役人》にとって有利な事となる」

 暗い顔をしたコウに対して、雪村は不敵な笑みを浮かべる。


「《特異災害Sランク》の鬼の可能性があるということで、トワをこちらの監視下に置こう。コウはその管理、監視役の《役人》に任命する。もちろんある程度の行動の制限と《首輪》は付けさせてもらうが、できうる限りの自由を保証しよう」

 それでどうだと雪村がいい、コウは少し考え込むような顔になった。

 自分で頼んだものの、それでよかったのか考えている……そんな様子だ。


「不安がるなコウ。この私がトワに不利なことをすると思っているのか」

「それは……思ってないが」

 そんな顔をされるのは心外だと言うように雪村が呟けば、コウが弱々しくもそう答える。


「なら信じろ。私に出来うる限りの事をして、お前達を守ってやる。味方はゼロというわけじゃないし、権力とは使うためにあるからな」

 偉そうにそう言って、雪村は少年らしからぬ老獪ろうかいした笑みを浮かべた。

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