第13話 どっちを選ぶ?
アオのアジトはいくつもあって。
拷問部屋があるこのアジトは、この間まで私とアオが住んでいたアジトとはまた別だった。
風呂を上がって用意された服に着替える。
自分の仲間である《
綺麗好きのアオは、汚い格好をした奴を自分の部屋に入れたくないらしい。
コウも私も身奇麗になったところで、拷問部屋からマトモな部屋へと案内された。
普段アオが使っているアジトより、小さな部屋。
それでも清潔感溢れる内装で、新築といった感じの匂いがした。
ワインを入れてアオはくつろぎ、コウには日本酒の瓶を一本まるごと放りなげていた。
コウはこのお酒が好きなのか、いいの持ってるじゃねーかと少しご機嫌だ。
アオはコウの事が嫌いと言っていたのに、酒の好みはちゃんとわかっているようだ。
それでいて、コウと違ってケチくさくない。
お金がいっぱいあるからなんだろう。
一方で、アオが私に投げて寄越したのはオレンジジュースのパックだった。
……子ども扱いされているような気がする。
険悪な雰囲気にまたなるんじゃないかとヒヤヒヤしたけれど、そんなことにはならなかった。
コウが私を拾った経緯を説明し、今までの私の身元に関する調査の情報をアオに開示する。
アオはそれを聞いて、私に話した黄鬼の話をコウにした。
「オレがお前らと別れてる間、トワに《記憶操作》をかけられるほど親しくなった黄鬼の《贄人》、もしくは鬼がいたか?」
「いや、いないな」
アオの問いに、コウが即答した。
黄鬼は人の記憶を操作できるから、自分の《贄人》にも記憶操作を行なって従順にさせる傾向があるらしい。血を貰うときも人を殺さず、騒ぎにならない程度にしか飲んだりしない者が多いようだ。
鬼にしては騒ぎを起こさず穏健派なため、そもそも黄鬼の《贄人》自体が珍しいとコウが口にする。
「そうか。じゃあ、あの日トワを裏切って鬼だという情報を流したのは誰だ」
「……知ってたら俺がとっくに殺してる。でもまぁ、それに関しては心あたりがなくはないんだ」
ワインを飲みながら次の質問をしてくるアオに、コウはそう言って。
真っ直ぐ正面に座るアオへと、目を向けた。
「時々セイランさんに会いに来る、刺青だらけの《贄人》がいただろう。直前にあいつが、シュカに接触してきたんだ」
「シゲンさんがか?」
コウの言葉に、アオが訝しげな顔つきになった。
「セイランとシゲンというのは誰だ?」
「セイランは先生の名前だ。シゲンさんは先生の旧友で、古い《贄人》。時々先生に会いに来ていた。先生が心を許している相手だったし、トワが鬼だという事を知っていた可能性は十分にある」
私の質問に、アオが考え込むような顔になる。
「……シゲンさんは髪を黒く染めていたから、どの鬼の《贄人》なのかはわからない。でも、もしシゲンさんが黄鬼の《贄人》なら、トワに《記憶操作》をかけることができたかも知れないな」
呟きながらアオは、頭の中を整理しているように見えた。
「私と仲がよかったのか」
「妙にトワはシゲンさんに懐いていたんだ。時々しかシゲンさんはやってこないのに、いつも待ち遠しそうにしていた」
尋ねればアオは面白くなさそうな顔をする。
シゲンに対して、あまりよい感情を抱いていないみたいだ。
「正直、俺もあの男は苦手だった。側にいるだけで威圧感があったしな。平然と側にいるシュカがありえないと思った」
「射殺すように睨まれても、平気で喋りかけてたなトワは。背中によじ登ったりもしてたし。正直トワがいつシゲンさんの機嫌を損ねて殺されないかと心配だった。あげくの果てにしぃとあだ名呼びだ。トワの心臓には毛が生えてるんじゃないかと、本気で思った」
コウの言葉に、アオが同意して言う。
二人とも似たような印象をシゲンに対して持っているようだった。
それでいて、微妙に自分が
シゲンという男は三十代くらいの貫禄のある男らしい。
筋肉の鎧を着たような体には刺青。口数は少なく、それでいて常に隙がない。
纏うオーラは常人のそれじゃなくて、歴戦の
「ただ、あの人が何のためにってところはあるな。仮にシゲンさんがトワが鬼だという情報を流したとして、何の得がある。何を考えているかはわからない人だったが、先生とは友人だったし、トワをおそらくは気に入っていたはずだ」
「そこなんだよな」
その疑問はコウも持っていたらしく、アオの言葉に溜息を吐く。
「収穫はシゲンさんの存在くらいか。とりあえずはオレのコミュニティーを使って、シゲンさんの情報を集めてみることにする。今日のところはこれでお開きだ。さっさと帰れ、コウ」
「言われなくても」
厄介払いをするように言ったアオに、コウが立ち上がる。
二人が向かい合って話し合いをする横顔を、私はずっと小さな椅子に座って見ていた。
コウが帰るぞと行って、私の腕を引く。
頷いて立ち上がる前に、反対側の腕をアオに掴まれていた。
「シュカを離せ、アオ」
「なんでオレがトワを離さなくちゃいけないんだ? トワがいるのはオレの側だと決まってる」
低い声を出したコウに対して、アオが当然のことだというように言い放つ。
「こいつは最初に俺のところへ転がりこんで来たんだ。だから連れて帰る」
ぐっと腕をコウに引かれて抱き寄せられた。
でも、次の瞬間にはアオの腕の中に攫われる。
「馬鹿が。ただの《贄人》であるお前と一緒にいるより、鬼であるオレの側の方が安全だろうが。というか、男であるお前と妹を二人っきりにするわけがないだろ。トワが女だといつから気づいてた」
「……何を言ってる、シュカは」
鋭い視線を向けたアオに、コウが一瞬動揺した。
「お前はオレに対して、黙れシスコン野郎って言ったよな。トワが男でオレの弟だと思ってるなら、ブラコン野郎って言うのが正解だったんじゃないか?」
「……」
しすこん、ぶらこんなどという言葉の意味はよくわからなかった。
けれど、しまったという顔をして、コウは黙り込んでいる。
「トワはオレの妹だ。妹を兄が保護するのは当然だろ。妹に好意を持ってる男の家に渡すほど、オレは愚かな兄じゃない」
アオの指摘に、コウは真っ赤になって口をぱくぱくとさせた。
「それで、いつから気付いてたんだコウ。トワに好意を抱いて、男に恋したのかと葛藤してるのを見るのは面白かったんだがな」
「……俺が惚れているのは前提なのかよ」
コウはチッと舌打ちを一つして、アオを睨む。
「わかりやすかったからな。いつかは殺すなんていいながら、トワを見る目が男のそれだった。お前の気持ちは、仲間のほとんどが知ってたと思うぞ?」
ニヤニヤするアオに対して、コウはかなり悔しそうだ。
目の前で繰り広げられる話からすると、コウが記憶喪失前の私に好意を抱いていたかのように聞こえるんだが……気のせいだろうか。
憮然とした表情のコウが、私の方を向いた。
目が合えば、眉を寄せてふいっと顔をそらされてしまう。
「顔まで真っ赤だな、コウ。本当お前はわかりやすい。まぁ、トワはオレのモノだけどな」
誰にも渡す気はないと言いながら、アオが面白そうにくくっと喉を鳴らした。
◆◇◆
コウは私と出会った時には、もうすでに女だとわかっていて事務所に招き入れたらしい。
記憶喪失になる前の私……『トワ』は、珍しい鬼の女であり、だからこそ先生は男しかいない《退鬼士》の集団の中に私を隠した。
男として振舞いながら生きてきた私を、コウは何のためらいもなく男だと信じて疑ってなかったらしい。
しかし、先生が《退鬼士》の処遇改善のために、国に直談判しに行く直前。
私が女であることを、コウに暴露したようだった。
「あいつをこれからも護ってやってほしいって、そう言われたんだ。だから、そのつもりだって答えた」
「先生がそんな事を……」
コウの言葉にアオが顔を曇らせる。
まるで、先生は最初から死ぬことをわかっていたかのようだ。
私が思ったように、アオもそう思ったんだろう。
「あとアオに伝言を頼まれた」
「どうしてそれを早く言わない!」
淡々とコウが言えば、その胸倉をアオが掴む。
アオは先生を心から尊敬していて、未だにその死に囚われている。
感情的になったアオを、コウは冷静に見つめていた。
「私に何があっても誰も恨むな。それがお前への伝言だ。そんなの無理だろ。大切な者が殺されたら、誰だって憎いに決まってる。復讐は残された者の権利だ。だから、伝言は断った。言いたきゃちゃんと自分の口で言えってな」
「くそっ……」
アオは大きく舌打ちして、コウから手を離した。
「……どうして先生を止めなかった。何で行かせた」
「俺がどうこう言ったって、あの人はやることを決めてた。止められないのはお前だって気付いてただろ」
コウを責めるアオの声は苦しそうで。
やりきれない怒りを必死に押し殺しているみたいだった。
それに対してコウは、淡々と受け答えをする。
しばらくアオはコウを睨みつけていたけれど、近くにあった椅子を蹴飛ばした。
「……もう寝る。行くぞトワ」
「ちょっと待て。何当然のようにトワを連れて行こうとしてる」
アオが私の手を引いてきて、今度はそれをコウが止める。
何だか……キリがないような気がした。
「これはオレの妹で、オレの花嫁になる女だ。何の問題がある」
アオが妙な事を言い出した。
それに対して、コウが何を言ってるんだこいつはという顔をする。
「はぁ? ついに頭でも沸いたか。兄妹で結婚でもする気かよ」
「別に血は繋がってないから問題ない。オレのものだとマーキングすれば、オレより下位の鬼がトワに近づくことはないし、処女ではなくなるから余計に狙われにくくなる。その方が護りやすいし、それに――」
戸惑うコウの前でそう言って、アオが私を抱き寄せる。
背中にアオの体温。
お腹のあたりに手を添えられて、見上げればアオは楽しそうに笑っていた。
「トワとオレの子なら、強い鬼が生まれる。先生を殺した奴らを、この世界ごと消し去るには――ちょうどいいだろ?」
殺伐とした家族計画を、睦言のように囁いてアオが私の耳を食んだ。
「んっ」
ぬるりとした舌の感触に思わず顔をしかめれば。
次の瞬間には、アオの顔があった場所にコウの拳があった。
髪がその風圧で、ふわりと浮く。
「復讐するのは勝手だが、シュカを巻き込むな!」
「お前がそれを言えた義理か、コウ? トワにおんぶにだっこで、結局護ることさえできなかった癖に」
皮肉ったようにアオが言えば、コウの拳がさらに叩きつけられる。
それをアオはひょいと避けた。
「一度トワを護れなかったお前に、渡す気はないんだよ。この馬鹿が」
冷ややかにそう言って、アオがコウの腹に蹴りを入れる。
「……くっ!」
しかしそれをコウはお腹に力を加えることで耐えた。
「やっぱり頑丈だな、お前。たかが《贄人》の癖に」
「人を捨てた割には大したことないな、アオ。攻撃が軽すぎるんじゃないのか」
少し感心したような呆れたような様子のアオに、コウが挑発するかのように笑う。
それを見たアオの目に浮かんだのは、好戦的で狂気が滲むような色。
コウへと刀を投げて、べランダへと繋がる部屋の窓を開ける。
「勝った方がトワを預かる。鬼化はしないでおいてやるよ。役人がかぎつけても面倒だしな」
アオの言葉に、後悔するなよというようにコウが笑う。
悪ガキがこれから盛大に喧嘩をしようとしてる時のような、そんな雰囲気が二人にはあった。
「ちょっと待て、私の意志はどうなる!?」
至極全うな事を言えば、アオとコウが振り返る。
「そうだな、一応聞いといてやる。お前はどっちと一緒に行動したい?」
アオが面倒くさそうに聞いてくる。
その態度からしても、あまり私の意志を尊重する気はなさそうだ。
「そんなのコウに決まって」
「コウの家だと、クーラーもアイスも、毎日のケーキもないからな? それともうすぐお前が欲しがってた、ゲーム機も届く。携帯電話もだ」
私の言葉を遮るように、アオが誘惑をしてくる。
どれも欲しいと言ってもコウが買ってくれなかった品々だ。
「ちょっと待てシュカ! お前そんなもので釣られたりしないよな!?」
「オレと一緒なら、制限なしで街も歩ける。護ってやるし、生活の面でも不自由はさせない。万年金欠のコウよりもずっと過ごし易いと思うがな」
慌てるコウに対して、余裕のある態度でアオが言う。
「別にオレの家に住もうと、コウには会わせてやる。面倒だが一応お前の《贄人》だしな。この甲斐性なしと一緒に苦労する必要はどこにもない」
「金がなくても……血ならたんまりある。これからは好きなだけ吸わせてやるから、戻ってこいシュカ!」
「吸わせるも何も、《贄人》であるお前の全てはトワのモノだ。そんな取引自体が論外だろ」
「うるさい、黙ってろアオ」
必死なコウを、アオが鼻で笑う。
噛み付くようなコウに対して、アオは自分の勝利を確信しているかのようだった。
万年金欠でずぼらで自称探偵のコウと、お金持ちで綺麗好きでイケメンのアオ。
一般的な目線言うと、アオの方が圧勝だ。
でも私の中には、コウと過ごした楽しい時間があった。
だからコウを選ぶつもりでいたのだけれど。
「トワ」
さっきまで自信満々のような口ぶりだった癖に、私の名前を呼ぶアオの声は寂しげで。
私は一瞬、
昔一緒に過ごしていた兄妹だと言われても、記憶はない。
私からすれば出会ったばかりの男だ。
けれど私はどうしてか、アオを放っておけない。
一匹狼で孤高な雰囲気がある癖に、そんな顔をするなんてズルイと思う。
一緒にいるとヒヤヒヤすることも多いけれど、アオは私を甘やかしてくれていて。
常に気だるげで、破滅的な雰囲気を持っている男なのに――存外私を大切に想ってくれている。
必要とされている――それに気付いてしまった。
「私は……」
悩むような素振りを見せれば、アオがまたベランダへと向かい、コウがこれみよがしに溜息を吐く。
「……別にいい。自分でその権利を勝ち取ってくるから」
コウは少し傷ついたような顔。
そう言って、アオの後を追って行ってしまった。
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