第11話 犬猿の仲

「アオ。この部屋はなんだ」

 連れて行かれた地下室は、防音なのか音がこもった。

 四方を囲まれた圧迫感のある空間には、物騒なことに使われるとわかる器具たちが点在しており、壁にはあちらこちらに赤茶の染みがある。


「鬼や《贄人にえびと》を隔離しておく部屋だ。色々聞き出したいことがあるときよくに使う」

 壁から垂れる鎖に手際よくコウを固定しながら、なんてことのないようにアオが答える。


 壁には鞭や刃物。

 ちらりと横を見れば、内側に棘が付いた実寸大の人型の入れ物。

 どうみても拷問部屋だ。


「バケツに水を汲んでこい。コウの目を覚まさせてやる」

「話し合いならもっと穏便にやるべきだ。それにコウは怪我してるんだぞ。昔の仲間なのに、この扱いは酷すぎるだろ!」


 あんまりなコウの扱いに抗議すると、アオははっと鼻で笑った。


「昔からオレたちは仲が悪いんだ。コイツとは意見も性格も合わないしな」


 アオは神経質なところがあるし、大雑把なコウとは正反対に思えた。

 何となく、あまり合わなさそうだとは思っていたけれど、それは昔からのことらしい。


「けど、コウも私の話なら聞いてくれるかもしれないだろ! 薬箱はどこにあるんだ」

「そんなものはない。手当てするつもりなのか? 《贄人》なんだから傷なんてすぐに治るし、たいしたことないだろ」

 憤る私に、呆れてアオが言う。


 壁に繋がれたコウを見上げる。

 あちこち傷だらけだったけれど、目立って大きな外傷はなく再生が始まっていた。

 《贄人》の回復能力は優れていて、深い傷だろうと、たとえ手足が欠損しようと死にはしない。頭と同体が切り離されたり、胸を深く抉られたりしなければ大抵再生する。

 だからこそ自分で死ぬことができなくて、《贄人》は鬼を恨むのだと……私は以前カズマから聞いて知っていた。


 ちなみに鬼も《贄人》と似た回復能力を持っているが、その能力は人の血に依存している。

 純粋な回復能力だけで言えば、《贄人》の方が高いのだと、これも前にカズマから聞いていた。

 

 コウは傷よりも疲労の方が問題なんだろう。

 全く起きる気配がなかった。

 首元にふれる。

 以前私がつけた牙の跡はそこにはない。

 連鎖的にアオに噛まれたことを思い出し、自分の首を触る。

 血は止まっているものの、噛み跡がまだ残っていた。


「なぁアオ。これどうやって自分で治すんだ?」

「牙で付けられた傷は、他の傷と違って治癒するのにかなり時間がかかる。舐めて治すしかない」


 血を吸うための器官である牙でつけた傷は塞がりにくい。そういう特徴があるらしかった。


 確かに傷をつけたのにすぐ塞がってしまっては血が吸えないからなぁと、妙に納得する。

 同時に鬼や《贄人》の唾液には傷を塞ぐ力があり、血を吸ったあとは舐めて血を止めるのが礼儀だとアオは教えてくれた。


 舌を自分の首元に伸ばそうとしたが無理だった。

 なので首に唾液をすくいとってつけてみる。治る気配はない。

「唾液を解して舌で力を送りこまなきゃ駄目だ。届かないところは自分以外の誰かに治してもらうしかない」

「……なんであのときすぐに治さなかったんだ。治すのが礼儀なんだろ」

 私はその辺に椅子を出して座っていたアオに詰め寄った。


「コウの気配が近くにあったから、見せたらどんな反応をするかと思ってな」

 アオはコウを煽るのが目的だったようだ。

 楽しそうにくっくっと喉を鳴らす。

 これはアオが上機嫌のときに見せる仕草だった。かなり性格がひん曲がっている。


「うわっ」

 椅子に座ったまま、アオが私の腰を引き寄せてきた。

 バランスを崩せば、向かい合ってアオの膝に乗せられる形になる。


「何をするんだ」

 こんな体勢、子どもみたいだと恥ずかしくて逃げ出そうとすれば、がっちりとに腰に手を回されてしまった。


「そう睨むな。そのおかげで色々わかったんだからな」

 アオはまるで私を子ども扱いするような態度で、首筋を舐めてくる。

 どうやら噛み跡を消してくれるらしい。


「わかったって……なにがだ」

 くすぐったくて恥ずかしいのに、アオはなんてことのない態度だから、これが鬼にとって当たり前なのかと声をこらえる。


 アオの舐め方は丁寧で、焦らされているかのような感覚だ。

 ふっと鼻にかかった息をすれば、くすりとアオが笑った気がした。

 アオは首元にうずめていた顔をあげて、私を見つめてくる。


「コウがお前に再会したとき、トワに噛み跡があったってことはだ。お前をコウのところに置いていったのは、おそらく鬼だ。しかもコウとお前の関係を知っている。つまりは、過去のオレたちと近しい奴。だからコウは真っ先に思い浮かぶだろうオレを、犯人扱いしたんだ」


 アオが推測するに、私の記憶がないのもその鬼のせいだろうという事だった。

 《魅了》と近い術で、《記憶操作》という術があるらしい。

 普通は血を吸ったあと、獲物が混乱を起こさないよう使う術だとの事だ。

 前後の記憶を飛ばす程度の術なのだけれど、極めれば記憶を丸ごと忘れさせることも可能だとアオは言った。


「ただし、高度な《記憶操作》ができるのは、鬼の種族でも《魅了》や《幻術》系統に長けた黄鬼くらいだ。さすがのオレでもお前の記憶を全て消し去るのは無理だな」


 付け加えるようにアオは、鬼は種族によって得意分野が違うのだと教えてくれる。

 赤鬼は純粋な力や体力に長けており、その分細かな術を不得手としていて。

 アオの種族のである青鬼は、妖力の高さが特徴で攻撃系の術に長けるのだと言う。


「《記憶操作》をかけられる対象は《魅了》と同じ。赤鬼であるお前に《記憶操作》をかけられるとなると、心をかなり許している相手ってことになる。オレたちの過去の知り合いで、お前が心を許している黄鬼……ってところか」

「なるほど」

 アオの推理は、なかなかに筋が通っている気がした。


「そいつに会えば、私の記憶は戻るのか」

「そいつがかけた術を解いてくれれば、だがな」

 私の言葉にアオが同意する。


「ただ問題は……オレたちの知り合いに、黄鬼なんていなかったってことだけどな」

「えっ?」

 今の話の流れから、てっきりアオには思い当たる人物がいると思っていた。


「オレの知る限り、《退鬼士たいきし》の中で鬼は先生とお前だけだった。ただ、当時のオレは鬼じゃなくて、先生の《眷属》だったからな。仲間のなかに鬼が紛れていても気づけないと思う」


 《贄人》が鬼と《贄人》を見分けるのは難しい。前にアオはそう言っていた。


「もしくは、オレたちといたときは《贄人》だったが、そのあとに鬼になった可能性も捨てきれないな」


 アオはそう付け加え、私を解放して椅子から立ちあがった。


「オレたちの仲間の《退鬼士》で黄鬼の《贄人》は、ほとんどいない。《退鬼士》は先生の血を飲ませた青鬼の《贄人》とお前の血を飲ませた赤鬼の《贄人》が大多数だからだ。それに黄鬼は《幻術》や《記憶操作》を得意とする鬼だからな。黄鬼の《贄人》は術で周りの記憶を操作して、人に紛れて暮らしてる奴が多かった」


 赤鬼の《贄人》は感情で力が暴走しやすく怪力で、青鬼の《贄人》は妖力が強く、制御できないと周りに害を与える。

 他の色の《贄人》も似たりよったりで、人に紛れて暮らすのはそれなりに難しい。

 けれどアオによれば、黄鬼だけは別なのだという。


「黄鬼の《贄人》で《退鬼士》なのは、よっぽど鬼に恨みを持っている奴だ。そしてオレの知る限り、トワと親しい黄鬼の《贄人》はいなかった」


 つまり、誰が犯人なのかアオにも検討がつかないらしい。


「オレと別行動をしたときに仲良くなったのかもな。やっぱり、コウに聞くしかないか」

「乱暴は駄目だからな!」

「はぁ……面倒だな」


 間髪いれずに言えば、アオは気怠そうに返事をする。

 首を前に垂れて気を失っているコウの頬を、ぺちぺちと叩いた。


「おい起きろ、馬鹿コウ」

 ん、と身じろぎをしてコウがゆっくりと目を開けてアオを見た。

「……最悪な目覚めだな」

 嫌そうにコウは眉を寄せて、鎖によって壁に繋がれている部分を見た。

 それから視線を戻し、私と目があうと、あからさまに視線を逸らす。

 そのことに、胸が痛んだ。


「女王様ならまだしも、アオに繋がれるなら死んだほうがマシなんだが」

「減らず口叩けるなら元気だな。ところで聞きたいことがある」


「お前の話に聞く価値があるとでも?」

「繋がれたお前に拒否権があると思ってるのか?」


 淡々とコウとアオが会話をする。

 殺伐とした空気に、部屋の温度が低くなったような気さえした。


「二人とも落ち着いてくれ。コウ、頼む。アオの話を聞いてくれないか。私の記憶を奪って、コウの元に置いていったのはアオじゃないんだ。別のヤツなんだよ」

 必死になって訴えれば、コウが私と視線を合わせる。

 その瞳は何を考えてるかわからなかったけれど、ちゃんと私を見ていた。


「コウの血を吸ってしまって、自分が鬼だとわかって。私はカズマに切られそうになって逃げた。そこをアオが見つけてくれたんだ。アオとはそのとき初めて出会った」


「初めて……ね? 忘れてるふりをしてるだけじゃないのか」

 説明すれば、憮然とした表情でコウが口にする。


「なんでそうアオや私を疑うんだ!」

「逆に聞きたいのはこっちだ。なんでお前は昔から……アオをそんなに信頼しきってるんだ。こんなに胡散臭くて狂気染みたやつなのに、どうしていつも俺じゃなくてそいつを頼る」


 わからずやのコウに言えば、怒ったような低い声で口にする。

 

「……つまりは、ご主人を取られた嫉妬か。相変わらずだな駄犬」

「黙れシスコン野郎」

 呆れたようなアオに、噛み付くような視線をコウは送った。


「二人とも喧嘩はよせと言ってるだろう! 頼む二人とも。私には過去に何があったかわからないんだ。ちゃんと全部教えてほしい。知りたいんだ!」


 仲裁に入るように体を割り込ませて、二人に懇願する。

 アオは面倒くさそうに髪をかき、コウはバツが悪そうに視線を逸らした。


「……オレの方はこいつに大体の事情を話した。お前はどうする」

「シュカが望むなら……話す」

 長い沈黙の後、溜息交じりにアオが呟けば。

 小さくコウは頷いてくれた。

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