第5話 戻れない日常と、新たな出会い
「失踪人や家出人を調べましたが、シュカに該当するものはありませんでした。年齢からして中学生か高校生だと思ったので、周辺の学校も調査したのですがシュカを知っている人も見つからなかったです」
「そうか」
コウと出会って、三ヶ月くらい経ったある日。
カズマの報告聞きながら、コウは予想していたというように頷いていた。
「最近起こった鬼関連の事件も調べましたが、《
ちらりとカズマが視線を私に向ける。
「髪を染めて色を隠していたことや先輩の名刺を持っていたことを考えると、シュカは贄人に成り立てとは思えません。ですがその一方で言動が古臭く、物事を知らなすぎます」
「どちらにしろ、シュカはやっかいごとに巻きこまれた可能性が高いってことだよな」
カズマとコウは、難しい顔をしていて、それがよい話でないことは私にも理解できた。
二人は私が鬼に襲われて、《贄人》となった人間だと確信しているようだった。
「どうして、二人は私が《贄人》だと思うんだ?」
私には記憶もなにもないのに、どこで判断したんだろう。
疑問に思って、二人に
「その目と髪色だな。これが《贄人》の証みたいなものなんだよ」
コウが答えてくれる。
私の瞳は、コウと同じ金色だった。
「《贄人》は鬼と同じ金色の瞳を持っているんだ。髪は《贄人》にした鬼と同じ系統の色になる」
「それじゃあ、コウも《贄人》なのか?」
コウは真っ赤な髪に、金色の瞳をしていた。
「まぁな。俺は赤鬼の《贄人》で、主人である鬼は違うがカズマも《贄人》だ」
鬼は髪の色で区別され、赤鬼や青鬼と言った具合に呼ばれているらしい。
コウは赤い髪だから、赤鬼の《贄人》だということだ。
けれど、カズマを見ればその瞳も髪も、見慣れた黒い色をしていた。
「ボクは普段カラーコンタクトをして、髪も黒に染めてます。任務の時は邪魔なんで、コンタクトは外しますけどね。本当は先輩もそうした方がいいと思いますよ」
私の疑問に気づいたのか、カズマがそう言って自分の瞳を指差した。
「やだよ恐ろしい。目の中に何か入れるって発想がない」
カズマは目に何かを入れて、黒く染めているようだ。
勧められたコウは、ありえないというようにきっぱりと言う。
私もコウと同じ意見だった。
「コウが赤い髪で赤鬼なら、黒髪の私は――黒鬼の《贄人》ということか」
「いやたぶん、先輩と同じ赤鬼ですね。髪は根っこの方が赤いですし、ボクと同じで染めてるみたいです。それに黒鬼は存在しません」
推測は外れていたらしく、私の髪を触りながらカズマが答えてくれる。
「機関のデータベースを使って赤鬼の《贄人》や、《贄人》コミュニティーも当たってみたんですけど、誰もシュカを知る者はいませんでした。可能性があるとしたら、アンダーグラウンドの住民ですが、さすがにそこまで調べるのは無理でしたね」
話を元に戻して、役に立てなくてすいませんとカズマが私に謝ってくる。
「
「別に先輩のためじゃなくて、シュカのためです」
お礼を言ったコウに、つれない態度でカズマが答える。
カズマが私に向ける視線は優しかった。
「ボクとしては、記憶はないままでもいいと思います。特に《贄人》になったときの記憶なんて、ろくなものじゃありません。人間だったときの幸せな記憶も、あればいずれ苦しいものになる。知り合いも誰もかも、いつかはいなくなるんです。なら、最初からない方が楽ですよ」
冷たくも聞こえる言葉だったけれど、それがカズマなりの優しさなんだと私は理解できた。
その言葉には、実際に経験した者が持つ、苦しみや悲哀が混じっていたからだ。
「ボクや先輩なら、あなたと一緒に生きてゆけます。ですから、たとえ記憶がなくたってここにずっといてくれていいんですからね」
「カズマ……」
思わず目元が潤んだ私の頭を、ぽんぽんとカズマが撫でてくれた。
自分では大丈夫だと、平気だと思っていたけれど。
実は結構記憶がないという事態に、まいっていたのかもしれなかった。
「あのな、カズマ。それ家主である俺の台詞だから。いいとことるな」
形だけ所長っぽい椅子に座っていたコウが、ずかずかと歩いてきて。
カズマから私を奪って、自分の方を向かせた。
「もうシュカはうちの子だから。記憶が戻ろうと、戻るまいと。お前の家はここだ」
真っ直ぐ目を見つめて、きっぱりとコウが言ってくれる。
少し照れたような、それでいて必死さの混じる表情。
どこか私の答えに対して怯えているかのようで、それを隠すために強気な事を言っているように見えた。
ここに私がいてもいいというよりも、ここにいて欲しいほしいと思っていることが、コウの態度からは伝わってきて。
それが――何よりも嬉しかった。
「うん、ありがとう。コウ」
思わずコウに抱きつく。
「わかればいいんだ」
偉そうにそう言ったコウの頬は、ほっとしたように緩んでいて。
私はコウに拾われてよかったと心から思った。
その日以来、コウやカズマとの距離はぐっと縮まった。
もしかしたら私は、それまで無意識に遠慮をしていたのかもしれない。
ここにいてもいいんだと思ったら、気が楽になった。
三人でいる日常にも馴染んで。
簡単な依頼なら、コウは私を手伝わせてくれるようになってきて。
記憶に関する手がかりは一切なかったけれど、一般常識も少しずつ覚えてきていた。
そのうち学校というところにも、コウが通わせてくれると言っていて、それを楽しみにしていた。
このまま三人での日々が、続けばいいと思っていたのに。
私がそれをめちゃくちゃにしてしまった。
もう居心地のいいあの場所に、私は帰れない。
カズマは自分を《贄人》にした鬼を恨んでいる。
だから役人になって鬼を切る仕事についているのだと、私は教えて貰っていた。
コウの事情は知らないけれど、きっと似たようなものだと思う。
こんな化け物を――鬼を好いてくれる人間なんていない。
「っ……」
そう思うと、涙が溢れていた。
目元に手の平を載せて、
何もなかった最初と同じ。
ふりだしに戻っただけ。
そう言い聞かせるのに、心の中に大きな穴が開いた気がした。
あの時は、何もないから、怖いものもなかった。
同じ状況のに戻っただけのはずなのに、どうしてこんなに不安になるのだろう。
◆◇◆
どれくらい途方に暮れていただろうか。
明け方が近づいたころ、ビルの屋上の縁に座って足をぶらぶらとさせていたら。
いきなり気配もなく、誰かが私の首根っこを掴んで後ろに引っ張った。
「やっぱりな――なんでお前がここにいるんだ、トワ」
逆さまに映る顔。
背後には朝焼けの空。
嬉しそうな声で、男は
私から手を離すと、男は横に座ってきた。
二十代くらいの男は、さらさらとした青の髪に金の瞳をしていた。
特徴からして《贄人》なんだろう。
すっとした鼻筋に切れ長の目じりで、前にてれびで見たホストと呼ばれるやつに服装が似ていた。
やたらと整った顔立ちをしていたけれど、危険な香りがするというか、他人の血の匂いがする。
この男も《贄人》なんだよな?
それにしては気配が濃いというか、何かが違う気がした。
こいつには、あまり近づかない方がいい。
そう直感的に思う。
周りを破滅に導くような、退廃的な雰囲気が男にはあった。
けれど、私を見る目がとても優しいせいか――逃げ出そうとは思わなかった。
旧知の知り合いに再会したような親しみが、そこにある気がして落ち着かない。
だからと言って、今誰かと話したい気分でもなくて。
なので、無視することに決める。
こっちは今、盛大に落ち込んでいるのだ。
放って置いてくださいという空気が伝わるように、膝を抱えこんでそこに顔をうずめた。
「久々の兄との再会だっていうのに、無視はないだろ」
兄と言う言葉に、思わず男の方を向く。
「トワ、生きてたんだなお前」
男は心の底から嬉しそうだった。
その表情は子供のようで、思わず毒気を抜かれてしまう。
「生きてたって、どういうことだ?」
「それはこっちの台詞だ。お前は殺されたとばかり思っていた」
男が眉を寄せて、私に言う。
「殺された? 私が?」
「そうだ。死体はどれだけ捜しても見あたらなかったが、確実に死んだと思っていた。生きてるならどうして教えてくれなかった。お前の気配がして驚いて飛んできたんだぞ」
男は不機嫌そうに、でも愛おしそうに私の頬を撫でる。距離が近い。
その様子は私のことを本当に心配しているようにみえた。
「あと、角はしまった方がいい。お前の気配に気づいた《役人》共が、またやってくるとも限らないからな」
指先で男が私の角を撫でる。
くすぐったい感覚があるのが変な感じだった。
「またってどういうこと?」
「さっきもそこで会った。お前との再会を邪魔されたくなかったから、殺してきたけどな」
さらりと男は言う。
「久々の再会なんだ。つもる話はアジトでしよう。ほら立って角をしまえ」
男は私の体を持ち上げ、立たせる。
それから、私が角をしまうのを待っていてくれているようだった。
「どうした? 早く角をしまえ」
「角のしまい方、わからないんだ」
ぽつりと告げると、男は驚いて目を見開く。
「こんなの簡単にできることだろ? まぁいい、手伝ってやる」
男の頭に青い宝石のような角が現れる。男は《贄人》ではなく、私と同じ鬼だったようだ。
「いいか、力を抜いてオレの方に意識を合わせろ。そしたら血を介して、うまく操作してやるから」
男は自分の指を噛み切り、血を出した。
「ほら、早くお前もやれ。角、消さなきゃだろ?」
促されて、私も同じように指先から血を出す。
それから互いの指先を合わせた。
目を閉じて、男が言う通りに体の力を抜く。
ほんのりとした温かみが、指先から伝わり私の中を巡っていった。
「もういいぞ」
男に言われて頭を確認すると、角はもうなかった。
角がなくなったからといって、鬼でなくなったわけではないのに少しほっとする。
「さて行くか。オレも
面倒事はごめんだと男は言って、ビルから飛び降りる。
私も真似をして飛び降りたけれど、途中で男に腕をつかまれ、姫のように抱きかかえられた。
ふわりと風に包まれたように、音もなく男は地面に着地する。
「何をするんだ」
「それはこっちの台詞だ。お前、《
そんなこともわからないのかと、男は呆れた口調だった。
「とりあえず、このままいくぞ」
「いやいい、下ろせ!」
「黙ってないと、舌を噛むぞ」
こんな体勢恥ずかしい。
抵抗しようとしたのに、ぐっと力をこめられてそれもできなかった。
景色がどんどん流れていく。
私が街を飛び跳ねていたときよりも、数倍は早い。
そうして私は、見知らぬ男に連れ
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