083-船と家名とタコ
「ドレストレイル様、エトワンス様、船旅中のお世話をさせていただくソウハシメイです。よろしくおねがいします」
早朝に私達を港で出迎えてくれたのは、見慣れない女性でした。焦げ茶の長い髪を団子状にまとめ上げてそれを簪で止めている。凛とした顔立ちで少し細めの目をした彼女は使用人と言うより戦士のような感じに見えた。
ソウハシメイさんはガオゴウレンさんの侍従とよばれる人で、戦闘もこなす使用人のような身分らしいです。戦闘もこなす使用人と説明をされたが、ドレストレイル家の使用人は基本戦闘ができるのでよくわからなかった。アリッサに確認したら使用人は普通は戦闘しないとのことでした……。
アリッサは次元ポーチ、私は次元リュックを持っているため荷持を積み込む必要もなかった。私達はそのまま甲板から下に伸びる階段を下ったところにある船室に案内された。その際に魔法で重量バランスを調整しているので次元リュックに荷物が多く入っていても問題ないことも説明されました。
「お部屋はこちらをお使いください。何かありましたら私か船員に申し付けてください」
わかりましたと返事をして船室の扉を閉めた。
「結構広いね~」
アリッサが船室のベッドにポーチをポンと置いく、「私はこっちのベッドを使う」という無言のアピールだ。寮で同室だったときと同じ入って右側のベッドだった。
「そうですわね、私の定宿より少し広いぐらいですわ」
「家より大きな船だから部屋も広いみたいだね~」
荷物をおいて甲板に戻るとガオゴウレンさんがいろいろ指示を飛ばしている。どうやら出港が近いみたいだ。初めて国を出る不安な気持ちと、新しい場所へと行く楽しみな気持ちが入り混じりどちらも表面には現れずただボーッと渡り板が外され離岸していくのを見つめていた。
「遂に出港したな、クロービまでは2日ほどかかる。自由にくつろいでいてくれ」
ガオゴウレンさんは私達に声をかけると船の後方にある操舵室へと入っていった。
その日は何事もなく過ごした。魔法の影響なのか造船技術がすごいのかは分からないけど一切の揺れがなく船室の丸い窓から見える景色が海の青一色でなかったら船に乗っていることすら忘れてしまいそうだ。
ソウハシメイさんとは年も近くすぐに意気投合してお互いを名前で呼ぶようにしようという話になった。
「では、私の名前は長いから愛称のマルレと呼んでくださいね」
「私はそのままアリッサね~」
「では私もそのまま名前でお呼びください」
名前?私は思い返しても家名のソウハシメイしか聞いておらず名前を聞いた覚えがない……
「あの?家名はお伺いしましたがお名前はお聞きしていないと思うのですが?」
彼女は不思議そうな顔をした後にハッとして文化の違いで訂正できていなかった事実を話してくれた。
「私達クロービ人はレイグランド人と比べると名前が短いので皆様は常に私達をフルネームで呼んでいました」
えーと……どうやら彼女の名前は、家名がソウハシで個人名がメイだったらしい。
私のフルネームはマルレリンド・ドレストレイル……たしかに長い!クロービ人のフルネームと私の個人名の長さが同じ!
ということは……ガオゴウレンさんは?私がそう思うのとアリッサが質問したのは同時だった。
「え?じゃ~ガオゴウレンさんはどこまでが家名?」
「ガオゴウまでが家名でレンが個人名でございます」
「へ~全然知らなかった!どうしようマルレ呼び方変えたほうがいいのかな?」
「そうね、フルネームで呼ぶのも変ですし……。ご家族ともご一緒するかもしれませんので、家名で呼ぶとややこしくなりそうですし」
文化の違いがあるかもしれないのでメイさんに確認しておいたほうがいいかな?
「メイさんはどう思います?」
「そうですね……レンさんとお呼びすればよいのではないでしょうか?」
私達はこれからガオゴウレンさんのことをレンさんと呼ぶと決めたその時だった。
今まで一度も揺れたことのなかった船が大きく揺れた。
「八本足が出たぞ!総員戦闘態勢!」
私達は慌てて甲板に出る。
船にはグレーでうねうねしたものが張り付いていた。それはでかい吸盤がついた触手のような軟体動物の足だった。
「もしかしてクラーケンじゃないかしら?」
「マルレ!何を落ち着いているのよ!」
「でもクラーケンてイカだから10本足ではないかしら?」
「んあ?え?タコじゃなかったっけ?海賊映画のは頭丸かったよ?」
ミシミシと船が軋む音が聞こえる。船員さんが銛のような槍で何度も突き刺しているが触手は船を放す様子はない。
「うわわ!お姉ちゃんふざけてないで早くなんとかして!」
「そんなに怒らなくたっていいじゃない」
あたりの海をよく見ると触手が出ている方向に、海から少しだけでている頭部と思われるところがあった。頭の両横側には縦に黒い線の入った黄色い大きな目玉が見えた。
私は触手に飛び乗りその上を走って頭部まで渡り、まぶたの上に乗っかった。
「せーの!」
私は黄色い目玉に思い切り拳を振り下ろした。私の拳は目玉に肘まで突き刺さりそこから吹き出た紫の汁を全身に浴びてしまった……。
オオオオオォォォォオ!海の中から重低音が響く。
タコだかイカだかよくわからない生き物の頭を足場にして高く飛び上がり船へと戻った。絡んでいた触手は船を放すと海中へと消えていった。
「見て見て!アリッサ!ドッロドロよ!」
「あうわ!こっち来ないで汚い!」
抱きつくふりをしてからかったら思いきり拒否されちゃった。
これは汚物と認識して全身についた気味の悪い紫を清潔の祝福で浄化する。
「はい!お片付け終わり!」
「もう!みんな死ぬかもしれないと思ってるときに何ふざけてるのよ!」
すごい!化物を一撃だ!とか助けてくれてありがとう!とか称賛を受けるかと思ったんだけどアリッサのお説教が激しくてだれも近寄ってこれなかった。
そろそろ食事にしませんか?とメイさんが声をかけてくれてやっと開放されると思った私に「お姉ちゃんが混じりすぎてマルレがアホになっちゃったわ!」と酷い一言でトドメを刺していった。
ちょっぴり涙が出ました。
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