021-悪役の見本探し

 暖かくなり樹木の花は散り葉を付け始め、これから暑い季節がはじまるのを感じていた。


 ファーダもクラスに打ち解けている。騒ぎを起こした後には「「「妥当!」」」で締めくくる流れができていた。


 ラウンジでそんな集団を見ながら、私は隣りにいるのはアリッサにつぶやいた。


「なんか、納得できないわ」

「ファーダくん人気だね~」


 そうなのよね……。なぜかファーダは大人気で、いつの間にかドレストレイル家御用達のいじりまで浸透している。一体どうなってるのかしら?


「きっとマルレとのやり取りを見て、浸透しちゃったんだろうねアレ」

「我が家ではあんな感じだったから、ついやっちゃうのよね」

「ファーダくん人当たりが良いからね~」

「でも私といるときは、みんな集まってこないですわ! どういうことかしら?」

「自分から動かないからだと思うよ……」


 もしかして? 私の評判が悪いのかしら? 運命力で勝手に悪者に? そういえば見本となる悪い令嬢について聞くのを忘れてましたね……。


「アリッサ、この学園に取巻きをひき連れて、嫌がらせとかしそうな性格が悪い令嬢とかいる?」

「んー? 急に変なこと聞くね~」

「いないのですか?」

「今はいないけど、1年の頃は通り名がついてた人が二人いたよ」


 今はいない? もうすでに追放処分に? うらやましい!


「昔の話でもいいですわ。聞かせてくださる?」

「うん、べつにいいけど……」


 アリッサは入学して少したった頃の話を始めた。


 一人目は「トゲ牡丹ぼたん」という通り名だそうです。アークのそばにいた平民の生徒を集団で取り囲み、いびり倒した。挙げ句の果てには、花壇の中に突き飛ばし、泥だらけにした事があるらしい。


「ひどい人ね! 許せないわ!」

「そうね、ひどい人だね」

「それでその人はどうなったの?」

「トゲ牡丹ぼたんは、その直後に完膚なきまでにたたきのめされたよ」


 平民の生徒を気のどくに思った友人が、授業中の教室まで乗り込み、断罪したとのことだった。


「あれはかっこよかったな~」

「アリッサは、見ていたのですか?」

「もちろん! 今でもあのときのセリフを言えるよ」

「教えてください!」


 そう言うと、アリッサは頬を緩めなんだかうれしそうに語った。


「権力を振りかざすのは楽しそうですね! そうだ! 私もあなたで試してみようかしら? そうですね! そうしましょう! 私の友人と同じ平民の身分になっても、そのような態度を取れるか試してみましょう!」


「ん? なんか聞き覚えありますわね?」

「そりゃそうよ、マルレと私の話だもの」


 そういえばそんな事もあったような気が……。あれはちょうど一年ほど前だった。



 アリッサちゃんどうしたんだろ……。


 さきほどまで一緒にいた彼女が、授業に出てこない事を心配していた。彼女は授業をサボるような子じゃないから、なにかトラブルがあったと確信があった。「友人に何かあったようですので、探してまいりますわ!」教師に有無を言わさず教室を飛び出す。


 あたりを見回しながら廊下を走っていると、彼女を見つけた。窓から見下ろせる、中庭の花壇の前だった。大慌てで1階まで階段を駆け下り、中庭に出る。そこにはスカートが泥だらけになったアリッサが、あぜんと立ち尽くしていた。


 私は怒りと悔しさから来る手の震えをおさえる。アリッサの汚れたスカートを手でなぞり清潔の祝福で、きれいにした。


 泣きながら「ありがとう」と言ったアリッサの姿に我慢ができなくなり「誰がやったの!」と嫌がる彼女から無理やり聞き出した。私は授業中にもかかわらずアリッサを連れてトゲ牡丹ぼたんがいる教室へと乗り込んだ。


 アリッサを連れて現れた怒りに震える私を見て、逃げようとしたトゲ牡丹ぼたんを「お待ちなさい!」と一喝して止め、彼女が使った力と同じ[貴族としての地位]を使って攻撃する。


「権力を振りかざすのは楽しそうですね! そうだ! 私もあなたで試してみようかしら? そうですね! そうしましょう! 私の友人と同じ平民の身分になっても、そのような態度を取れるか試してみましょう!」


 みるみる顔色が悪くなり座り込むトゲ牡丹ぼたんは口をパクパクするだけで声も出ない様子だった。勝利を確信した私は周りにも牽制けんせいするのを忘れない。


「この方に加担した人がいるのは分かっていますよ……。楽しみにしておいてくださいね」


 そう言うとトゲ牡丹ぼたんは、その場で座り込んでしまった。私は、そんな彼女を放置してアリッサの手を引きながら自分の教室に戻った。



「今はっきり思い出しましたわ!」

「やっぱり忘れてたね~」

「そんな大したことじゃなかったので忘れてましたわ」

「うーん、やっぱりマルレは自己評価が低いよね」

 

 本当にそんなに、大したことしていないと思うんだけど? きっと私がやられたら、アリッサもどうにかしてくれるとお思いますけど……。


「友達のために行動しただけでしょ? すごいのは私じゃなくてドレストレイル家だわ」

「その[行動しただけ]の部分がすごいんだよね……」

「でも私がやられたら、アリッサは助けてくれるでしょう?」

「それはもちろん、そうだけど……」

「でしたら、普通ですわよね?」

「うーん、たしかにそうだけど……。なんか納得できないな~」


 机に突っ伏してふてくされるアリッサに、話の続きを聞くことにした。


「では、もう一人の悪い令嬢は?」


 また楽しそうに、ほほ笑みアリッサは言った。


「冷血マルレだよ」

「え?」


 顔から血の気が引くのがわかる……。やはり運命によって無実でも嫌われる運命なんですね……。これも分かってはいたけどつらいわね……。私の周りに人がいないのはそのせいでしたのね……。


「ちょっと! マルレしっかり聞いて! ”今はいない”って初めに言ったでしょ!」

「えーと? どういうことですか?」

「トゲ牡丹ぼたんを断罪した容赦ない様子からできた通り名だだよ。でも春休暇の前に消滅したからね」

「それは、なぜかしら?」

「トゲ牡丹ぼたんとその取巻きが、自分たちが悪かったって、うわさを打ち消して回ったのよ」

「あら……。いい人じゃないですか」

「そう、だから今は悪い令嬢なんていないから安心して」

「そうですか……教えてくれてありがとう」


 見本になる令嬢が居ないどころか、自分の追放フラグまで消えたとは予想外でしたわ……。けれども一度は広がったのだから、アークだけどうにかできれば都合の良い情報だけ拾ってくれるかな?


 追放エンドがいつの間にか遠のいていたけど、きっと最後はどうにななるはず! それより己を鍛えるほうが優先ですわ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る