終章

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 鳴りやまない拍手。舞い踊る妖精たち。

 唯はあまりのショックで腰が抜けてしまったらしく、マイクの前でペタリとしゃがみ込んで泣き喚いていた。

「それでは全ての投票が終わりましたので、最終審査はこれにて終了となりまーす。この後は透役とソラ役に決まった声優さんたちの公開録音がありますので、少々お待ちくださーい」

 ご機嫌な調子で語る東堂。

 昼間は席を立つ。


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 ステージ奥にある控室へと繋がる通路。

 先ほど唯が他の声優たちに抱えられて入っていったので、あとで様子を見に行こうと思う昼間。

 しかしその前に。

「東堂さん。少し聞きたいことがあるんですが」

「んーどうしたんだい?」

 悪戯な笑みを浮かべ、後を付いて来ていた昼間の担当編集者へ声を掛ける。

 昼間は軽く息を整えてから口を開いた。

「東堂さん――あなたはわざと、唯をソラ役に推薦しませんでしたね?」

「おー。やっと気づいたのかい? あはは、遅かったねぇ」

 責められていることを自覚していないのか、楽し気な口調で悪びれもせずに答える東堂。

「それに、明科さんに唯を脅すようけしかけたのもあなたなのでは?」

「それは語弊のある言い方だなぁ。僕はただ、恋のアドバイスをしただけだよ。ア・ド・バ・イ・ス」

 これもまたあっさりと認める。ため息を吐く昼間。

「はぁ。それに、以前唯のマンション前で明科さんと遭遇したのも、どうせ東堂さんが誘導したんでしょ? あの人はフォロワーが教えてくれたって言ってましたけど」

「……そこまでいくと、君の洞察力は恐ろしいものがあるね」

「簡単ですよ。あなたが来るタイミングが良すぎましたから。どうせ俺が彼女のマンションに入る前から尾行してたんでしょ」

 他にも隠していることがありそうだったが、いくら追及したとしても労力の無駄使いであることを昼間は知っている。

 さっさと本題に入ることにしよう。

「まあ、俺が聞きたいことはひとつです。――どうして、こんなことをしたんですか?」

 数秒の、沈黙。

 ふう、という観念したかのような嘆息を吐き、東堂は首を振った。

「まあたぶん、君に『Azalea』の最終巻を書いてもらうためだろうね」

「なんですかその他人事みたいな言い方は」

 彼の責任逃れのような態度に、昼間の苛立ちが募る。

 しかし、

「だって僕は頼まれただけだからね。君の心を揺さぶるようなことをしろって。神崎先輩からね」

「父さんが?」

 予想もしなかった人物の名前が出てきて、流石の昼間も意表を突かれた。

 東堂は同情するかのようにため息を吐き、気遣うような口調で語る。

「神崎先輩が言っていたけれど、本当は全然書けていないんだろう? 続き」

「それ、は……」

 言葉を失う昼間。

 肯定と同義である昼間の反応を見て、担当編集はやれやれ、と首を振る。

「はぁ、やっぱりかぁ。まさか天才の君でも躓くことがあるなんてねぇ。気づけなかった僕も僕だけど」

 困ったふうに手の甲で顔を覆い、天井を仰ぐ東堂。

 まさか最終巻のプロットを見る前に燃やしてしまったなんてことは口が裂けても言えない。

「でも、どうして父さんがそんなことを?」

「何でも最終巻は今の君では絶対に書けないから、とか言ってたねぇ」

 絶対に、書けない?

 意味が分からなかった。

 その時、館内に放送が流れる。公開録音の準備が出来たのでキャストはステージに集合するようにとの内容だった。

 昼間の担当編集者は背を向けて、出口へと歩きだす。

「まあ、流石の僕もこんな展開は予想していなかったけどね。でも君のお父さんは一体何処まで……いや、何処から企んでいたのやら」

 後ろ手で手を振り、東堂は関係者席へと戻っていった。

 何処か釈然としない、モヤッとする終わり方だったが、ただひとつだけ、昼間にも分かっていることがあった。

 あの父親は絶対、楽しんで事に及んでいる。

 人知れずため息を吐く昼間であったが、ふいに控室からひとりの青年が出てきて目が合った。目立つ金髪に整った容貌。人気声優の明科明だ。

「……あ」

 明科は何とも気まずそうに昼間の方を見ている。昼間はあえて何も言わない。

「お前、じゃなくて、あの、あなたが……」

「別に以前と同じで構わないですよ」

 狼狽える明科の姿があまりにもおかしかったため、昼間は苦笑交じりでそう促した。

 彼は昼間の言葉に戸惑っていたようだが、やがて自嘲気味に笑い、鋭い光を瞳に宿す。

「お前がyakan先生だったんだな」

「ええ、まあ」

「だから、彼女……」

 いや、と呟き、明科は残りの言葉を胸にしまう。

 彼の言わんとしていることが何となく昼間には分かっていたが、聞かなかったことにした。

 改めて、明科は昼間を正面に捉え、背筋を正して口を開く。

「透役は、僕の全身全霊をかけて絶対に完璧に努めてみせる。だから安心してくれ」

「それはありがとうございます。でも、これで認めてもらえますよね?」

「……何をだよ?」

 昼間は悪戯な笑みを浮かべると、からかうような口調で告げる。

「唯との交際ですよ。前に明科さん言ってたでしょ? 彼女には僕みたいなのが相応しいって。でも俺みたいな奴なら、唯に相応しいと言えるでしょ?」

「……まだあいこだろ」

 苦笑する明科。

 昼間も大概、父と兄代わりの編集に似てきてしまったと心の隅で思った。


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 昼間は再びステージ正面に座る。

 関係者席に下りた候補者、制作関係者、報道陣、さらには妖精たちの視線が集まる。

 肩には当然のようにフィジーが乗っかってきた。

 中央にはマイクがふたつ用意されている。

 片方のマイクの前には明科が立ち、相方の登場を待つ。

 ふと、昼間はステージの上、大画面のモニターに目が向き、思わず頬が緩む。

 大画面にはまだ、先ほどのソラ役を決めた投票結果が表示されたままだった。


 ①東雲ゆり 0.4%

 ②藤生舞 0.2%

 ③安藤つばさ 1.2%

 ④しいな 1.1%

 ⑤yuka 1.6%

 ⑥神代唯 95.5%


『Azalea』のヒロイン、ソラ役――神代唯がステージを上がってくる。

 しかし未だに涙が止まらず、滂沱の勢いで流していた。


 →Re:キターーーーーーーーー!!

 →Re:まだ泣いてるよww もう結婚しろよお前らww

 →Re:めっちゃ良かった! めっちゃ良かった! めちゃくちゃ良かったよーーーー!!

 →Re:唯ちゃんを否定してた奴は全員土下座しろ! はい俺です! すんませんでした!

 →Re:すごかった。本当に感動した。悪口言ってごめん。本当にごめんなさい。

 →Re:yakan先生の推薦は間違っていなかった。唯ちゃんの努力は本物だった。

 →Re:天才的すぎるだろコレw アニメ化成功間違いナシじゃん!

 →Re:新たなる伝説の始まり。


 唯は涙で前が見えないようで、マイクにぶつかり転びそうになる。

 明科が苦笑して彼女を支える。フィジーが爆笑している。

 観客席からは温かい拍手と笑い声。妖精たちが花吹雪を舞い散らせる。

「あのっ、わだぢ……ずびばぜんずびばぜん」

「ひどい声だなオイ」

 笑いの絶えない会場。


 結局、唯が泣き止むことはなく、その日の公開録音は中止となってしまった。

 ふたりが約束を果たせるのは、もう少し先の話になりそうだ。


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 家に帰ると、ポストに一通の手紙が入っていた。

 封筒には何も書かれていない。封を開けると、中には紙切れが一枚だけ。

『大学を卒業するまで同棲禁止』

 だから近くに来たのなら連絡くらい寄越せばいいのに。


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 麗らかな日の差し込む秋の終わり。

 膝の上では昼間の恋人がまるで猫のように体を丸めて眠っている。

 フィジーは相変わらずスマホでゲームをしているようだ。妖精の日常に変化はない。

 目の前のテーブルには原稿用紙が置かれていた。しかしページは真っ白のまま。

 昼間の手は、自然と唯の頭を撫でている。

 手が少女の髪留めに当たる。昼間がプレゼントしたメルティの髪留めではなく(というかほとんど付けてくれない)、十年前の誕生日に貰ったと言っていた、彼女の母親の形見だという白いアザレアを模した髪留めだ。

 そういえば、と昼間は思い出す。

 確か白いアザレアの花言葉は――『あなたに愛されて幸せ』。

 唯の頭を撫でる手を止めて、覚悟を決めてペンを取る昼間。

 秋の空は何処までも、透けるような青さを伴っていた。


 おわり

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妖精憑きの小説家 かるっぴ @karuppi

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