第75話 仮初。

「もってあと、1ヶ月でしょう」


 医者に言われたのは向日葵の余命宣告だった。

 向日葵はあと1ヶ月で死ぬらしい。

 まったく実感はなかった。


 病室で眠る向日葵の手を握った。


 細く小さな手はまだあたたかい。

 1ヶ月後にはこの手の熱がなくなるとは思えなかった。

 思いたくなかったというべきだろうか。


 医者いわく、複数転移のガンでありステージ4。

 自覚症状などあってもおかしくないと言っていた。


「向日葵……」


 優香さんが向日葵の頭を撫でた。

 血の繋がった優香さんの娘。僕の義妹いもうと


 自覚症状を向日葵は感知していなかったのか。

 もっと早く気付けなかったのか。

 もっと早く気付いてやれなかったのか。


 僕が誰よりも向日葵の傍にいたのに、どうして気付けなかったのか。


 ガンのリスクについては常に頭に入っていたはずだった。

 アルビノである向日葵がもっとも警戒するべき病気だった。


「……こんなにも、奇跡を切望した事はない」


 親父が拳を握りしめて歯を噛み締めた。

 再婚して幸せな生活を求めた先の向日葵の余命宣告。


 医者が言うには、抗がん剤治療をするには体力が絶対的にもたない。

 複数転移しているため手術による負担も大き過ぎる。

 10代半ばである向日葵のガンの進行速度は早い。


 つまり、もう手の施しようがないのだ。


「向日葵、これから学園祭もあるんだ」


 一緒に周りたかった。

 向日葵と出会う前の僕なら興味なんて微塵もない学園祭でも、向日葵と一緒ならきっと楽しい。


 立川への復讐計画を夏休み明けに実行しようとしていたのだって、向日葵が心置きなく学園祭を楽しめるようにと緻密なスケジュール調整をしていたからだ。


「……誘えないじゃないか……」


 学園祭だけじゃない。

 イベントだってたくさんある。

 クリスマスパーティーとかも考えてたんだ。


 年明けとかには千夏たちも一緒に初詣とか連れて行ってやりたかった。


 これからも向日葵を護りながら一緒に居られると思っていた。


 向日葵が笑っててくれるならって、色々考えてたんだよ。

 隣で笑ってくれる向日葵と、ずっと一緒に居たかったんだよ。


 それだけでよかったのに。


「向日葵ちゃんは?!」


 駆け付けてくれた千夏たちが向日葵を見て崩れ落ちた。

 現状を説明し、千夏たちは泣き出した。

 こんなに近くにいても、僕らには何も出来ない。


 もっと早く気付いていれば。

 そんな後悔が頭を駆け巡る。


 考えてみれば、向日葵は軽かった。


 お詫びのデートで夜の学校に忍び込みプールで遊んだ後の帰り道で向日葵をおぶった時も、夏祭りの帰りの電車で向日葵が僕にもたれかかっていた時も軽かった。


 遊び疲れて眠る事以外にも眠っていた事は多かった。


 身を預けて眠る向日葵をただ愛おしく思っていた僕は、向日葵の身体の異変に気付いてやれなかった。


 仮初かりそめの幸せにかり、見るべき事実が見えていなかった。


 必死に努力して知恵を身につけても、技を体に覚え込ませても、小説で小銭が稼げるようになっても、向日葵を助ける術はない。


 僕と向日葵が出会った時にはもう、すべてが遅過ぎたのである。



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