第40話 月下組のテスト結果。

「今年度もやって参りました! 天寿土テスト報告会!!」

「……いぇーい」「………」「……胃が痛い……」「今回こそ最下位脱却するって誓ったんだ……」

「……おい松本、顔真っ青だぞ? 大丈夫か?」


 月下組のいつもの溜まり場はカオスだった。

 点数に自信がある組員も居れば、小さな肩をさらに窄める組員。


 3年生組は比較的落ち着いている。


「本郷さん、これ、なんすか?」

「天寿土報告会、単純に学校でのテストの結果を報告する会だ」


 新入りのたけふみ君はどうでも良さそうな顔をしながら聞いてきた。


「新入りの山崎、田中、たけふみ、三好の4人は今回は見学だ」

「……見学、っすか?」


 三好もぽかんとしながら組員たちの反応を見ている。

 不良がテスト結果の報告会をする時点で意味わからん、というのも納得。


 だが月下組はそこいらの不良グループではない。


「あなたたちも次回の期末テストからは強制参加だから、ちゃんと組員たちの末路を目に焼き付けておくのよ?」

「総長! お疲れ様です!!」


 レイプ未遂事件以降、たけふみ君たちは僕にヘコヘコしてくる。

 月下組においての力関係を組員に教えこまれているのだろう。


「吉田、さっそく始めましょうか」


 司会進行の吉田に声を掛けて天寿土報告会はスタートした。


「というわけで今回も始まった天寿土報告会! まずは総長からご挨拶です!!」


 僕は組員たちの前に立って見下ろした。


「みんながお楽しみの天寿土報告会。前の結果より自分がどう変わっているかが目に見えるわ。社会の底辺として今私に見下ろされているあなたたちが少しでも下克上できると私は嬉しいのだけど、私に勝っている自信のある子はいるかしら?」


 しんと静まる組員たち。


「誰もいないの? 今回こそ総長に勝ってやるって中指立ててくれる子はいないの?」


 僕は組員たちを煽っていく。


「……総長に中指なんて立てたら……」

「……投げ飛ばされてボコられる……」

「……踏まれたい……」


 誰だ今ヒソヒソ声で願望呟いた奴……


「はぁぁ……弱虫と変態しかいない組だったかしら?」

「いえ!! 違います!!」

「なら己の頭脳でまず見せなさい」


 僕はそう言って司会進行の吉田に振った。


「はい! というわけで、新入りも新たにいますので改めて天寿土報告会の説明から始めさせて頂きます」


 天寿土報告会は基本科目の国語・数学・理科・社会・英語の5教科のテスト結果を抽出して報告する。


 学校や担当の教師によってもテストの内容は様々であるが、社会に出て評価されるのは結果のみ。


 望まれた結果を出せないようでは更なる対応や成果はまず出せない。


 組員たちにはなるべくあらゆる理不尽に打ち勝つ為の努力をしてもらわなければならない。


「ではさっそく1年生国語の平均点ですが……」


 ニヤニヤしながら組員たちの反応を見ている司会の吉田。

 吉田は目立ちたがり屋で性格が悪いので実に楽しそうに司会進行をする。


「平均点は62点!! はい今この時点で「やばっ!!」って顔した人〜。まじでやばいですwww」


 吉田、煽っていくわね〜


「ちなみに最高点は我らが総長! 点数は99点」

「……ぜったい勝てないだろ」

「……中指立てるとかまず無理」

「……総長に踏まれて見下されたい」


 ……本格的に将来が心配な子がいる。

 成績うんぬんよりももっと深刻なのがいる……


「そして最下位は……」

「……俺は頑張った……俺は頑張った……」

「……神様……」

「……蹴られたい」


 満面の笑みで目を輝かせてる……

 もうこの国はダメかもしれない。

 真剣にそう思ってしまい僕は頭を抱えた。


「1年生国語の最下位は……竹田!!」

「竹田お前ぇぇぇ!! あんだけ勉強教えてやったのにぃぃぃ!!」

「すんませぇぇぇぇん!!」


 呼ばれた竹田が前に出て正座させられている。

 叫ぶ光井も隣に座らされる。


「……本郷さん、なんで竹田と光井さん、座らされるんすか?」

「光井は3番隊隊長で竹田は光井の部下。部下の責任を取るのは上司の仕事、らしい。まあ、全体責任的な意味も兼ねて隊長と最下位の竹田がおしおき対象って事だな」

「……おしおきっすか」


 おしおきという言葉にたけふみ君が怯えた。

 どんなおしおきをさせられるのかと想像して震えている。


「おしおきの発表を総長、お願いします」

「実は竹田のお母さんとこの間お話しててね、面白い物を手に入れたから、それを朗読してもらおうと思ってね」

「……え」

「小学生4年生の頃の竹田の「将来の夢」の作文」

「うわぁぁぁぁぁ!!!!!! くぁw背drftgyふじこlp;@:」

「光井隊長はその朗読している竹田を肩車しながらスクワット100回」

「竹田だぁぁぁぁ!!」


 組員たちは彼らの末路を腹を抱えて笑っている。

 明日は我が身という言葉を知らないらしい。


「じゃ、始め♡」


 僕はにっこりと微笑みかけておしおきがスタートした。


「……ぼ、僕の将来の、ゆ、夢は……」

「竹田、声が小さいわよ?」

「僕の将来の夢は!」

「竹田! りきみ過ぎて重心ブレっだろうが!!」

「あ、ちなみに光井、崩れたらやり直しね♡」

「はい!!」


 ガヤの組員たちは2人を笑いながらも応援している。


「光井隊長の腹筋すげぇ!!」

「が、頑張れ……クスクス。大統領(笑)、ここ日本だけどな」

「……羞恥プレイ、羨ましい」


 みんなはお祭り騒ぎである。


「総長、なんでみんなあんなに楽しそうなんですか? テストなんですよね?」

「三好はテスト嫌い?」

「……はい」


 三好は向日葵と接するようになってから多少は丸くなっている。

 個人的には許してないけど、三好が真人間になろうとすればするほどいじめの対象になるから僕は真面目に答えた。


「ここにいるみんなもテストなんて嫌いよ。勉強なんてそもそも嫌い」

「……」

「勉強が嫌いになるのは教師が悪いわ」

「……」

「公務員は結果なんて出さなくても働ける仕事。好きで教師として教える奴なんて今時は絶滅危惧種」


 生徒に勉強教えたり顧問として青春するより腰振ってる方が好きな人も居るわけだし。


「つまらない勉強をしたって社会人として生きていくには足し算と引き算と多少の漢字が読み書きできれば生きていける」

「……私も、思ってます」

「でもそれだと貴女のお母さんみたいになるわ」


 三好は一瞬ムッとした顔をした。

 母と同じにされたという苛立ちなのだろう。


「今の時代、学がないと人にバカにされるし、できる仕事も限られてくる」


 僕は真っ赤な顔をしている2人を見ながら話を続けた。


「人に笑われて、バカにされて、そんな人を誰が助けてくれる? 三好はあの時誰か助けてくれた?」


 僕は三好が土下座して謝った時の話を持ち出した。

 三好の隣に居たたけふみがバツが悪そうに下を向いた。


「誰もいないのよ、私たちみたいな底辺の人間には。だから、私は底辺のこの吹き溜まり自体のレベルを上げる事にした」


 僕はヒーヒー言いながら頑張っている2人を見て笑った。


「ここには仲間が居て、みんながちゃんと頑張る。英語が嫌いなら外人とチャットしながらゲームさせたり、人気週刊少年マンガの作品の伏線が全部歴史を学んだら面白くなるように言って聞かせたり」


 カタコトの英語でも、コミュニケーションを取れれば楽しい。


 ワソピースなんて、考察動画とかを見れば原作者がどれだけ歴史を勉強してるかがよくわかる。


「組員のみんなが仲間で、みんながライバル。月下組ここにいるみんなだけはちゃんと頑張れるようになってほしい。だからこうして競わせてる。負けたくないって思わせる」

「……確かに……。テストの罰ゲームだけど、みんな私より点数良いし、楽しそう」


 三好は眩しそうに組員たちを見つめた。


「それに、組員たちはほとんど男子だし、友情努力勝利こういうの好きなのよ。バカだから」

「クスッ」


 男の子はいつまでも男の子。

 そんなことをいう三十路とかいるけど、ほんとにそうだと思う。


 それでもちゃんと成長してるし、楽しそうに笑えるならそれでも良いと思う。


「次のおしおきは加賀原ちゃんと牧瀬!」

「マジかよぉぉぉ……」

「隊長すんません!!」

「加賀原ちゃんはスクワット50回。牧瀬は加賀原ちゃんを背中に乗せて腕立て伏せ100回♡」

「総長!加賀原ちゃんのおしおきの回数少なくないっすか?」


 組員からクレームが入ったので僕はすかさず対応した。


「分かってないわねあなたたち。女の子が頑張る姿……額や胸元に汗を光らせて健気に隊長を踏みながらスクワットするのよ」

「……構図がえぐいっすね」


 組体操でもそんな構図はさすがに無いだろう。


「太ももの筋肉は1番カロリー使うからダイエットにも良いし、なにより加賀原ちゃんが「……んっ」とか言いながら頑張る姿を私は見たい」

「総長の願望じゃないっすか?!」

「……でもエロいな、なんか」

「じゃあ、始め♡」


 そうして報告会は続き、全学年全教科の報告会もといおしおき会は終わった。


「というわけで、おしおきの全工程は終わりです。えー続きまして、トップ3名の成長率、5教科最高平均得点を取った組員に総長からのギフト進呈のコーナーへと移ります」


 競わせるには鞭だけでは意味が無い。

 頑張った者にはそれなりの救いがあるべき。

 まあ、実際の社会じゃまともな救いなんて無いかもしれないけど、月下組でくらいは飴をあげたい。


 もちろん飴は僕のポケットマネーからである。


「今回も尊い犠牲があった天寿土報告会だけど、ちゃんと努力した子もいたわ。みんなも負けないよう頑張ってね」


 成績の成長率は個人的に1番重要視している項目である。

 点数が悪くても頑張った証として見えるからだ。


 もちろんリストアップした中で前回のテスト結果を比較して僕が成長率を内容を見て分析して割り出している。


 自分のミスや間違いを自ら正す為の行動はどんな時も必要であり自分を助ける為の力になる。


「成長率トップの飯島」

「はい」

「頑張ったわね」

「あ、ありがとう、ございます……グズッ……」


 泣いている飯島を見て茶化す者、褒める者。

 それぞれだ。


 学校のテスト如きで泣くなんて普通の人はみっともないとか思ったりもするだろう。

 当たり前だ。

 みんながみんなテストは受けている。


 でも、誰からも評価されないのは辛いし、頑張る意味を見出せない。


 ましてや学校にも家庭にも居場所がない子には意味なんて無い。

 だから僕はこうしてささやかな名誉と褒美をあげる。


 しない善よりする偽善。

 某掲示板から生まれた名言だったかな。


「では総長、最後にお言葉をお願いします」


 僕は改めて組員たちの前に立った。

「力に任せて拳を奮うだけなら猿でもできるわ。人間になりたいなら己の知識と知恵を他者に見せつけなさい。あなたたちを見下してマウントを取って笑う者たちを鼻で笑えるくらいの頭脳を手に入れなさい」


 底辺のままでいいなんて負け犬臭いのは嫌い。


「月下組に負け犬は要らないわ」

「「「「「「はい!!」」」」」」

「次回からは新入りたちも報告会に参加するわ。新入りに負けた子はおしおきがちょっとキツくなるかもだから、気を引き締めて挑むように」


 僕は笑顔で組員たちに微笑みかけた。

 笑顔の圧力は最も効果的である。


 僕は締めとして背筋を伸ばして胸を2回拳で叩いた。


「ではみんな、月夜の下で善行を」

「「「「「「月夜の下で善行を!!」」」」」」


 そうして天寿土テスト報告会は終わった。

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