第25話 味噌汁。
「ただいま」
「あ、義兄さん。おかえりなさい」
有栖川さんに送ってもらって家に帰るとリビングでお水を飲んでいた向日葵がいた。
向日葵に丈の短いスカートを履いているのを見られるのはなんとなく恥ずかしいと思いつつ、自室へと向かう。
「義兄さん」
「着替えたらすぐ夕飯の支度するわ。待っててな」
「あ、うん……」
なにか言いたげな向日葵だったが、精神的に疲れていたので今はあまり余裕がない。
なにかボロでも出してしまいそうだったのでそのまま「普段通り」を装ってメイクを落とし服を着替えて調理に取り掛かった。
正直、食欲は無い。
人間が獣みたいに交尾しているところを見るのは吐き気さえする。
愛の欠片も無いなら尚更。
欲にまみれた人間は果たして人間か。
「義兄さん」
「……ん? どうした?」
なにかモジモジとしていて床と僕の顔を行ったり来たりの向日葵。
「わ、わたしも、お手伝い、してもいい?」
上目遣いでそう聞いてくる向日葵。
心労がきているのがバレているのかもしれない。
けど、昨日の女子会で料理を覚えたいと思ってくれたのかもしれないと思い、僕は了承した。
すると向日葵は嬉しそうに千夏とお揃いのエプロンを付けて僕の隣に立った。
野菜炒めで使うキャベツをちぎってもらう事にして僕は野菜を切っていた。
しばしの無言。
キャベツのしんなりとちぎれる音と包丁がまな板を削る音がキッチンに響く。
「……義兄さん……」
「ん?」
「今日、ミニスカートだったね……」
「……そうだな」
「……誰かと、デート?」
行動だけ見れば、歳上女性とラブホに行ってきた訳であるが、包み隠さず話せるはずもない。
「デートではないな」
「……そっか」
「女だと思い込んでる相手と会わないといけない用事だったからスカート履いただけだ。全く落ち着かなかったが」
またひとつ、嘘を付いた。
つまらない嘘ですら、今は精神的にくる。
スカート履いてスースーして落ち着かなかったのは本当だと謎の言い訳をして自分に言い聞かせてしまうくらいには。
「義兄さん……」
向日葵は僕をエプロンの裾を引っ張りながら見つめてきた。
「……わたしでよかったら、お話聞くから……言ってね」
隣に居る向日葵が僕の肩に身を寄せてきた。
寄り添うように優しく触れる向日葵。
心配させてしまったのだろう。
「ああ。その時は頼む」
「うん」
そうしてまた作業に戻った。
さっきよりも少しだけ楽になった。
隣に居てくれるだけ、それだけでも救われるのだと思った。
「義兄さん、終わった」
「じゃあ次は味噌汁作るか」
「うん!」
次の仕事が貰えて嬉しそうに笑う向日葵。
「具材はすでに切ってあるから手鍋に水700mlと冷蔵庫の出汁を具材を入れて中火で温めてくれ」
「うん」
昨日教えた通りに中火で火にかけた。
「味噌も一緒に入れないの?」
「味噌は後だな。出汁入り味噌なら話は変わるけど」
「一緒だと思ってた」
「僕も小さい頃はそう思ってた」
離婚したばっかりの時に僕が作った初めて夕飯で形の悪い豆腐と繋がったままの輪切りもどきのネギ、味噌を溶かして作った味噌汁とズタズタの野菜炒めを親父と2人で食べて吹き出して笑ったのはいい思い出だ。
味噌だけじゃまともな味がしないと知ったのはその時だった。
「向日葵、味噌汁作れたら男は落とせるから、しっかり覚えとくんだぞ」
「「お前の味噌汁が飲みたい」ってやつ?」
「そうだ。まあ、今どきそんなクサイ事言うやつはいないけどな」
「胃袋を掴むってことだね」
「ああそうだ」
「頑張る」
小さな拳でファイティングポーズをした向日葵。
可愛いと思いつつ、思いのほか意気込んでいたので聞いてみた。
「向日葵、落としたい男でもいるのか?」
義兄としてはかなり気になるところである。
出会ってまだ間もないが、それなりに情も湧いている義妹。
嫉妬する気持ちも多少あるが、男に搾取される側になってはほしくはない。
「いっ! い、いなくはない、ことも、ない、かもしれないけど……」
白い肌が耳まで真っ赤にして慌てふためく向日葵。
尋常じゃないくらい動揺している向日葵を見て僕も動揺した。
ここまでの反応されるとは思ってなくて慌てた。
義兄妹とはいえ他人。
そんな事を聞くのはダメだったのかもしれないと反省した。
互いに一人っ子同士だと距離感は未だにわからない。
「あ、向日葵。味噌を入れてくれ」
「う、うんっ」
ぎこちない空気を払拭するために次の指示を出した。
「どのくらい、入れたらいいの?」
「とりあえずスプーン2杯分」
味噌をお玉に入れてから少しずつ溶かし入れていく。
「味噌を入れた後は沸騰させないように気をつけてな」
「……沸騰させるとダメなの?」
「味も風味も落ちる」
「そっか……」
そうして黙々と溶かし入れて少しして1度火を止めさせた。
「味見してみ」
向日葵はお玉に掬った味噌汁を小さな口で吹き付けて冷ました。
慣れない作業だからか必死に頑張る向日葵は見ていて微笑ましい。
「……なんか、薄い? かな。……義兄さんも味見、してみて」
また同じようにお玉で掬って冷ましてくれた味噌汁を飲ませてもらった。
具材を切っていて手を洗うよりも先に向日葵が用事してくれた為、若干恥ずかしさはあったが何食わぬ顔で味見をした。
「うん。薄い」
「だよね」
「味噌をもう一杯入れてくれ」
「うん」
味が薄いのは分かっていた。
向日葵は再び味噌を溶かし入れ始める。
「お菓子作りは決まった材料で作るが、料理は基本的にアバウトだ。野菜の形や大きさが違えば火の通りも違う。基本は味見しながら整えていくのが料理」
世のメシマズ嫁は基本的に味見をしない。
味を想像せず、これ入れたら美味しそうとか、愛情があるから大丈夫! とか意味のわからない事を言って旦那に暗黒物質を食べさせて病院送りにしたりする。
ある種犯罪と言っても過言ではない。
嫁の飯を食べて病院送りとか辛すぎる。
「たしかにそうだよね」
「いきなり濃くすると薄めるのに水足したりしないといけないし面倒が増えるから、ちょっと薄いかなってくらいから始めると失敗しづらい」
「勉強になります。義兄さん」
「今はスマホで調べたらだいたいの味付けの基準もわかるから、そこから好みの分量とかに変更してくと楽しいぞ」
高血圧の時とか、体調悪い時とかで細かな調整ができると助かるし助けられる。
親父も一時期は相当酷かった。
「今度はどう? かな」
わたし的にはいい感じと言いながら先程のように僕も味見をした。
「うん。美味い」
「そ、そっかぁ」
ほっとしたのか笑顔になる向日葵。
緩みきった頬がそれなりの緊張から開放された事を物語っていた。
僕にとっては慣れた事でも、向日葵にとってはそうじゃない。
初めてはなんでも怖いし、火を使うのも緊張する。
僕は向日葵の兄としてしっかり接してあげられてるかはわかんないし、普通の兄妹みたいに何年も掛けて暮らしているわけじゃない。
だから少しでも歩み寄れるようにしなければと思った。
「義兄さん、次は?!」
「じゃあ次は……」
楽しそうに次の作業を催促する向日葵を見て僕は笑いながら指示をして一緒に作った。
隣で向日葵が一緒にいるだけで楽しかった。
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