第26話 親父。
「直人、ちょっといいか?」
「どうぞ」
夕飯を食べ終えて自室で作業をしていると親父が声をかけてきた。
「お前、今度は何やらかす気だ?」
呆れた顔で僕を見てくる親父。
この問答も懐かしい。
「やらかすって何を?」
一応とぼけてみる。
まあ意味は無いだろうけど。
「定期的のお前の通帳記入は俺もしているから金の動きが少しおかしい事くらいわかる。有栖川に聞いたらお前同様にとぼけた」
有栖川さん、のらりくらり躱すの上手いからなぁ。
親父は僕の隣に立って圧を掛けてきている。
話すまで開放されないのだろう。
「ここじゃあ話せない」
「……夜のドライブでも行くか」
☆☆☆
雲ひとつない夜空から見える月明かりに車の窓越しに眺めた。
親父に話したのは学年主任たちの件と現状のいじめ問題について。
とくにこの2つは僕の口座の金の動きがバレている為に説明するしかなかった。
月下組の事は話していない。
「……着いた」
車を走らせた先は海だった。
漁港には光が灯っていて、静かで暗いだけの海でも落ち着いた。
親父と2人でテトラポットを背に缶コーヒーを飲みながら海を観ていた。
「まず、ラブホ盗撮はまずい」
「それは有栖川さんが勝手にやったんだ。僕的にはラブホから出てくる2人を撮影できれば十分だった」
と言っても結局僕もやってる事は同じだ。
バレていないから問題になっていないだけで。
「現状、向日葵に対するいじめを止められる先生がいない。学校側の学年主任に1度うやむやにされてる」
「だから証拠で揺さぶるってか?」
「揺さぶるもあり、追い出すもあり、奴隷にするもあり」
学年主任より上の弱みは掴めていない以上、できる事は限られている。
「相手は学校の女生徒なんだろう? さらに言えば政治家の娘」
「ああ。政治家の娘がやらかしてるなら政治家の圧力で学校側を大人しくさせるように揺さぶれる」
「……そう上手くいくとは思えんな」
「後ろ盾は無いからな。追い込まれた政治家がどう動くのかはわからん」
明るみにしたくない事を揉み消したくなるのが人だ。
映画やドラマの見すぎだと言われたらそうなってしまうが、政治家がこっちの持っている証拠を奪いに来る可能性も無くはない。
使い捨てのチンピラや犯罪者を家に入らせて出会してしまった僕ら家族を殺して証拠を回収。
物取りに見せかける為に金品を奪って逃げる。
一応ミステリ作家の僕がぱっと浮かぶシナリオのひとつ。
「直人、お前は詰めが甘い」
「まだ15歳の息子だ。しょうがないだろう?」
「使えるものは全部使えと言ってるんだ」
邪悪な笑みを浮かべる親父。
悪い顔してんなぁ……僕は誰に似たのかと言えば間違いなく親父なのだろうとも同時に思った。
「将棋ってのはただ王手を掛ければ良いってもんじゃない。逃げ道を潰し、相手の取りうる手を全て予測し、その上で最後の一手で首を取るんだ」
「……財産分与無しで慰謝料ガッポリ、親権まできっちり獲得した親父の言う事は説得力があるなぁ」
親父だけは敵にしたくない。
そう思える人種とでも言うべき人間。
「弁護士と教育委員会の人間に心当たりがある」
「えげつないカードをくれるな。だが僕に弁護士雇う金はさすがに厳しいぞ?」
「弁護士は俺が用意する。向日葵は「ウチの家族」だからな」
「さすがお義父さんだ。カッコイイ」
「……本当は警察のお偉いさんにも知り合いはいるが、内々で潰さないと面倒だからな」
「ならシナリオはこうだ……」
そうして思いついた作戦を親父に伝えた。
「完璧だ」
「政治家か学年主任がそれでもダメならビデオと内容証明送って潰す」
「その手は使わずに済むようにしとけ。危険な橋だ」
「わかってる」
ダメ押しの一手もある。
戦力も十分。
弁護士にはビデオの件は怒られかねないな。
だがこれが上手く行けば、学校側の首根っこを掴んだも同然。
教育委員会との繋がりがあるとわかればアイツら教師はヘコヘコし出すだろう。
そうなれば向日葵がこれからの高校生活はとりあえず安泰だ。
「その件はひとまず済んだ話として」
「……まだなんかあるのか?」
親父が深刻な顔をした。
嫌な予感しかしない。
「母さんが精神病院から脱走した」
「……」
心臓を掴まれた気がして、僕は思わず缶コーヒーを落とした。
嫌な記憶が泡のようにブクブクと心の中で沸き立った。
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