魔王軍の進撃

 エリシュブルク城。

 ここは我、魔王ティアマトが人界侵攻の拠点としている城だ。


 元々は人間どもの城であったが、これを奪い、我が居城とした。

 人間の作ったものとはいえ、白亜の美しいこの城を我はそれなりに気に入っている。

 制圧の際には極力傷を付けぬようにと部下に命じたほどだ。


 とまあ、それはともかく、我は今、幹部達を集めて会議を開いている。


 なぜか。それは人界の宝物を奪取すべく出兵した暗黒騎士団が壊滅的打撃を被って帰還したからだ。

 団長アスタロスは戦死、団員にも七割近くの死傷者を出した。

 にも関わらず、目的の宝物は手に入れる事も叶わず、完敗と言って良い結果となった。


「暗黒騎士団は、魔王軍の決戦戦力の一つ! これが壊滅した今、我が軍の武力は大きく低下したと言わざるを得ません!」


 この事態を尤も重く見ているこの男は、魔王軍総参謀長バルバトス。

 緑色のローブに身を包み、右目には魔力の流れを見通す事ができる特別製の片眼鏡モノクルを付けたこの美男子は、魔王軍幹部の中では最も戦闘能力は低いが、その知恵で魔王軍を大いに発展させ、我に大きく貢献してくれた者だ。

 今回の魔王軍による人界侵攻計画も大部分は彼が立案していた。


 しかし、いざ侵攻が始まると、魔王軍幹部達は皆、それぞれ好き勝手に人界で暴れ回るようになり、バルバトスの計画を無視して行動していた。

 これまではそれでも力によるごり押しで何とかなっていたが、これからはそうもいかなさそうだ。


 何しろ人間側には、あの少年がいるのだからな。


「ふふふ」


「どうかなさいましたか、魔王様?」


「ん? いや。何でも無い。で、何の話だったかな?」


「魔王軍全体の規律を引き締めるべきと申し上げているのです! 暗黒騎士団を一日で壊滅させてしまう程の戦力が人間どもにある以上、魔王軍はより一層纏まって対抗せねば!」


 バルバトスの言う事は確かに尤もだ。

 今の魔王軍は、広い魔界の諸勢力が我の下に集う形で成り立っている。

 だが、それはあくまで我の力を恐れているから。そして人界の実り豊かな大地を征服して略奪の限りを尽くすという目的のため。


 人間達と違って、我等魔族の間に秩序や忠誠といったものは存在しなかった。


 当然のように、バルバトスの意見に抗議の声が上がる。

「前線の状況もろくに知らん青二才が偉そうにほざくな!」


「魔王陛下の腰巾着の分際で!」


「人間如きに我等が後れを取ると思っているのか!」


「……」


 皆の声に圧倒されそうになってしまっているバルバトス。

 まあ、それも無理は無いが。

 ここは我が助け舟を出さねばなるまい。


「皆の意見はよく分かった。確かに最近、軍の進軍速度が落ち始めている事だしな。何かしらの手を打たねばならぬ段階に来ていたと我も思っていた。……オーク族族長オルビオ。そなたは配下の軍団を率いてオルレアブルク城攻略に迎え」


 オルレアブルクは戦略上の要所。以前から度々攻略作戦を行なっていたのだが、ここを守る聖使徒アポストルに苦戦を強いられていた。


「承知した」


 オーク族は、身体能力と体格には恵まれているものの、知能が低く、力任せに暴れるだけの下級魔族という扱いを受けていた。

 しかし、今の族長オルビオはその中でも高い知性を持ち、オーク族を纏め上げて非常に統率の取れた軍団に作り替えていた。


「魔導師ギルドは一個大隊を出陣させて、オーク族の後方支援を行なえ」


 魔界において優れた魔法の使い手を集めて育成する魔導師ギルドは、今回の人界遠征に際して我の下に十個大隊という大兵力を動員している。

 我の下で功績を立てて恩賞に有り付きつつ、魔導師ギルドの名声を高めたいという魂胆は明らかだが、それでも魔導師ギルドは貴重な戦力だ。

 彼等にオーク族を支援させ、いざという時にはオーク族に代わってオルレアブルクを攻める第二陣とする。


「ゴブリン族、そなた等はソローニュブルクへ迎え。人間達の注意を分散させるのだ。頃合いを見て、我もオルレアブルクに向かう。良いか!人間どもを徹底的に叩き潰すのだ!!」


「「おおッ!」」


 まったく。魔王というのは大変な仕事だな。

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