皇帝への謁見

「ほら! ちゃんとシャキッとなさい! これから皇帝陛下に謁見するのよ!」


 礼服に身を包んだマリーは、いつも以上に張り切っている。


「へいへい。分かってるよ」


 邪竜ファブニールを討伐して数日後。

 帝都聖ウルズの街サンクトウルズブルクに帰還した俺達は、今日、神聖ホーエンハイム帝国皇帝マクシミリアン四世に謁見するために天空大宮殿パレス・オブ・ヘブンへとやって来た。


 ここで一つ。この国の歴史について触れておこうか。

 千年前、俺を執政官に祭り上げて誕生したのがホーエンハイム共和国。

 自由と平等を国是に掲げていたが、蓋を開ければ強欲な貴族達が政権を独占していた。


 まあ、俺は政治にはまったく興味が無かったから、どうでも良かったけどな。

 と言っても、貴族達が私利私欲で民を苦しめるような行為に及んだ時には流石に止めたぞ。

 名ばかりとはいえ、一応これでも執政官だったからな。

 必要最低限には働いていたさ。最低限には……。


 ただ、俺が転生してから約百年後。

 ちょっとしたいざこざから内戦が起き、その内戦を終息させた英雄フランツは、前世の俺の姓を勝手に使い、俺の子孫を名乗り、そのまま“皇帝”の戴冠式を敢行して共和政から帝政へと移行したとか。


 それから約九百年。この国は、帝国による専制支配体制が維持されている。



 ◆◇◆◇◆



 俺達は玉座の間へと続く扉の前へと立つ。

 これまで見てきた扉の中では一際豪華な装飾が施されていて、やたらと威厳を感じさせる。


「魔王ティアマトを撃退し、邪竜ファブニールを討ち取った聖使徒アポストル! ルーク・アットクラテール! 及び指揮下の第七小隊の御成り!」


 扉が開くと同時に、文官の声が広間に響き渡る。


 俺達は近くの近衛兵に誘導されて広間へと足を踏み入れた。


 玉座の間には、扉から玉座へと赤い絨毯が引かれている。

 両脇には豪華な装束に身を包んだ帝国貴族達が、物珍しそうな眼差しをこっちを見ていた。


 俺は大勢の視線を一身に集めながら、絨毯の上を進む。

 玉座の前まで来ると、静かに片膝を付いて頭を垂れる。


 謁見の作法は、昨夜の内にマリーから叩き込まれてるからな。

 謁見なんて初めての経験だけど、身体が勝手に動いてくれるぜ。


「我が聖使徒アポストルよ。突然、呼び出してすまなかったな。おもてを上げるが良い」


 陛下にそう言われたので、俺はゆっくりと頭を上げる。

 これもマリーから教わった作法通りだ。


 玉座に座っているのは、五十代半ばくらいの威厳と貫禄に満ちた男性だった。

 この人が、皇帝マクシミリアン四世か。

 その端整な顔立ちは、若い頃はさぞ女性にモテたであろう事が窺わせる。


「それにしても話には聞いていたが、本当に若いな。今、幾つだ?」


「十三歳です」


「ほお。その歳で、我が聖使徒アポストル達を倒し、魔王ティアマトを退け、かの邪竜ファブニールを討ち取ったのか。実に頼もしい事よ」


「恐れ入ります、陛下」


「今日、そなたを呼んだのは、ある任務を命じるためだ」


「と言いますと?」


「つい先日、魔王軍によってフリードリヒ大帝陛下の皇帝陵が襲撃された。その際に副葬品として埋葬されていたある宝物が奪われてしまった」


「ある宝物?」


「聖剣バルムンクだ」


“聖剣バルムンク”

 それは前世の俺にとって数少ない戦友ジークフリートが愛用していた聖剣だ。

 一振りで数千の魔物を焼き払う巨大な力を持ち主に与える一方で、膨大な魔力を要求する事から命を吸う魔剣とも呼ばれる代物だ。

 魔王軍の幹部クラスの手にでも渡れば、確かに厄介だな。


「つまりその聖剣を魔王軍の手から奪還する事が今回の任務ですね」


「話が早いな。要はそういう事だ。これほどの重要な任務をそなたのような少年に任せるのは些か気が引けるが、そなたの実績を加味して今回の人選をしたというわけだ」


 俺は元々聖使徒アポストルに決闘を挑んだ大罪人で、この皇帝は俺の事を快く思っていないのは間違いない。

 一度は俺の死刑命令書にサインまでしたくらいだからな。

 俺を釈放したのは、あくまで戦時中だから。

 利用するだけ利用して使い潰すつもりか。それとも任務に失敗したところで処罰するつもりでいるのか。

 まあ、いずれにせよ、俺の選択は一つだ。


「光栄にございます。この任務、謹んでお受け致します」

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