邪竜討伐

「ん~。車だとこれが限界だわ」


 イリスは車を止めて、口惜しそうに言う。

 魔導車の前方は、深い森が広がっており、これ以上進むことは不可能だった。


「いや。ここまで来られれば充分だよ。あとは歩いて行くから、皆はここで待機していてくれ」


「そうさせてもらうわ。流石にあの邪竜ファブニールの相手はゴメンだからね」

 マリーは素っ気なく返す。


 実を言うと、マリーは今回の邪竜討伐にはあまり乗り気では無かった。

 というのも、今回の事は軍部には一切了承を得ていない独断専行だったのだ。


 一応、道中にマリーが軍部に通信で連絡してくれたから問題は無い。

 ただ、真面目なマリーは勝手に動いた俺にご立腹というわけだ。


「いってらっしゃーい! 私は運転でちょっと疲れたから寝るわね」


「私はご主人様と一緒に行きます!」


 レーナが俺の腕にしがみつきながら言う。


「ちょ、れ、レーナ。わ、悪いけど、今日はちょっとレーナには荷が重い。レーナもここでお留守番しててくれないか?」


「……分かりました」


 不服そうではあったが、思ったよりはあっさり承諾してくれた。


「よし! それじゃあ行ってくる」


 俺は風の精霊シルフの力で突風を巻き起こし、その風に乗って空を飛翔する。

 歩いて進むより、こっちの方が楽だからな。


 風に乗って山頂まで一気に進むと、黒い鱗に包まれた巨大なドラゴンが見えてきた。

 間違いない。あいつが邪竜ファブニールだ。


 ドラゴンの魔力量は人間の数十倍。個体によっては数百倍。

 そしてファブニールの魔力量は少なく見積もっても俺の百倍だ。


 まともに正面からやり合ったら勝ち目は無い。

 だからまずは先制攻撃で機先を制する。


 魔王に負けてから、初の実戦だ。

 お前には悪いが、せいぜい楽しませてもらうぜ。


 俺は両手に魔力を収束させて、火の精霊サラマンダーの炎を生成。巨大な炎の槍を形成する。

 こいつでまずは片翼を潰して動きを止める。


 右手に握る炎を槍を投げた。

 槍は弓から解き放たれた矢のように一直線にファブニール目掛けて飛翔する。


 ファブニールは身体を丸めて休んでいたが、俺の存在に気付いたのか急に身体を起こした。


 だが遅い。

 俺の放った炎の槍はファブニールの右側の漆黒の翼を貫き、あっという間に焼き尽くす。


 激しい咆哮を上げると共に、ファブニールは俺の姿を視界に捉える。

 人間一人を丸呑みにできてしまうほどの大きな口を開き、高濃度の魔力を収束させ始めた。


竜の息吹ドラゴンブレスか」


 ドラゴンが扱える最強の魔法。それが竜の息吹ドラゴンブレス。その威力は一撃で帝国軍の一個旅団を壊滅させてしまうほどだ。

 まともに食らえば、俺とて灰も残らないだろう。


 だが、問題は無い。

 俺は瞬時に右手に魔力を集めて火の精霊サラマンダーの炎で剣を作り出す。

 そしてその剣を、発射直前の竜の息吹ドラゴンブレスに差し込んだ。


 すると、発射直前で収束していた竜の息吹ドラゴンブレスは暴発して大爆発を起こす。

 発射直前の竜の息吹ドラゴンブレスは膨大な魔力の集合体。しかもそれは不安定で、外部からちょっと刺激を与えるだけで簡単に暴発する。


 その暴発も威力はかなりのもので、流石の俺も無傷では済まないが、まともに竜の息吹ドラゴンブレスを食らうよりはずっとマシというものだ。

 土の精霊ノームの力で俺の身体に何重もの防御術を掛けてあるし、戦闘服も対魔力コーティングの施された特別製をマリーに用意してもらった。


「衣服は消し飛んじゃったけど、身体は掠り傷程度で済んだか」


 山の中で下着一枚を残して素っ裸になってしまった俺。


 まあ、それはともかくとして肝心のファブニールはというと、気絶して地面に横たわっていた。

 口元であんな大爆発が起きたら、そりゃ気絶もするか。

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