強くなるための道のり

 日が昇り始めたばかりの早朝。

 俺は軍務省の兵舎に隣接する修練場で鍛錬に励んでいた。

 来たる魔王との再戦に向けて、自分を鍛え直す必要があったからだ。


「九九七、……九九八、九九九、……一、千」


 左手の片手腕立て千回。完了だ。

 これで朝のトレーニングメニューは全てクリアした。


 グラウンド千周、腹筋千回、背筋千回、スクワット千回、右手の片手腕立て千回、左手の片手腕立て千回。


 これを毎日、朝一でこなす事が俺の日課だった。

 何事もまずは基礎体力と強靱な肉体作りだ。どんなに強力な精霊術や魔法を覚えても、それを使いこなす体力と肉体が無ければ宝の持ち腐れというもの。


 だが、どれだけ鍛えても、それだけじゃ不十分だ。

 そこで俺は一計を案じた。


「邪竜ファブニールを討伐に行くぞ!」


「ど、どうされたのですか、急に?」


 俺の身体から噴き出した汗をタオルで拭くレーナが、驚いた様子で言う。

 まあ、急に声を上げれば誰だって驚くか。


「ずっと考えてたんだ。魔王のあの隙の無い攻撃をどう防ぐかって。で、俺は閃いた。魔王の攻撃を回避も防御もできないのなら、どれだけ攻撃を受けても、ビクともしない身体を手に入れれば良い!」


 邪竜ファブニールの血を浴びた者は不死身になるという。

 その力さえされば、魔王の隙の無い攻撃にも対抗できるはずだ。



 ◆◇◆◇◆



 それから数時間後、俺は第七小隊プリズン・ブレイカーズを率いて、帝国西方の地へとやって来た。

 本来なら丸一日は掛かる道のりを、イリスの運転はその半分程度で走破してしまった。

 いつもながらイリスのスピード狂ぶりには驚かされる。


 帝国高速道路インペリアル・ハイウェイにだって一応、制限速度というものはあるんだがな……。


 それはそれとして、さっきから俺の隣に座っているレーナが一言も話さない。時々口元を手で押さえているし、もしかして車酔いしちゃったかな?


「レーナ、大丈夫か?」


「だ、大丈夫です!」


 顔色が悪い。とても大丈夫そうには見えないが。


「イリス、悪いけど、高速を降りたらちょっと休憩してくれ」


「良いわよ!」


 レーナとは反対に、イリスはすごく上機嫌だった。

 一方、助手席に座っているマリーは心配そうにこちらを見て「レーナちゃん、大丈夫?」と声を掛けてくる。


 とはいえ、大丈夫かと尋ねられれば、大丈夫だと答えてしまうのがレーナの悪いところでもある。レーナはあれで頑固だからな。


 それから少しして、帝国高速道路インペリアル・ハイウェイを降りた俺達は近くの道の駅ロードサイド・ステーションに立ち寄った。


 俺達がやって来たのは帝国西方の山岳地帯。

 ここには邪竜ファブニールが住むという伝説がある。

 というか、住んでいる。

 なぜ知ってるかって? 俺は前世で邪竜ファブニールに会った事があるからだ。


 人目に付く事の無い山奥の山頂。

 そこがファブニールの住処だ。


 前世の俺は、麓の村を襲って人々を蹂躙していたファブニールを一発ボコってやった事がある。

 そしたら、すっかり怯えてしまったようで、それ以降は人里に降りてくる事は無くなったという。


 今では神話の生き物として崇められていたり、恐れられていたりしているとかいないとか。


 少なくとも帝国の公式記録を調べたところ、まだ生きている事だけは間違いない。

 殺さずにおいて正解だったな。

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