恋心

 魔王ティアマトとの戦いから生還した俺は、魔王を撃退した英雄として帝都聖ウルズの街サンクトウルズブルクへと凱旋した。


 魔王軍に連敗続きだった聖使徒騎士団ナイツ・オブ・アポストルは、魔王撃退を大々的に宣伝して民衆を鼓舞しようとした。

 そうした政治的判断を全面的に否定するつもりは無いが、俺の心境は複雑だった。


 なぜなら俺は本当は負けたからだ。敵の情けで、勝利を譲られただけ。


 そんな俺が称賛を受けるなんて許されて良いことではない。


 だが、それはそれとして、俺の頭に強く突き刺さって離れないのは魔王ティアマトとの戦い。そして彼女の顔。

 それが頭からどうしても離れない。


 昼間はまだ良い。問題は夜だ。

 ここ数日、帝都の軍務省兵舎に滞在している俺は、眠れない夜を過ごしていた。


「ダメだ。今日も寝付きが悪い」


 眠気はある。魔王ティアマトとの戦いから帰還後は、戦勝パーティ続きでずっと忙しかったので身体の疲れも一向に取れていない。でも頭が妙に覚醒して収まらないのだ。


「それにしても、魔王って案外、美人だったな」


 歳はたぶん二十歳くらい。いや、相手は魔族だから、見た目と実年齢が一致しているとは限らないから実際のところは分からないけど。

 地面まで届く銀髪は、サラサラでまるで白銀のカーテンのようだったな。

 肌も白くて綺麗だし、とても魔族とは思えない。

 それにあの黄金色の瞳は、力強くて神々しくて、如何にも魔王って感じだった。

 胸もそこそこデカかったな。触れたら気持ちいいだろうな。


「って! 何を考えてるんだ、俺は!」


 その時だった。

 俺は自分の下半身に違和感を覚えた。

 そして全身が熱くなるのを感じる。


「俺は変態か!」


 俺以外、誰もいない部屋で一人虚しくツッコミを入れる。


「ちょっと修練場で身体を動かしてくるか。グラウンドを百周もすれば、流石に雑念も消えて眠れるだろう」


 俺はベッドから起き上がると、寝間着のまま外へ出た。

 もう夜も遅い。軍の施設内とはいえ、寝間着姿で彷徨く人が一人いたところで誰も気にしないだろう。たぶん。


 俺が部屋の外に出ようとしたその時、インターホンがピンポーンと鳴った。

『ルーク、起きてる?』


 やって来たのは幼馴染みのイリス。

 こんな時間にどうしたんだろう?


 俺は扉を開けてイリスを中へ迎え入れる。


「ごめんね。こんな時間に押しかけて」


「別に良いよ。で、一体どうしたんだ?」


「うん。ひょっとしてルーク、最近眠れてないんじゃない?」


「え!? ど、どうして?」


「だって。目の下にクマができてるし」


「……」

 ここ数日、ずっと忙しくしてて、眠れてないとなれば、そりゃクマもできるし、イリスに気付かれても不思議は無いか。


 まあ、別に隠しているわけではないし、良いか。

 俺は事の経緯を洗いざらいイリスに話した。


 一通り話し終えると、イリスは「なるほどなるほど」と呟きながら腕を組む。


「ルーク、その魔王に恋しちゃったね」


「は?」

 何を言ってるんだ、こいつは?


「だって、そうでしょ。異性の事が頭が離れなくて、不眠症にまでなっちゃうなんて。恋以外の何物でもないわよ。いや~。あの食べる事と戦闘にしか興味の無かったルークが異性に恋をするなんてね~」


「何を一人で勝手に納得してるんだよ。だいたい恋って俺と魔王ティアマトは敵同士だぞ。そんな事あるわけねぇよ」


「いやいや。恋に敵も味方も無いわ。一度火が付いたら止まらないものなのよ~! あぁ、戦闘馬鹿のルークが初めて経験した恋。でも相手は魔王軍、しかもそのトップの魔王! 許されざる二人の恋!」


「お~い。何一人で盛り上がってるんだよ」


「あら。ごめんなさい。ついね。でもね。ルークが魔王ティアマトに恋をしているのは間違いないと思うわ。だってほら」


 そう言ってイリスは俺の下半身を指差す。

 その指差す方に目をやり、頭を下に向けた途端、俺は顔を真っ赤に染める。

「いぃ!」


「気付かなかった? ルークったら、魔王ティアマトの話をしてた頃から、ずっとその状態だったわよ。いや~。ルークも健全な男の子だったのね~」


「……」

 ダメだ。何も言い返せねえ。

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