魔王との約束

「俺は負けた。煮るなり焼くなり好きにしろ」


「潔いな。ますます気に入ったぞ。初めは部下に欲しいと言っていたが、気が変わった」


 魔王の鎖が緩み、俺を縛っていた戒めが解かれた。


「……何の真似だ?」


 今の話からして部下にする気はもう無いらしい。では殺されるのかと思えば、鎖から解放された。

 魔王の意図が読めない。


「此度は見事な戦いぶりであった。あれほど心躍る戦いは初めてだ。故にその健闘を讃えて、そなたにチャンスをやろう出直してくるが良い。見たところそなたはまだまだ幼い。これから幾らでも伸びる。今よりもっと強くなったら、我に挑むが良い」


「……」

 屈辱だ。敵に情けを掛けられるなんて。

 まして相手はあの魔王。冷酷無比で残虐な魔界の王だぞ。

 そんな魔王と戦ってみたくて転生までしたってのに、無様に負けただけでなく、情けまで掛けられるなんて。


「ふ、ふざけるな! 魔王が人間に慈悲を与えるなんて聞いた事が無いぞ!」


「うむ。そうであろうな。我も初めての事だし、歴代魔王でもそんな事をしたという記録は見た事が無い」


「だったら何で?」


「だから言っておろう。そなたの健闘を讃えて、とな」


「納得できるか!」


「まったく。ではどうして欲しいのだ? いっそ殺して欲しいのか?」


 まるで駄々を捏ねる子供をあやす母親ような口調で話す魔王。

 そう思った時、俺は一層自分が惨めに思えてならなくなった。


「そ、それは……」

 今までの俺なら殺せ、と言ったに違いない。

 だが、俺は知ってしまった。自分以上の実力者と戦う興奮を。あれほど血が沸き、肉が踊る感覚を一度だけで終わらせてしまうなんて勿体ない。叶うなら、もう一度。そんな欲が俺の頭の中を駆け巡ってしまう。


「……分かった」


「うむうむ。良い子だ。良い子だ」


 魔王は俺の頭を撫でる。子供をあやすかのように。

 完全に馬鹿にされている。


「そなたとの再戦を楽しみにしているぞ」


「……」


 俺は魔王だけでなく、自分の欲望にも負けてしまった。

 流儀を曲げて、魔王との再戦という欲望を優先させたのだ。


 惨め過ぎる。俺はこんな思いをするために千年後のこの時代に転生してきたのか……。

 だが、こうなった以上は俺も一人の人間だ。とことん自分の欲に素直に突き進んでやる。


「次は必ずお前を倒す! その日を覚悟して待っているんだな、魔王!」


「ふふふ。楽しみにしているぞ、少年。……そういえば、君の名前は?」


「ルーク。ルーク・アットクラテールだ」


「ルークか。うむ! 良き名だ、良き名だ!」


 そう言って魔王は俺の肩をポンポン叩く。

 何だこの距離感は? とてもさっきまで殺し合いをしていた相手に対するものとは思えない。

 それだけ舐められてるって事なのか?


「さてと。部下のゴブリンはルークに全滅させられた事だし、此度は我が退くとするか」


「な! か、勝ったのに、勝ったお前が退くって言うのか? お前、一体何を考えてるっていうんだ? 遊んでるつもりか!?」


「何を熱くなっているのだ? 我一人だけが勝っても、軍団が全滅していては意味があるまい。どの道、後方に下がって一度立て直す必要がある。違うか?」


 た、確かに。一理ある。


「というわけで、我は帰る」


 魔王が右手を上げると、どこからともなく巨大な怪鳥が空から現れた。

 地を蹴って魔王は怪鳥の背に飛び移る。


「ではな。また会おう!」


 怪鳥はその大きな翼を羽ばたかせて大空へと飛翔していった。


「ご主人様ーーー!」


「わッ! れ、レーナ!?」


 レーナが俺の姿を見るなり飛びついてきた。

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