魔王ティアマト

 魔王ティアマトと魔剣ティルヴィングの相性は完璧だった。

 ティアマトの巧みな剣技と目にも止まらぬスピード。それにティルヴィングの如何なるもものでも切り裂く破壊力が合わさると、もはや防御は不可。

 少しでも剣を受ければ、俺の命は無いだろう。


 だから俺は迫り来るティアマトの剣を全て避けながら戦っている。


 ティアマトの攻撃を避けつつ、攻撃の隙を窺うが、相手は魔王だ。流石に隙を全然見せない。


「ふん。その幼さで、これだけ我の攻撃を避けるとは大した奴よ。敵にしておくのは惜しい。どうだ? 下らぬ人間どもとは手を切って、我の下に来ないか? そなたほどの実力があれば、即幹部に迎え入れても良いぞ」


 出た。伝承によると、魔王は人材収集に余念が無いという。

 歴代の魔王達も人界と魔界という二つの世界を支配するため、多くの人材を集めようとしていたらしい。


「悪いが遠慮させてもらう」


「なぜだ?」


「これでも一応、聖使徒アポストルなんでな。職務放棄は性に合わない」


「それは残念だ」


 そうは言いつつも、魔王は小さく微笑んだ。

 どうやら向こうは俺との戦いをそれなりに楽しんでいるらしい。

 なぜ分かるかって? そりゃ俺もこの戦いを楽しんでいるからに決まってるじゃないか。自分よりも強い相手と戦う。これほど興奮する事が他にあるか?


業火の剣ソード・オブ・インフェルノ!」


 何百何千という炎の剣が一瞬にして頭上を埋め尽くす。

 剣の一本一本が凄まじい魔力を秘めており、命中すればどんな防御もいとも容易く突破され、この身は焼き尽くされるだろう。


「さて。これだけの数の剣をどう避けてみせる?」


 微笑みながら、魔王は手を振りかざす。

 その瞬間、俺の頭上に浮かぶ剣は雨のように降り注いだ。


 防御は不可能。回避の隙も無い。

 ではどうするか。答えは一つしかない。


「正面突破だ!」


 右手に火の精霊サラマンダーの力で生成した炎剣を、左手に水の精霊ウンディーネの力で生成した水盾を握り締めて、俺は前に進む。


 迫り来る炎の刃を、右手の炎剣でたたき落とす。

 続いて降ってきた刃は、左手の盾で弾いて他所へと飛ばす。


 一撃目二撃目程度なら、まだギリギリ対処はできる。


 三撃目は身体を回転させて紙一重で回避する。

 この僅かな時間に、一撃目二撃目で損傷した炎剣と水盾を修復していく。

 炎の刃が戦闘服のどこかを焼く臭いが鼻を撫でるが、そんな事に構っている暇は無い。身体が動く限り、戦闘は継続できるのだから。


「随分と頑張るな。だが、無駄な事。そなたが我に迫るのが先か。そなたの身体が焼き尽くされるのが先か。答えは既に分かっている」


「うぐッ!」

 回避し損ねた炎の刃が、俺の右腕を焼き焦がす。

 火傷は大した事は無いが、痛みでほんの一瞬だけ集中力をかき乱されてしまった。


 炎の刃は、次々と俺の身体を掠めていく。

 足を、肩を、横腹を、背中を。


「そろそろ限界か?」


「……いいや。まだだ!」


 もう少し魔力を溜めてから放ちたかったが仕方が無い。

 俺はここで密かに溜めていた魔力を一気に解き放ち、風の精霊シルフの力を発動する。

 俺の身体を起点に、暴風を巻き起こし迫る炎の刃を一気にかき消す。


 魔王の攻撃を蹴散らせるほどの威力を持たせるにはかなりの魔力を溜めて一気に解放する必要があったので時間が掛かったが、俺の思惑は見事に成功した。

 竜巻のように迸った風は、俺に向かって放たれた炎の刃、さらには上空で生成途中だった新たな刃も丸ごと全てかき消してくれた。

 しかも魔王は、突然の突風で体勢を崩している。

 つまり今、魔王は完全に無防備というわけだ。


 このチャンスを逃す事はできない。


「でやあああああッ!」


 俺の炎剣が魔王の首へと迫る。

 あと一歩。あと一歩で届く。


 その時だった。

 俺の身体は突如、時間が止まったかのように動かなくなってしまう。


「なッ」


 よく見ると、俺の身体はどこからともなく現れた無数の鎖によって雁字搦めにされていた。

 それもただの鎖ではない。

 魔王が膨大な魔力を練り込んで生成した特別製だ。


「残念だったな。あと一歩だったのに」


「くッ」


 万策尽きた。俺の負けだ。

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