いきなりボス戦

 俺は炎剣を振るい、ゴブリン達を次々と葬っていく。


 その時だった。

 ゴブリンとは比較にならない膨大な魔力が迫るのを感じた。


「まさかたった一人の人間にここまでやられるとはな」


 そう言って姿を現わしたのは、身の丈と同じくらい長い銀髪をした女性だった。

 真紅のドレスに身を包んだ彼女はどこまでも美しく、本当に魔族かと一瞬疑ってしまう。でも、彼女の頭に人間には無い角が二本生えているのを見ると、その疑念は払拭される。


「我が名は魔王ティアマト! 名も知らぬ侵入者よ! そなたの実力を見込んで、そなたに決闘を申し込む!」


「へ!?」


 ま、待て。今、何と言った? 魔王? 魔王ティアマトと言ったか?

 何で魔王がこんな最前線に? 魔王ってのは普通、魔王城にどっしり構えているものじゃないのか?

 しかも、その魔王が俺に決闘だって?


「お前、本当に魔王なのか?」


「あら。流石に信じられない? だったら教えてあげる。魔王の力をね」


 彼女がそう言った次の瞬間、彼女の身体から凄まじい量の魔力が迸る。

 その量は明らかに聖使徒アポストルを遥かに超えていた。

 まずこの魔力量だけで、彼女が魔王だと充分に物語っていると言えるだろう。


「魔界の業火を思い知れ。業火の弾丸ヴァレット・オブ・インフェルノ


 右手を前に突き出したかと思えば、右手の掌から炎の弾が矢のように放たれる。


 魔王が放つ魔法にしては小さいなと思ったが、見た目に騙されてはいけない。

 小さい中に凄まじい魔力が練り込まれている。

 魔力の密度で言えば、俺の炎剣を凌ぐほどだ。

 火の精霊サラマンダーの炎より上とか、どんだけすげぇんだよ、流石は魔王。


 だけど、そのくらいはやってもわらないと、転生した意味が無い!


 相手は炎。ならば、こちらは。


 俺は勢いよく地面を蹴って踏み鳴らす。

 その瞬間、地面に魔法陣が浮かび上がり、そこから水の柱が天に向かって伸びる。

 これこそ水の精霊ウンディーネの水を操る能力だ。


 地獄の業火だろうが、何だろうが、炎である以上、水を掛ければ消える。それが自然の摂理だ。


「甘いわね」


「な!」


 彼女の放った炎の弾は、俺が発動した水の柱に命中した。

 しかし、炎は消えるどころか、勢いが衰える事すらなく、何事も無かったかのように水の柱を貫通した。


「くそッ!」

 俺は咄嗟に地を蹴って宙へと舞い上がり、迫り来る炎の弾を回避した。


「その程度の水じゃ私の炎は消せないわよ」


 その程度、だと? 四大精霊作った作った特別製の水だぞ。


「くぅ。流石は魔王ってところか。……」


 その時俺は、自分の身体が震えている事に気付いた。

 魔王の力に恐怖したわけじゃない。

 こいつは武者震いだ。初めて出会えた、俺よりも強い敵の登場に。俺の身体は歓喜しているのだ。


 とはいえ、どうしたものか。

 このまま戦えば、俺は確実に死ぬ。

「……」


「どうしたの? まさか、もう怖じ気づいたの?」


「まさか! そんなわけ無いだろ!」


 俺は右手に炎剣を形成して、一気に彼女との距離を詰める。

 彼女の魔法の技量を考えると、遠距離戦闘は明らかに不利だ。

 ならば、ここは接近戦で片を付ける。


「見くびられたものね」

 そう言って魔王は笑う。そして右手には、どこからともなく、漆黒の剣を取りだして握り締めた。


「な! そ、その剣は!」

 実物を見るのは初めてだが、俺はその剣を知っていた。

“魔剣ティルヴィング”

 魔界のどこかに眠っていると前世の時代から語り継がれていた最強の魔剣だ。

 まさか、最強の魔族に、最強の魔剣。最悪だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る