奴隷少女レーナ

 レストランでたっぷり飯を食べて、食後のコーヒーを飲んでいる俺。


「ご主人様~!!」


 聞き慣れた女の子の元気な声が俺の耳に届く。

 声のする方に目をやると、一人の少女が俺に向かって走ってくる。


 そして次の瞬間には、少女は地を蹴って空中へと飛び上がり、俺の胸へと飛び付いてきた。


「ははは。久しぶりだな、レーナ。元気にしてたか?」


「はい!」


 この少女の名前はレーナ。

 首には奴隷の証である鋼鉄の首輪を嵌め、メイド服に身を包んだ金髪のショートヘアをした少女。

 歳は、えぇと、俺が投獄された時点で十歳だったからは今は十一歳になるのか。

 俺の実家であるアットクラテール伯爵家に仕えていた奴隷の少女で、今は俺の専属奴隷という事になっている。

 俺は面会に来てくれたイリスから聞いた話によると、俺が投獄されていたこの一年間、レーナは自ら奴隷養成所に入って一人前の奴隷になるべく努力を重ねていたという。

 いつ釈放されるかも分からない。そもそも釈放されるかどうかすら危うい俺が帰ってくる日を信じて。


「ご主人様こそちゃんとお食事は取られていたんですか? 少し痩せたように見えますが?」


「え? そ、そうか?」


 まあ、あんなマズい飯しか食ってなかったからな。栄養価は標準並って看守が言ってたけど、絶対に腹を満たす事なんか考えられてないな。


「と、ところで、そろそろ離れてくれないか?」


 奴隷の少女に抱き付かれている俺。

 傍目から見れば、俺は奴隷を侍らせている好色な主人に見える事だろう。

 そして何より前世から数えても、女の子との接点が少なかった俺にとっては、家族同然のレーナと言えども、やはり女の子に抱き付かれるのは恥ずかしい……。


「嫌です! ずっと、ずっと、お待ちしていたんですから」

 頑なに俺から離れようとしないレーナ。

 だがその顔は、今にも泣き出してしまいそうなくらい弱々しいものだった。


 確かにレーナにはずっと寂しい思いをさせてしまったし、このくらいは。


「分かったよ。でも、あとちょっとだけだぞ。人目もあるんだからな」


「はい!」


 そう約束した俺達ではあったが、結局レストランを出るまでレーナが俺の傍から離れる事はなかった。


 そして俺達はしばらく久しぶりの再会を祝して談笑した。

 一年間、ずっと独房の中で一人っきりだった俺にとってこの一時ひとときはまるで宝石のように輝いて思えた。


 念のために言っておくが、別に寂しかったわけじゃないぞ。

 そもそも前世から俺は友達がろくにおらず、言ってしまえば“ぼっち”だったのだ。だから一人には慣れてるんだ。


「ちょっと、ご主人様! ボーとされて私の話をちゃんと聞いてるんですか!?」


「え? あ、ああ。すまんすまん。ちゃんと聞いてるぞ。……で、何の話だったっけ?」


「もう! やっぱり聞いてないじゃありませんか!」


 完全にへそを曲げてしまったレーナは、頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。

 その仕草に俺は思わず「可愛い」とと思ってしまうのだが、これを伝えるとさらに事態がややこしくなりそうなので黙っておこう。

 と、それはそれとして、また黙ってしまうとレーナの機嫌は悪くなる一方だ。

 ここは何とか言い訳をしないと。


「あ、い、いや。実はちょっと腹の調子が悪くてな!」


「え! もう、食べ過ぎなんですよ。相変わらずご主人様は食いしん坊さんなんですから」

 そう言ってレーナは俺の腹を擦ってくる。

 その手付きはとても優しくしなやかで、とても心地いい気分になってくる。


 でもこの様。傍目から見ると、どうだ?

 まるで親にあやしてもらっている子供のようではないか?

 しかし、レーナはまったくお構いなしに普通に話し掛けてくる。


「そういえばご主人様、先ほどのお話ですが私、奴隷養成所で剣奴としての訓練も積んだんですよ!」


「え?」


 この帝国では、奴隷制度が公認されている。

 奴隷は“生きた道具”という括りで、あらゆる人権が否定される。場合によってはペット以下の扱いを受ける事もあるほどだ。

 そんな奴隷を教育するための場所が奴隷養成所。

 そこに入れられるのは反抗的で主人に従順で無い者ばかり。

 実際に行ったことはないから噂で聞いた程度だけど、養成所に入れられると心を完全にへし折られるまで過酷な訓練を課せられるという。

 そんな場所に一年も自ら通う物好きは帝国中を探してもこのレーナくらいだろう。


「私、剣の筋を教官に褒められたんですよ。身体強化の魔法も覚えましたので、これからご主人様の任務にも同行して差し支えないと思います!」


「え? ちょ、ちょっと待て! 戦場まで付いてくるつもりなのか!?」


「はい! 勿論です!」


「俺に拒否権は?」


「あると思いますか?」

 ニコッと笑いながら言うレーナ。


 そう。これが一年前と変わらない、主人である俺と奴隷であるレーナの力関係なのだ。

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