腹ごしらえ

 帝国の帝都聖ウルズの街サンクトウルズブルク

 前世の俺の数少ない友人ウルズも今や聖ウルズと呼ばれて帝都の名前にまでなっているとは、本当に時の流れというのは恐ろしいなとつくづく思う。


「名前もそうだけど、やっぱりすごいのはこの景色だよな。一体この千年間で何があったのか」


 神聖ホーエンハイム帝国は、世界でも屈指の魔導技術を有する大国。

 空には魔導飛行船まどうひこうせんという魔力炉を動力に空を飛ぶ船が多数飛び交い、地上の都市部では大通りを魔導車まどうしゃが走っている。

 前世の俺がいた時代でもこうした魔導技術は存在はしていたが、それでも貴族が大金をはたいて用いる娯楽というのが限界だったが、現世では一般庶民ですら利用できるほど普及しているようだ。


「この景色を見るのも一年ぶりか」


 この一年間、ずっと独房の狭い壁や天井を見ているしかなかった俺の目には、視界に入る何もかもが物珍しく映ってならない。


 とまあ、それはそれとしてだ。


 グウウギュルルルル~


「あ~腹減った~」


 俺が出所した事を、友人のイリスに連絡したところ出所祝いをしてくれるらしい。

 場所は彼女の行きつけのレストラン。

 詳しい住所は聞いているので、俺は早速そこへ向かう事にした。

 釈放されて、ようやくあのマズい飯とおさらばしたんだと思うと、ちょっと名残惜しく、はないな。むしろせいせいするぜ。


 俺はレストランに到着すると、皆が来る前に先に料理を注文した。


「うめー! 一年ぶりに食うまともな飯は胃袋に染みるぜぇ!」


「あ~あ、出所祝いをしようとは言ったけど、一人で勝手に始めないでよね」

 ボリュームのある銀髪のストレートヘアをした軍服姿の少女が俺に近付き、呆れたと言わんばかりの口調で言う。

 赤い瞳をしたこの少女は、イリス・ルービンシュタイン。

 俺より三つ年上の幼馴染みだ。


 気付けば、テーブルには幾つもの皿の山が積まれている。


「大丈夫大丈夫。まだ食えるから。今日の俺は一年分食うぞ!」


「で、その一年分の食費は誰が払うの?」

 イリスは眼を細めて俺を見つめている。


「うッ!」

 残念ながら出所したての俺は無一文。財布の中身は空っぽだ。


「い、イリスさん、今日は俺のお祝いなんだよね?」


「そうね」


「お願いします。お金出して下さい!」


「はぁ~。まったく、そういうところは幼年学校の頃から変わらないわねえ。まあ良いわ。ここは私が出してあげるから。好きに食べなさい」


「サンキューな、イリス!」

 俺はできる限り満面の笑みを浮かべて感謝の意を表わす。


 イリスの家は、名門伯爵家。要するに大金持ちの貴族様なのだ。

 まあ、俺も貴族は貴族なんだけど、俺は勘当された身だからな。


「ったく。昔から調子良いんだからッ。まあ何はともあれ釈放おめでとう、ルーク」


「ああ。ありがとう、イリス」


 イリスは店員に頼んで、俺が空けた皿を回収してもらうと、俺の隣の席に腰掛ける。

 そしてタブレット端末でメニューを開き、指先でタップしながら注文をしていく。


「……」


「ん? どうしたのよ?」

 俺がイリスを凝視していた事に気付くと、彼女はやや不思議そうな顔で問い掛けてきた。


「いや。注文し慣れてるなって思ってさ」


「まあ私、ここの常連だし」


「へえ。俺が監獄の不味い飯でひもじい思いをしている間、イリスはこんなリッチなレストランで優雅に食事してたわけか」


「自業自得でしょ。時代遅れの決闘なんてするから。しかも相手が悪過ぎるわ。いくらルークが強いと言っても、聖使徒アポステル様に勝てるはずがないでしょ」


「十人までなら勝てたぞ」

 尤も前世の俺なら、十二人くらいは楽勝で勝てただろうけどな。

 こんなちっこい身体じゃあ魔力量もまだまだだ。早く前世並に強くなるためにも、これからはどんどん鍛錬を積まないとな。

 この一年、ずっと狭い独房に押し込められていたせいで身体も鈍ってるだろうし。

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