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side. Subaru
「お会計、278円になりま~す!」
晃亮が千円札を出すと、慣れた手つきでレジを操作する篠宮サン。
素早くお釣りを抜き取り、晃亮の手を包み込むようにそれを返した。
「名前。」
「ん?何かな?」
「名前。」
晃亮の脈絡の無い質問に、首を傾げる篠宮サン。
対する晃亮も、我が道を行く淡々とした口調で応戦した。
「あんたの、下の名前は?」
ドクドクと煮えたぎる、俺の醜く濁った血液。
「え?ああっ…まどかだよ。“円”て書いてまどか。」
女の子みたいでしょ~と苦笑する篠宮サン。
「まどか……」
俺は知ってたよ。少し前から…
勿論、直接聞いた訳じゃない。
たまたま店先に来ていた篠宮サンの友達が、そう呼んでたのを…聴いただけ。
こうして彼の前で、
彼の名を…
俺より先に、晃亮が口にする。
たったそれだけの事が、
酷く、歯痒い─────…
「まどか…」
「ふふっ何かな~?」
「まどか…」
「なになに~?ちょっと照れるんだけど~!」
名を呼び続ける晃亮に見つめられ、
顔を赤くする篠宮サン。
ヤキモキしながら、晃亮の行動を伺っていると…
「まどか…ケータイ、教えろ。」
抑揚の無い命令じみた申し出にも、篠宮サンは抵抗する事もなく…
「い~よ~。」
と返事して、店内とスタッフルームを見渡してから…ゴソゴソとジーンズのポケットから携帯電話を取り出した。
この時ばかりは篠宮サンの、このオープンな性格を呪う。
「キミもどお?」
晃亮と携帯番号を交換した後、
俺にも声を掛けてくる篠宮サンの不意打ちに、思わず熱が集まる。
晃亮を伺うものの、特に変化は見られず…。
怖ず怖ずと自分の携帯電話を取り出し、同じように篠宮サンと連絡先を交換した。
喜びたくとも、喜べない。
こんな筈じゃ無かったのに、
何でだろう…。
「まどか…メール、する。」
俺にすら、殆どした事無いのに。
「おう!待ってるよ~。」
キミもね~と、微笑む篠宮サン。
大好きな笑顔なのに。
今はそれすらも苦痛で仕方ない。
店を出ても、晃亮が振り返るから、俺も反射的にそっちを見やる。
いつものように店内から、口パクで何か言いながら手を振っている篠宮サンの無邪気な姿。
「…………」
貴方は知らない。
晃亮という存在に知られ、
彼の心に、火を付けてしまった事を。
ギラギラと燃ゆる眼光。
きっと俺だけが知る、些細な変化。
飴など口にしない晃亮が、
あの人と同じ物を自ら口にする。
それは彼にとって、
天地をも揺るがすほどの、劇的な変貌だ。
晃亮にはきっと、愛は語れない。
慈しむ心など、最初から持ち合わせていないのだから。
あの笑顔を守りたい。
守れるものなら、是が非でも。
晃亮が俺を傷つける事は、今まで一度も無かったけど。
彼がその気になれば、勝てる見込みなんて等しくゼロに近いんだろう。
(捕られる────…)
やっと見つけた宝物を、目の前で奪われる。
どんなに願っても、報われないのか?
元より願う事すら、罪なのか?
いつまでも手を振る篠宮サンを、
じっと見つめている晃亮。
俺にはソレを受け入れる事が、
出来なかったんだ…。
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