1.ゴヤ村の惨劇 (1)
月明かりに浮かぶ荒野を駆けて来たその一騎から、馬が
「どうだった!?」
詰め寄る十数名の戦士たち。いで立ちはまちまちだ。普段着に得物を手にしただけの無防備な者。木製の胸当てや皮の兜で軽武装した者……ただ等しいのは、眉間に浮かぶ苦悩。その皺の数と深さが、事の重大さを物語っていた。
「だめだ、イルーテの村は全滅だ」
手綱を捕らえる男は、自らの脚で駆けてきたかのように息を荒げる。
「……ひどいものだ。傷は背中、額……逃げる者、命乞いをする者、そして女子供まで、関係なしだ」
「なんてことを……」
「この村には、いつやって来る?」
「徒歩でも早ければ未明に」
「もう、どうしようもないのか……?」
悲痛な
それに続き場を覆う長い沈黙を、乾いた音が破る。
ザッ、ザッ……
砂と、わずかな下草を踏みしめるその響きの確かさが、音の
蓄えた口髭を揺らせながら、男は問うた。
「来るのか?……『悪の大魔導士』は」
「月が沈む前に」
戦士が、中空にかかる光の輪を見遣る。そこには、わずかな欠けもない月。雲はない。いや星さえ、煌々たる輝きにひれ伏している。
「マクベスめ……いったいどこであんな奴を拾ってきたんだ!?」
若い男が、遠く南の地の領主に届かぬ悪態をつく。口髭の戦士の視線も、月からその下へ。ほのかに浮かび上がる地平。まばらな灌木のシルエット。動くものはない。視覚が認めるものは、恐らくいつものこの村の夜と同じ。
だが、何かが違う。五感を超越した感覚がそれを知覚している。戦士はその感覚――畏れに近い何かを、強い言葉で振り払う。
「案ずることはない」
鎧を軋ませ振り返る。後方、北の地平を覆う大軍。月に対峙する彼らは、王国軍や豪族の私兵のような屈強な装備に身を包んでいるわけではない。だが理想に裏付けられた士気の鎧は、それすらも上回る。
「あやつの悪逆非道も、このゴヤの村で終わり。クーパス地方二町七村の軍勢八千が、必ずや奴を止める」
戦士の言葉に、皮の兜を締めた長髪の男が頷いた。その壮年の男こそ、軍勢を結成した本人であり、また今回の行軍の
「準備しよう」
緒の食い込む顎が、鋭く語を刻む。
男たちの視線は、北に居並ぶ味方たちを向いていた。誰の目にも、畏怖も、諦観もなかった。七百年に及ぶクーパス地方の自治の歴史。それを守るために支払われた犠牲と先祖たちの辛苦に思いを馳せれば、負けることも、投げ出すことも許されなかった。
男たちは散った。来るべき戦いに備え。その彼らの背中を、月がジリジリと照らす。
わずかに、わずかに西に傾きながら。
※
小さな歩幅。だがそれは、確実に荒野に足跡を刻む。
乾いた砂。無数の小石。砕けた岩のかけら。申し訳程度の下草。そのどれも、ただ踏みにじられる身に甘んじる。夜の闇さえ、遮るものなき月の光に剥がされる。日蝕の下のような景色。
その中を進む小さな人影。肘から先を黒布で覆う右腕にはロッド。左の腰には長剣。そして……
※
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