ある冒険者の密会

「シリウス様。周辺の調査は大方終わりました」


 背後からかけられた声に、シリウスはカップを口に運ぶ手を止める。ちらと背後に視線をくれると、扉を開けて一礼する少女と目が合った。少女が顔を上げると、腰まで流れる金髪がそれに合わせて揺れた。


「遅かったな、リリア。何か異常でもあったか」


 流星級のリウスと名乗って辺境の村に滞在を初めて一週間。シリウスは久々の休暇を満喫していた。半ば無断で休暇を取ったため、厳密に言えば潜伏中というのが正しい表現だが、今はシリウスを探す人員を裂くほど冒険者組合に人的余裕はないらしい。

 あとは休暇を取りながら楽しませてくれそうな相手を探す予定ではあるが、大賢者が忙しなく動いている中で自分だけが休暇を取るのも忍びないということでいくつか組合の依頼も秘密裏にこなしていく方針だった。


「いくつか。どうも、今回の案件は根が深そうですよ」


 リリアと呼ばれた少女はため息をついて手元の帳簿に視線を落とす。芝居がかった動作の一つ一つが様になっており、ある種の優雅さを感じさせた。

 彼女はシリウスの補佐であり、主に手続きや折衝などといったシリウスが直接行う必要のない業務に加え、身辺の世話も引き受けている。それらは一般的に冒険者の仕事ではないが、一等星には補佐役の任命権がある。シリウスが補佐として特例で三等星冒険者に任命し補佐役にしたのが彼女というわけだ。

 今回の依頼で彼女には周囲の調査を任せており、リリアは一つ一つ事実を確認するように調査結果を報告し始める。


「まず、現在クロイ村近隣の森林は地竜の出現により立ち入り禁止になっている。そして、そのせいで村では狩猟や採集ができず、食糧難に陥っている」

「うむ。私の聞いた話と同じじゃな」

「しかし、問題なのは森林に地竜以外の魔物が一切存在しないことです。本来地竜の推奨等級は五等星。隣町の冒険者ギルドでも十分対処可能なはず。領域守護者が動くような事態になるなんて考えられません」


 先日、ついに領域守護者がこの村にやってきたという話がシリウスの耳に入っていた。

 地竜は隠れ蓑スケイプゴートで、実際はもっと強力な魔物が潜伏しているというのがシリウスの仮説だったが、それも否定されたと思っていいだろう。


「四等星が喰われたという話もあることを考えれば、地竜自体に何か異常があるとみるのが自然じゃな。潜伏場所は」

「それが、肝心の地竜の気配も察知できないでいるのが現状です。常に隠密の術ハイドを行使しているとは考えづらいですし。シリウス様ほどの魔力の持ち主なら別ですが」

「ということは、何者かによって隠されている……?」

「その可能性が高いかと。最悪、森全体の魔力情報を隠蔽できるほどの術者がいるのかもしれません」


 術者の価値は行使できる術の位階と規模によって決まる。仮に森全体に術を作用させられるような術師がいるとすれば相当な実力を持っているとみていいだろう。


「二等星以上の冒険者、もしくは上位魔族が関与している可能性がありますね」

「まあ、最悪の事態を考えればそうなるのう。森ごと術者と地竜を掃討してもよいが、これからの旅を考えれば目立つのは避けたいところじゃ」

「それに、術の痕跡から術者を特定したりするような芸当は苦手ですものね」

「今までは小細工をする必要がなかっただけじゃ」


 肩をすくめながらのリリアの指摘に、シリウスはそっぽを向いた。普段は一等星らしく振舞うことを心掛けているが、永い時間ともに過ごしてきた腹心の前では今更である。一方のリリアも気難しい部類のシリウスの扱いを心得ていた。リリアは一つ咳ばらいを落とし、話を戻す。


「まあ、相手が隠れ蓑を使っているのならこちらもそうすればいいのです」

「……領域守護者か」

「ええ。領域守護者が問題を解決してくれればそれでいいですし、彼女の手にも負えないようだったら助力すればいい。その時はすべての功績を譲ればいいのではないでしょうか」


 これからの方針は決まりつつあった。しかし、リリアの表情には何か含みがあるように見えた。


「ですが、疑問は残ります」

「なんじゃ」

「シリウス様が今後どうするのかということです。いくらきな臭い動きが見えていても、領域守護者が到着したのならこれ以上この村に関わる必要はない。それなのに出発の準備をするそぶりもないですよね」


 冒険者組合本部から持ってきた依頼書のうちの一枚に目を落とす。そこには、『中央大陸のクロイ村に出現した地竜の討伐:金貨三枚』とだけ書かれていた。詳細情報の記載が一切ないことから、依頼主の焦りが感じられる。これは村の近くに凶悪な魔物がいるということよりも村の財政難が原因だろう。

 どちらにせよ、本来はシリウスが動くほどの依頼ではないのは間違いなかった。一等星の仕事は世界を救うことであり、村を救うのは冒険者ギルドに所属する流星級以下の冒険者の仕事である。リリアの疑問はもっともだった。


 確かに、何かあると言っても一等星筆頭のシリウスにとってはそれほどの困難にはならない依頼だった。しかし、滞在中によく話しかけてくる幼女の顔が頭に浮かぶ。アリサのような普通の子供と同じ目線で話すのはいつぶりだろうか。冒険者になってからは気軽に付近の集落へ立ち寄ることもしなくなった。もちろん、誰かと仕事以外の話をすることも。何もない村だが、あの冒険者は仕事もせずに何をしているのだという村人の視線を気にしなければ居心地は悪くなかった。


「せっかくの休暇にいつも通りの仕事をしていても意味がなかろう。これはあくまで暇つぶしじゃからな」


 結局、あれこれ理由を考えるのをやめることにした。気の向くままにふらつくような、そんな旅も悪くない。その過程で自分に刺激を与えてくれる存在に出会えればそれでいい。未来はいつか訪れるが、楽しいと思っている瞬間はすぐに通り過ぎて行ってしまうのだ。



「やはりシリウス様はよくわかりませんね。いろんな意味で」


 そう言ってほほ笑むリリアに、シリウスはすべてお見通しではないかとため息をついた。

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