最後の晩餐

「ただいま!」

「ああ、お帰り。今日も冒険者さんとお話ししてきたのかい?」

「うん!」


 その日の夕飯は、鶏肉のクリームシチューだった。ここ最近は近くの森が立ち入り禁止になっていて狩りができないため、食卓に肉が出るのは珍しい。アリサは豪華な夕食に疑問を持ちながらも、夕食ができるのを楽しみにしていた。


「シチュー楽しみだねえ」

「ああ、そうだな」


 アリサがつぶやくと、テーブルの反対側に座った父親は神妙な顔つきで茶色い顎髭をなぜる。アリサの父はこの村の村長で、いつもほかの大人たちと一緒に神妙な顔つきで何やら話し合っている。ここ最近は村の中でも年長の者が頻繁に集会をしており、家の中だけでなく村中がどこか物々しい空気を放っていた。


「……アリサ。最近、冒険者さんはどうしてる?」

「うんとね、今日も一緒にお茶したの! お姉ちゃんはいっぱいお話ししてくれるから、最近とっても楽しいの!」

「そうか……」


 アリサがこれ以上ないほどの笑顔で今日あったことを話すと、村長は落胆したように肩を落とした。


「どうしたの?」

「いや、気にするな。ちゃんと相手をしてくれる冒険者さんでよかったな」

「うん!」

「……そういえば、大人になったらどうしたいか決まったかい?」


 ふと、村長は思い出したように顔を上げて問いかけた。

 それは、森が立ち入り禁止になったころからそれとなく言われ続けていることだった。アリサももう十歳になる。大人になるまであと五年。アリサにとっては遠すぎるほどに先の話だが、村長曰く、その間に目標に向かって準備をしておくことは重要だということだった。


「お父さん、私が冒険者になりたいって言ったらどうする?」

「なに? それは本当か」


 村長はテーブルに身を乗り出してアリサの瞳を覗き込み、少しした後、一つ咳払いをした。


「仮にそうだとしたら、私は反対だな。冒険者として大成できるのは才能のあるほんの一握り。たとえ冒険者になれたとしても、力を持つことを許可される代わりに弱者を守るために一生魔物と戦い続けることになる」


 村長の言う通り、ここ最近は魔界と現世の境界が曖昧になり、魔物の被害件数はここ数年間にわたって右肩上がりで増え続けていた。竜や大鬼のような大物だけでなく小鬼や魔狼種のような小物ですら力を持たない人間にとっては大きな脅威になるものだが、魔物の脅威に直面したことのないアリサにとっては魔物の存在など冒険者以上に遠い存在だった。何より……


「……お姉ちゃんは、冒険者になるなんて簡単だって言ってた」

「それは、彼女がその一握りということだ」


 まただ。アリサは内心で失望した。大人はすぐに口先ではぐらかし、都合のいいように誘導しようとする。リウスは確かに優しい冒険者だったが、彼女がそこまで強い冒険者だとは思えない。

今までの冒険者だけでなく、父親にまで言いくるめるようなことを言ってきたことに、アリサは言い知れぬ感情を抱く。それが怒りなのか、失望なのかはわからなかった。ただ、どこか裏切られたような気分になったのは確かだった。


「うそつき! 本当は村長を継いでほしいんだ」


 結局、アリサはそう結論付けた。冒険者になってほしくないのは村を離れてほしくないため。将来を急かすのは、アリサに村長を継いでほしいため。そんな指摘に、村長は何も言わずにただ苦い顔をするだけだった。

 本当は、違うと言ってほしかった。しかし、自分でも嫌なことを言ってしまったという自覚がある手前、それ以上は言えなかった。


「ほら、シチューができたようだ」


 食卓にシチューが運ばれると、アリサは村長に顔が見えないよう急いで掻き込んだ。

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