流浪の冒険者

「……ねえ、今日もお話ししていい?」


 アリサがいつものように問いかけると、ぼろ椅子に腰かけた魔術師の少女――リウスは手元のカップを口元に運び、「構わんよ」と答えて空になったカップをテーブルに置いた。

彼女は数日前からこの村に駐屯している魔術師であり、冒険者だった。流れるような碧い髪を二つに結び、薄茶色の外套の下からは作り物と見まごうような端正な相貌が覗く。冒険者というより貴族の令嬢と表現したほうがふさわしいほどだが、そのすべてを見通すかのような鋭い眼差しは蝶よ花よと育てられて培われるものではないだろう。


 リウスはアリサの思う冒険者とはかけ離れた姿をしていているものの、だからこそアリサにとっては少し年上の姉のようで話しかけやすかった。


「それじゃあ、今日も冒険のお話をしてほしいな」


 小噺には事欠かない冒険者が相手である。加えて、リウス曰く「運よくこの村には冒険者を雇う金がある」らしく、話しかけなければもったいないという気持ちもあった。今までの冒険者には話しかけてもにらみつけられるか面倒くさそうにあしらわれるだけで相手にされなかったが、リウスは今日も面倒くさがらずに相手をしてくれるようだった。


「そうじゃな。今は昔の話じゃが……」


 そういって、リウスは昔を思い出すように語り始める。

 リウスはいつも同じ少女の話をする。とびぬけた魔術の才能を持っていた故に忌子と言われて故郷を追われ、自分の力だけで高位の魔術師になった少女の話だ。そんな少女が竜と戦ったり、あるいは魔術師の勢力争いに巻き込まれたり、三百年前に起こったという魔王と勇者の戦いに参戦したり。どれもこれも今まで聞いたことのない話ばかりで面白いと思う反面、リウス自身の話にも興味を募らせていた。


「お姉ちゃんは、どんな冒険をしてきたの?」


 おとぎ話に出てくる英雄とは比べるべくもないだろうが、彼女も流星級だと言っていた。流星級とは確か、単独で竜をも倒すと言われる恒星級に次いで二番目に位が高い上級冒険者だ。それなりに過酷な戦いを乗り越えていることだろう。リウスは考えているように小首をかしげ、すぐに肩をすくめてため息をついた。


「まあ、冒険者らしいと言えばらしい生き方をしてきたのう。表向きは厳しい規則に従いつつ、たまにこうやって息抜きする。下っ端の星屑や衛星級は毎日のように仕事をしなければ罰則があるが、流星級にもなれば緩いしのう。だから流星級を選んだんじゃが……」

「……選んだ?」

「こっちの話じゃ」


 リウスはそう言って咳ばらいを一つ落とし、カップに口をつける。


「そういえば、どうやって冒険者になるの?」

「冒険者になるなど実に簡単じゃ。十五歳以上になったら冒険者ギルドで申請する。それだけでいい。あとは犯罪歴でもない限りは問題なく一番下のライセンス、星屑の証を取得することができる。冒険者になるなんて、普通に生きていくよりもずいぶん簡単なことじゃよ」

「……そうなんだ」


 目を奪われるような碧い髪を揺らしながらの返答に、アリサは内心で失望する。

 皆が憧れる英雄とそこらの冒険者では何もかもが違う。彼らはみな劇的な過去があって冒険をしているわけでもなければ、自分の命に代えてまで守りたいものがあるわけでもない。ほとんどの冒険者は社会に適合できず、冒険者以外の生き方ができないから仕方なく冒険をしている。少なくとも、ほかの人間の話を聞いているとそうだった。


 そして、目の前の少女もきっとそうなのだろう。


「それじゃあ、冒険者って全然大したことないんだね」


 きっと、リウスもほかの冒険者のように薄っぺらい言葉で否定するのだろう。少なくとも、彼女は今まで見た冒険者たちに輪をかけて冒険者らしくない。背丈も小さければ体も細い。冒険者どころか、十五歳にすら見えない少女に大それた答えを望むのは酷というものだ。


「それはそうじゃ。まともな頭を持っていれば、どんな危険な任務も上から頼まれたら断れんような仕事などしておらん」


半ば期待していない返答だったが、実際に帰ってきたのは予想だにしない一言だった。

 冒険者はみな、『冒険者は町を守るために必要不可欠だ』とか、『誰かがやらなければいけない仕事だ』と言ってはぐらかしてきた。しかし、この少女はやはりほかの冒険者とは違うらしい。


「じゃがな。いつの時代も、世界を変えるのは頭のイカれた問題児じゃよ」


 親指を立てて笑うリウスは、今まで見た冒険者の中で一番輝いて見えた。

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