ラブレター
連喜
第1話 ラブレター(完結)
これは大学時代の友達から聞いた話だ。
彼の名前は、
俺の同級生だから、もう40年以上前の出来事になる。
蔵田君は小学校時代モテモテだったそうだ。
自己申告だから、本当か知らないけど、学年で一番モテたと言っていた。
彼はサッカー部で、スポーツ全般が得意、勉強もよくできて、クラスの全員と友達。しかも、学級委員というパーフェクトな男子だったらしい。本人も小学校が人生の頂点と言っていたくらいだ。
ある朝、蔵田君が学校に行くと、机の中に手紙が入っていた。
もともとモテていたから、机や下駄箱に手紙が入っているのは珍しいことではなかった。かわいい花柄の封筒で、またラブレターかと思って、すぐにランドセルにしまったそうだ。そんなのを持っていて、他の男子にからかわれるのが嫌だったからだ。
蔵田君は毎週ラブレターをもらっていたらしい。
その頃は、クラスの女子の半分が蔵田君を好きだった。
でも、モテるのがうれしいというより、ちょっと困っていたそうだ。女の子からあまりにちやほやされると、他の男子にねたまれるからだ。
だから、ラブレターをもらった時は、家に帰ってから一人でこっそり開けていた。
ラブレターはそれぞれが個性的だった。鉛筆で書いてあるもの。黒いボールペン、カラーボールペンで書いたもの・・・。
便箋も色々だった。キャラクターの物もあれば、目立たない柄や花柄もあり。
その時のラブレターは、ピンクの花柄の封筒と便箋で、ピンクや水色のボールペンで書かれていた。その頃は、女子の間では匂い付きのペンなんかが流行っていたから、前からそういうボールペンを使った手紙が多かったみたいだ。
その手紙が他のとちょっと
「すごくきんちょうするけど、初めて手紙を書くね。康介君のことが大好きだよ。サッカーが上手で、みんなにやさしいところと、面白いところが大好き。いつもみんなを笑わせてくれてありがとう。サッカーがんばってね。応援してるよ。」
ありきたりの内容だけど、すごく好感の持てる手紙だった。
自分のことをちゃんと見ていてくれるみたいだ。
他の手紙はそんなにうれしくなかったけど、その手紙は心がこもっていた。
でも、残念なことに、誰が書いたのか名前がなかった。蔵田君はポジティブな性格だったから、きっとかわいい子だろうと思ったそうだ。
それまでは、差出人が誰かわかったら、がっかりすることが多かったのだけど、相手がわからないと、むしろ期待してしまうものらしい。
それまで、ラブレターをくれた子の中に好きな子はいなかった。昔は小学生でつきあったりする子はいなかった。だから、両思いでも、ただそれだけだった。
蔵田君もクラスに好きな子はいたけど、その子は蔵田君を好きじゃなかったみたいだった。
相手は道子ちゃんという子でバレエとピアノを習っているお嬢様っぽい子だった。髪が長くて、アイドルみたいにかわいくて、学校にいつもスカートを履いて来ていた。昔は学校にはジャージを着てくのが普通だったから、すごくおしゃれだったんだ。
蔵田くんは、道子ちゃんだったらいいなと思ったけど、全然違った。道子ちゃんは習字を習ってて、すごく字がきれいだったからだ。それからも、誰が書いたものか、クラスの女子の筆跡と比べてみたが、結局誰のものかわからなかった。
すると、1週間後くらいにまたラブレターが届いた。
それには、しおりを作ったから送りますと書いてあって、押し花を貼ったしおりが入っていたそうだ。A君は感激して、それをお守り代わりに持ち歩くようになった。
ラブレターは毎週届くようになり、A君はそれを楽しみに待つようになった。
その子は、手紙にいつも自分のことを色々と書いてくれていた。家で白い犬を飼っているそうで、犬のイラストも描いてあった。
毎日散歩させていて、ブラシをかけて手入れをしているそうだ。
別の時は、家でカップケーキを作ったと書いてあった。「バレンタインデーにはチョコレートをあげたいのだけど、受け取ってくれるかな?」とも書いてあった。
それから、お母さんと一緒に買い物に行ったり、家で料理を作ったりしていること。
手芸も好きで小さなフェルトのマスコットもくれた。
蔵田君は、その子の控えめで暖かい性格も好きだった。
実は蔵田君には、お母さんがいなかった。女の子の兄弟もいなくて、家は男ばっかり。だから、女の子っぽいその子の生活や趣味がとても可愛く感じたんだ。
ラブレターは、いつも木曜日の朝に入っていた。だから、手紙を置いてるのは、水曜日の放課後か木曜の朝だ。
蔵田君は相手を見届けるために、掃除用のロッカーに隠れて待つことにした。本当はサッカーの練習があったけど、歯医者に行くと嘘をついて休ませてもらった。
放課後はいつまでも学校にいられるわけじゃない・・・。待っている間に必ず来るはずだ。蔵田君は
蔵田君が待っていると、教室に見たことのない女の子が入って来たそうだ。
色白で、おさげ髪のかわいい子だったらしい。
白いTシャツに紺色のスカートをはいていて、大人しそうだけど、蔵田君的には好きな感じだったとか。
蔵田君はその子と喋ってみたくなった。とりあえず同じ学年の子じゃないことだけはわかっていた。それで、1個上と1個下の学年の教室までわざわざ見に行った。
でも、その子は見つからなかったそうだ。
顔ははっきり覚えていた。
他の学校の子かな。
昔は誰でも学校に入って行けたから、絶対ないわけじゃないけど。
蔵田君が学校にいる時のことも手紙に書いてあったから、他校の子ではなさそうだった。
手紙は相変わらず送られて来る。
内容はいつも同じような感じで、最近こういうことにはまってるとか、学校での蔵田君を褒めてくれる文面だった。
もしかしたら、死んだお母さんなんじゃないか。
自分を康介と呼ぶのは、家族やごく身近な友達だけだ。
蔵田君は思った。
それで、机に手紙を入れておいた。
『名前を教えて』
返事には、がっかりすると思うから教えられないと書いてあった。
蔵田君のお母さんは一昨年亡くなったばっかりで、毎日優しかったお母さんを思い出していたんだ。学校では明るく元気にしていたけど、家では毎晩泣いてた。
きっと、お母さんが見ててくれて、手紙を送ってくれてるんだ。
どうしてもその人を捕まえてやりたくなった。捕まえたら、もう離さない。そう決めた。
蔵田君はまた、部活を休んでロッカーに隠れた。
息を殺して待っていると、誰かが人気のない教室に入って来て、蔵田君の机までやって来た。
今だ!
蔵田君はロッカーから飛び出して、その相手に掴みかかった。
すると・・・そこにいたのは。
思いがけない人だった。
よく知っている男子だった。
同じサッカー部で、いつも一緒に帰ってる友達の一人だった。
色白でハーフみたいな顔をしていて・・・
目が大きくて茶色かった。
足もすごくキレイだと思っていた。
しかし、男だ。
その子はびっくりしたような顔をしていた。
髪型は違うけど、やっぱりあの子だ。
蔵田君は、この間の子は友達の円山君だったと気がついた。
円山君の手には花柄の封筒が握られていた。
「え?おまえだったの?」
「ごめん・・・」
その子は謝った。気まずそうにうつむいていた。
「いや。ありがとう・・・」
蔵田君は言った。男からラブレターをもらっても嬉しくなかったけど、これまで、ずいぶん励まされたからだ。
「手紙、くれんの?」
「うん」
その子は恥ずかしそうに手渡した。
「何で名前かかなかったの?」
「男からもらってもうれしくないと思って」
蔵田君は本心ではがっかりしていた。
でも、円山君の気持ちはうれしかった。
「俺も返事書くよ。手紙ありがとう。うれしかったよ。これからは直接渡してくれてもいいよ」
その子はほっとして笑顔になった。
「練習、早く行こう。先生に怒られる」
なぜ、ロッカーの隙間から見た時は、短髪がおさげに見えたのか、スカートをはいていると勘違いしたのか、蔵田君にはそれが今でもわからないとか。
でも、サッカー部のユニフォームが、同じ白と紺の組み合わせだったらしい。
相手が女の子だと思い込んでいたから、錯覚してしまったのだろう。
それから、2人は親友になった。
円山君は、別にサッカーが好きだったわけじゃなかった。
ただ、蔵田君のことが好きで一緒にいたかっただけだった。
それでも、円山君は蔵田君と一緒にサッカーの練習を頑張って、中学も高校も同じ学校に行き、サッカーを続けた。大学は違ったけど、円山君も一緒に東京に出て来た。そういえば、大学時代2人は一緒に住んでいたっけ。
円山君は、今は蔵田君の奥さんになってるそうだ。
円山君が勇気を出してラブレターを書いていなかったら、今はなかった。
相手にどう思われるか気にするより、ラブレターでも何でも送ってみたらいいのかもしれない。そしたら、意外な返事が返って来ることがあるかも。
2人がどうやって結婚したかは、また今度。
ラブレター 連喜 @toushikibu
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