五月

尾八原ジュージ

五月

 五月。新緑の山に分け入った私は体中に餌の柏餅をつけて川に入り、やっとの思いで生きた鯉のぼりを捕まえた。鱗模様も鮮やかな真鯉で、金色の巨大な目玉をぎょろぎょろさせている。立派なものである。

 ところが折しも帰省の時期、国道で渋滞に捕まっている間に真鯉は死んでしまった。これでは家で待つ幼い息子が不憫である。かと言ってもう一匹真鯉を捕るには、柏餅も私の体力も足りない。

 困り果てた私は母に電話をかけた。かつてワンパンでホオジロザメを屠ったという母ならば、孫のために真鯉を用意してくれるかもしれない。私の話を聞いた母は、息子の不甲斐なさに溜息をついたものの、

『仕方ないわねぇ、とにかく家に帰りなさい』

 と言ってくれた。

「ありがとう、母さん」

 私は安堵して自宅へと戻った。

 玄関を開けると妻がさっそく、

「これ、さっきお義母さんから届いたわよ」

 と言って大きな紙袋を差し出した。真鯉が入っているのかと思いきや、中身は着ぐるみである。黒い鱗の模様。真鯉だ。

 否と言えるわけもない。かつて素手でグリズリーを絞め落としたことのある妻は、その腕力をもって苦もなく私に着ぐるみを着せ、二階のベランダから吹き流しと、まだ口をパクパクさせている緋鯉と共に吊るしてしまった。

 こうやってぶら下がってみると案外高いものだ。庭に出た息子は小さな手を叩いて喜んでおり、真鯉となった私も悪い気はしない。来年もこれでいいか。いややはり次こそは本物の真鯉を捕ってきてやりたい。二年も父の不甲斐ない姿を曝すわけにはいかない。

 ふと空を見上げると、自ら投擲した丸太に乗って空を飛んでくる私の父の姿が見えた。腕にケーキ屋の箱を抱えている。きっと息子のために買ってきてくれたのだろう。

「じいじ!」

 父の姿を見つけた息子が嬉しそうに飛び跳ねている。我が子よ、きみも強く育て。空は飛べなくてもいいけど。

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五月 尾八原ジュージ @zi-yon

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