第23話


 5


「いぃち……にぃ……」

ここは運動部員達が使うトレーニングルーム。

プレス用のベンチが並び、専用のスタンドにはシャフトやプレートが山のように積まれている。機器の数は限られているものの、高校の設備としてはまずまずと言えよう。

そこで一人筋トレに励むハルキ。

「さぁん……しぃ……」


顔を真っ赤にしてベンチプレスをしているが、悲しいかなシャフトの両端には申し訳程度のプレートしか付けられてはいない。

この日はレスリング部の使用日なのか、ぞろぞろと部員達がやって来る。

「どけよ」

先のりしてトレーニングをしていたハルキに対し、後からやって来た部員の一人が言い放った。

「順番も守れないのか?」

極力視線を合わせないようにしながら冷静を装ってハルキが言うと、薄笑いを浮かべて部員は答える。

「順番なら、オマエが最後だ。補欠だからな」

「それとこれとは話が別だろう」

「いいぜ、そんなに鍛えたいなら、やれよ」

突然、部員は寝そべったハルキの身体の上に馬乗りになる。それを機に、待ち構えていた他の部員達がバーベルのシャフトに重りを勝手に取り付ける。

「ちょ……何をするんだ!」

「どうした、上げてみろよ」

馬乗りになった部員がせせら笑う。

ハルキは腕に必死で力を込めるが、全く上がらない。

「目障りなんだよ、IQ180の天才児ならどこぞの進学校に行きゃいいものを、こんな学校に来やがって。その上レスリングとは……」


「ハルキ、いるか?」

龍一郎はドアを開けてトレーニングルームに入る。用件は例の秘薬についてだ。

今日の昼休み、またしても目撃してしまった。切り離された麻美衣の指が、またしてもきれいに再生するのを。

麻美衣ははっきりとは語らないが、やはりあの秘薬には何か隠されていると思う。その辺りを早くハッキリさせたかった。

「例の調査のことなんだけどさ……」


ハルキの姿はすぐに見つかる。ベンチに寝そべり、レスリング部員数人に組み伏された姿で。

剣呑な空気を直ちに感じ取る龍一郎。

「どうした?」

「練習中だ。部外者は出て行ってくれ」

ハルキの身体に跨ったまま、部員は高圧的に言う。

「練習中? レスリングの?」

ゆっくりと近づきながらハルキに目をやる。その顔は怒りと羞恥とで真っ赤に染まっていた。

「とてもそうは見えないね」

「部内の問題だ。首を突っ込むんじゃねぇよ」

部員はさらに高圧的な口調で凄む。マズい現場を見られてしまったが、力づくでやりきる腹だろう。

「コイツの仲良し君か? コイツとよろしくやりたいなら後にしろよ」

部員がそう言うと、周りの連中も一緒になって笑った。

「仲良しかって? 男の腰の上に跨ってるヤツに言われたくないね」

龍一郎が挑発すると、部員の顔色が変わる。

「そういうの、やっぱり運動部には多いのか?」


「てめえっ!」

部員は激高して突っ込んで来る。そのタックルをかわしつつ足を払う龍一郎、つんのめって倒れる部員。

他の部員が背後から襲いかかり、龍一郎を羽交い絞めにする。さらに別の部員が襲いかかるが、龍一郎は身体を持ち上げ両脚で蹴り飛ばす。

その蹴りは強力で、蹴り飛ばされた部員は他の部員にぶつかって玉突き状に吹っ飛んだ。

間髪を入れず龍一郎は背後の部員に頭突きを入れる。鼻っ柱に一撃をもらい怯んだ相手は、龍一郎に背負い投げで投げ飛ばされる。

そこへ、いつの間にか立ちあがった部員が突進してきた。龍一郎は腰を落としてタックルを切り、拳を浴びせる。

しがみつく部員を殴り飛ばすと同時に、掴まれていたワイシャツが破れボタンが弾け飛ぶ。

倒れた部員は龍一郎を睨みつつ、無言で起き上がる。鍛えているだけあって、なかなかタフだ。

その後ろには他の部員達も居並んでいる。どうやらもう1ラウンドやる気らしい。

龍一郎がワイシャツのはだけた胸に手をやると、血が滲んでいる。先ほど胸を掴まれた際に、肉ごと引っ掻かれたらしい。

龍一郎は拳法の構えをとり、血の付いた指でクイクイと挑発した。


と、その時。バーンとドアが開いて飛凰が飛び込んできた。

「ちょっと、何やってんのよもう!」

突然の闖入者に、龍一郎も部員達も一瞬呆気にとられる。

「またケンカなんてして! ワイシャツが破けてるじゃない!」

飛凰は緊迫した空気を一切構わず、マイペースにわめきたてる。

「貸しなさい、繕ってあげるから」

早速脱がせにかかる飛凰に抵抗する龍一郎、思わず戦闘意欲も殺げてしまった。

部員達も困ったように顔を見合わせる。二人のやりとりにバカ負けしたのかというと、そうではないようだ。

「おい、こいつ例のカンフー女じゃ……」


「女子サッカー部の主将?」

「あの、相手チーム病院送りにしたとかいう……」

ヒソヒソと話す部員達。

示し顔で頷き合うと、小声で罵りつつ部屋を出て行った。

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