第18話
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「昨日はゴメンなさい、急に気を失ったりして」
龍一郎の家のリビング、いつになくしおらしい様子の飛凰。
昨日、龍一郎は失神した飛凰を隣に住む黄家まで送って行ったのだ。
「猫をが何か咥えてて、何かと思って見たら人の手首……」
力なく笑う飛凰。
「まさか手袋を見まちがえたなんて……私も功が成ってないわね」
「いいさ、よくあることだ」
「その後すごく怖い夢を見ちゃって……」
ぶるりと身体を震わす。
「もう思い出したくもないわ。さ、朝ご飯を持ってきたわよ」
台所へと向かう飛凰だが、龍一郎が道を塞ぐ。
「何よ?」
飛凰に見つめられた視線を外し、龍一郎は嘯く。見るからに怪しい態度だ。
「今はちょっと……散らかってるから」
台所から爆発音が聞こえる。
「誰かいるの?」
「ちょっと……鍋を火にかけたままだったかな」
「大変、すぐ見なきゃ」
駆けようとする飛凰を、龍一郎は必死になって止める。
「大丈夫、ホントに」
ちょうどその時、台所の奥から昨日の女が現れる、焼け焦げた食パンを皿に載せて。
「トーストが焼けたわ……台所も少し焼けちゃったけど」
さらに、何気ない様子で飛凰に声をかける。
「あら、昨日の子ね。身体は大丈夫?」
片手で顔を覆う龍一郎と、目を丸くする飛凰。
飛凰は唖然とした表情で女の所作を目で追う。
そんなことなど意に介さない様子で、女は皿をテーブルの上に置く。
「えぇと……」
龍一郎はこめかみに指を当て、頭脳をフル回転させていた。
「紹介するよ、オレの従姉の……麻美衣」
「従姉?」
「誰が?」
「いや、従姉って言うか……ホントは遠い遠い親戚なんだけど……」
女に目くばせする龍一郎。
「どうしたの、目が痛いの?」
龍一郎は頭を抱える。
「どういうこと?」
飛凰は龍一郎をキッと睨みつける。龍一郎はその視線から逃れるように背を向け、椅子に手をかける。
「まぁ、その……落ち着いて話そう、冷静に」
飛凰は椅子にかけようとする龍一郎の足を払い、仰向けにひっくり返した上に椅子で馬乗りになる。
そして、にこやかな表情のまま凄みのある声音で尋ねる。
「詳しく話してもらおうかしら、正直に」
「だいたいの話はわかったわ」
と言うと飛凰は、椅子で踏みつけた龍一郎を絞めつける。
「なんでこんな……見るからに怪しい人を泊めたりしたのよ?!」
「私が頼みこんだのよ、他に行くところが無いから……」
口をきけない龍一郎の代わりに女が弁明し、椅子の下に組み敷かれた龍一郎を覗きこむ。
「それ以上体重をかけると死んじゃうわよ」
それを聞き、少しだけ手を緩めてやる飛凰。
「困ってる人を見捨てないのも武侠の道だろ、師匠」
ゲホゲホと咳き込みながらも言い訳をする龍一郎。
「だからって泊めるなんて……やだ! 不潔!」
「不潔じゃないわ……見た目は汚れてるけど」
「小母様に会わせる顔が無いわ……こんな道に外れた不純なコトをして……」
知らず知らずのうちに手に力がこもってしまうのか、再び首が締まる龍一郎。
「お袋の寝室が空いてるから、そこを使ってもらってるよ。不純なコトなんて何も無いって!」
締めつけてくる椅子に必死で抵抗しながら龍一郎は叫ぶ。
「助けを求めてる人を外へ放り出すほうが恥だって、母さんもきっとそう言うさ」
「だいたいあなた、何処から来たのよ?」
飛凰が急に矛先を変えると、女は口ごもる。
椅子の下から首を伸ばし、龍一郎が訊く。
「このあいだの事故現場、あそこに埋められてたのか?」
「それは……」
視線を逸らす女。しかし龍一郎は追求を止めない。
「あの場所に埋められてたんだろう。そこにオレが秘薬を振りかけた……」
「言えないわ」
龍一郎の追及をかわすように椅子を立つ女、しかし、すぐに向き直って一言。
「でも一つだけ言わせて、あの場所へはもう近づいちゃ駄目」
「埋められてた? いったい何の話?」
飛凰が再び椅子に体重を預けると、龍一郎は呻きながら呟く。
「聞かないほうがいいと思うんだけど……」
「この娘はゾンビ……つまり、甦った死者だ」
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