第18話


 10


「昨日はゴメンなさい、急に気を失ったりして」

龍一郎の家のリビング、いつになくしおらしい様子の飛凰。

昨日、龍一郎は失神した飛凰を隣に住む黄家まで送って行ったのだ。

「猫をが何か咥えてて、何かと思って見たら人の手首……」


力なく笑う飛凰。

「まさか手袋を見まちがえたなんて……私も功が成ってないわね」

「いいさ、よくあることだ」

「その後すごく怖い夢を見ちゃって……」


ぶるりと身体を震わす。

「もう思い出したくもないわ。さ、朝ご飯を持ってきたわよ」

台所へと向かう飛凰だが、龍一郎が道を塞ぐ。

「何よ?」

飛凰に見つめられた視線を外し、龍一郎は嘯く。見るからに怪しい態度だ。

「今はちょっと……散らかってるから」

台所から爆発音が聞こえる。

「誰かいるの?」

「ちょっと……鍋を火にかけたままだったかな」

「大変、すぐ見なきゃ」

駆けようとする飛凰を、龍一郎は必死になって止める。

「大丈夫、ホントに」

ちょうどその時、台所の奥から昨日の女が現れる、焼け焦げた食パンを皿に載せて。

「トーストが焼けたわ……台所も少し焼けちゃったけど」

さらに、何気ない様子で飛凰に声をかける。

「あら、昨日の子ね。身体は大丈夫?」

片手で顔を覆う龍一郎と、目を丸くする飛凰。


飛凰は唖然とした表情で女の所作を目で追う。

そんなことなど意に介さない様子で、女は皿をテーブルの上に置く。

「えぇと……」


龍一郎はこめかみに指を当て、頭脳をフル回転させていた。

「紹介するよ、オレの従姉の……麻美衣」

「従姉?」

「誰が?」

「いや、従姉って言うか……ホントは遠い遠い親戚なんだけど……」

女に目くばせする龍一郎。

「どうしたの、目が痛いの?」

龍一郎は頭を抱える。

「どういうこと?」

飛凰は龍一郎をキッと睨みつける。龍一郎はその視線から逃れるように背を向け、椅子に手をかける。

「まぁ、その……落ち着いて話そう、冷静に」

飛凰は椅子にかけようとする龍一郎の足を払い、仰向けにひっくり返した上に椅子で馬乗りになる。

そして、にこやかな表情のまま凄みのある声音で尋ねる。

「詳しく話してもらおうかしら、正直に」


「だいたいの話はわかったわ」

と言うと飛凰は、椅子で踏みつけた龍一郎を絞めつける。

「なんでこんな……見るからに怪しい人を泊めたりしたのよ?!」

「私が頼みこんだのよ、他に行くところが無いから……」


口をきけない龍一郎の代わりに女が弁明し、椅子の下に組み敷かれた龍一郎を覗きこむ。

「それ以上体重をかけると死んじゃうわよ」

それを聞き、少しだけ手を緩めてやる飛凰。

「困ってる人を見捨てないのも武侠の道だろ、師匠」

ゲホゲホと咳き込みながらも言い訳をする龍一郎。

「だからって泊めるなんて……やだ! 不潔!」

「不潔じゃないわ……見た目は汚れてるけど」

「小母様に会わせる顔が無いわ……こんな道に外れた不純なコトをして……」


知らず知らずのうちに手に力がこもってしまうのか、再び首が締まる龍一郎。

「お袋の寝室が空いてるから、そこを使ってもらってるよ。不純なコトなんて何も無いって!」

締めつけてくる椅子に必死で抵抗しながら龍一郎は叫ぶ。

「助けを求めてる人を外へ放り出すほうが恥だって、母さんもきっとそう言うさ」

「だいたいあなた、何処から来たのよ?」

飛凰が急に矛先を変えると、女は口ごもる。

椅子の下から首を伸ばし、龍一郎が訊く。

「このあいだの事故現場、あそこに埋められてたのか?」

「それは……」


視線を逸らす女。しかし龍一郎は追求を止めない。

「あの場所に埋められてたんだろう。そこにオレが秘薬を振りかけた……」


「言えないわ」

龍一郎の追及をかわすように椅子を立つ女、しかし、すぐに向き直って一言。

「でも一つだけ言わせて、あの場所へはもう近づいちゃ駄目」

「埋められてた? いったい何の話?」

飛凰が再び椅子に体重を預けると、龍一郎は呻きながら呟く。

「聞かないほうがいいと思うんだけど……」


「この娘はゾンビ……つまり、甦った死者だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る