第16話
「オレは昨夜、森の中で猫の死骸を見つけた」
龍一郎は昨日の出来事について語り始める。
「ウチの庭に来てた野良猫だ。一方、オレの手元には死者を甦らせる秘薬という触れ込みの薬があった……」
頭の中で整理しながら、話を続ける龍一郎。女もその話に聞き入っているようだ。
「薬をオレの血と混ぜて、猫の身体にすり込んで埋め直した。そしたらあの猫は今朝、またウチの庭に現れたよ、お土産まで持ってさ」
龍一郎が言葉を切ると、すかさず女が尋ねる。
「その薬、どこにあるの?」
「例の秘薬か? 今は2階のオレの部屋にあるよ」
そんなことはどうでもいいとばかりに、龍一郎は話の先を急ぐ。
「で、今オレはこう考えてる。オレが猫を埋めた下に、もう一つ死体があったらどうなるんだろうって……薬とオレの血が、そこまで染み込んだらどうなるんだろうって……」
龍一郎は再び言葉を切る。今度は女は無言のままだ。
「もし、殺人事件だったら、捜索願いが出てるかも……」
「無駄よ」
女はきっぱりと否定する。
「私は存在しない人間なの。捜索願いは出てないわ」
「存在しない人間って……どういうこと? 戸籍が無いってことか?」
普段なら訝しむ所だろうが、死体が生き返ったり千切れた手首が再生したりとさんざんイリュージョンを見せられた後だ。戸籍の無い人間くらい、十分あり得る話だと思えた。
「ということは、帰る場所も無いのか?」
無言で頷く女は、しばしの沈黙の後におずおずとした様子でこう切り出した。
「できれば、ここに置いて貰えないかしら……?」
「置くって……ウチに?」
帰る場所が無い……というのは本当だろう。みすぼらしい身なりを見ても、まともな生活をしていたとは思えない。そんな人間を外へ放り出すのは非情に思えた。
「厄介な問題を抱えちまったなぁ……」
龍一郎は嘆息する。
仕方ない。幸いにもほぼ一人暮らしで、余っている部屋もあることだし……
「そういえば、名前を訊いてなかったな」
「えっ?」
問われた女は呆気にとられたような表情をした。まるで、そんなことを訊かれるとは考えもしなかったみたいだ。
「戸籍が無いっていってもさ、呼び名くらいないの?」
「えっと……実験体9号、とか。コードネームはフラジャイル。別名、こわれもの……」
「何だって? それって、名前?」
「麻美衣、って呼ばれてたこともある。私の……いちばん古い名前」
「麻美衣、か……OK、わかった」
龍一郎は一人で確認するように頷き、そして散らかったままの部屋を見回した。
「とりあえず、この部屋を片付けよう。協力して」
「ということは……置いてもらえるのね?」
青ざめた様子だった麻美衣の表情が、心なしか明るくなる。
そして部屋を見渡し、ハッと気付いて龍一郎に問うた。
「あの……お家の人は?」
「いないよ、今はオレ一人だ」
「じゃ、家のことはどうしてるの?」
「自分でやるさ。親切な幼なじみがやってくれたりもするけど……」
先ほど家に送り届けてきた飛凰を思い出し、こう付け加える。
「あの調子じゃ、今日はもう無理だろうな」
「私が手伝うわ、ここに住まわせてもらうお礼に」
いそいそとビデオテープを積み上げながら麻美衣の姿を見る龍一郎。
「家事、できるの?」
「やったことは無いけど……」
やはり、まともな暮らしはしていなかったらしい。家事能力には疑問が残る。
「だろうな。何ならできる?」
「死体の解体・解剖と、食肉加工ならできるわ」
「料理と言えよ、料理と」
龍一郎は考える。今日はもう、飛凰の援助を期待できないだろう。
かといって、自分で煮炊きをして食事をこしらえるのも正直面倒だ。
「じゃあ頼もうかな、食材は勝手に使っていいから」
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